- ドーナツ・ピーナツの結成・メンバー・芸風|中田カウスとの縁とM-1成績
- ドーナツ・ピーナツとは?メンバーとプロフィール
- 結成のきっかけは数学の補講|高校時代の友人が芸人人生を変えた
- 東京NSC19期へ進学|EXIT兼近大樹との共同生活
- 中田カウスの弟子になった理由|東京から大阪へ移った大きな転機
- コンビ名の由来は中田カウス|旧名「赤ジャージ」から改名
- ドーナツ・ピーナツの漫才は何が面白い?高校の同級生ならではの掛け合い
- 上方漫才協会大賞を受賞するまで|新人賞から大賞へ
- M-1グランプリの成績|2023年・2025年に準決勝進出
- テレビ・ラジオ・単独ライブでも活躍|大阪から全国へ
- 地元・北九州市とのつながり|小倉城でも漫才を披露
- 2026年も劇場で実績を重ねる|目標はM-1初決勝
ドーナツ・ピーナツの結成・メンバー・芸風|中田カウスとの縁とM-1成績

高校時代の数学の補講で生まれた縁が、やがて上方漫才の大賞へとつながっていく。そんな歩みを持つのが、吉本興業所属のお笑いコンビ「ドーナツ・ピーナツ」です。
福岡県北九州市出身の同級生だった2人は、一緒に東京のNSCへ進み、漫才界の大御所・中田カウスとの出会いをきっかけに大阪へ活動拠点を移しました。2022年には上方漫才協会大賞の新人賞、2025年には同賞の大賞を受賞。M-1グランプリでも2023年と2025年に準決勝まで進んでいます。
しかし、その道のりは最初から順調だったわけではありません。東京での生活、師匠への弟子入り、劇場での経験、賞レースでの惜敗を重ねながら、2人ならではの漫才を磨いてきました。
ドーナツ・ピーナツとはどんなコンビなのか。メンバーのプロフィールから結成のきっかけ、中田カウスとの関係、漫才の特徴、これまでの受賞歴、2026年現在の活動まで、その歩みを振り返ります。
ドーナツ・ピーナツとは?メンバーとプロフィール
ドーナツ・ピーナツは、ボケ担当のピーナツとツッコミ担当のドーナツによる漫才コンビです。2人とも福岡県北九州市の出身で、福岡県立小倉南高等学校に通っていた同級生。現在は吉本興業に所属し、大阪の劇場を中心にテレビやラジオでも活動しています。
| 項目 | ピーナツ | ドーナツ |
|---|---|---|
| 本名 | 岩田蓮也 | 平沢孝文 |
| 生年月日 | 1992年12月3日 | 1992年6月21日 |
| 年齢 | 33歳 | 34歳 |
| 出身地 | 福岡県北九州市 | 福岡県北九州市 |
| 立ち位置 | 左 | 右 |
| 担当 | ボケ | ツッコミ |
| 身長 | 164cm | 178cm |
| 趣味 | 読書、散歩、レコード鑑賞 | 料理、食べ歩き |
| NSC | 東京19期 | 東京19期 |
※年齢は2026年11月3日時点。本名は本人への取材記事、生年月日や身長などは吉本興業の公式登録情報を基準としています。
ピーナツ|独特な発想で漫才を動かすボケ担当
ピーナツは1992年12月3日生まれ、本名は岩田蓮也。コンビでは向かって左に立ち、主にボケを担当しています。
特徴的なのは、普通なら流してしまいそうなことを独自の発想で面白くしていく感覚です。2022年の『月刊芸人』のインタビューでは、子どもの頃に自分で考えた変わった遊びを周囲の子どもたちにさせていたというエピソードも披露しています。
幼い頃から志村けんの『バカ殿様』やギャグ漫画に親しみ、高校時代にはドーナツから『ダウンタウンのごっつええ感じ』を勧められました。こうした笑いへの関心が、後の漫才につながっていきます。
漫才では、本人も理想の形として挙げる「自分が調子に乗っている感じ」が重要な要素です。悪気がなさそうに見えながら、相手を振り回すような発言を重ねる。その人物像がドーナツのツッコミを引き出しています。
ドーナツ|北九州弁を交えた勢いのあるツッコミ担当
ドーナツは1992年6月21日生まれ、本名は平沢孝文。向かって右に立つツッコミ担当で、料理や食べ歩きを趣味としています。
漫才では、ピーナツの自由な発言に対して大きな声と豊かな表情で反応するのが持ち味です。北九州弁を交えたツッコミには独特の勢いがあり、2人のやり取りを単なる会話から舞台上の笑いへと変えていきます。
本人は2024年のインタビューで、テレビに出演する機会が増えたからこそ舞台を頑張らなければならないと話していました。テレビをきっかけに興味を持った人が実際に漫才を見に来たとき、そこで面白いと思ってもらうことを大切にしているのです。
なお、ドーナツは2025年7月15日に一般女性との結婚を公表しています。結婚を報告した際にも、家庭を築く喜びとともに、これからも漫才に精進するという思いを伝えていました。
結成のきっかけは数学の補講|高校時代の友人が芸人人生を変えた
ドーナツ・ピーナツの結成を語るうえで欠かせないのが、高校時代の友人「ラッキョ」の存在です。
2人が通っていた福岡県立小倉南高校で、親しくなるきっかけの一つとなったのは、意外にも苦手だった数学でした。2024年の日刊スポーツのインタビューでは、2人とも数学の試験で非常に低い点数を取り、補習を受けることになったと振り返っています。
友人ラッキョのひと言から芸人を目指すように
高校2年生のある日、ドーナツは数学の補講の宿題を忘れ、教室の外へ出されました。そのとき出会ったのが、ピーナツと「ラッキョ」というあだ名の友人です。
3人で何気なく話していると、ラッキョがドーナツとピーナツに、2人でコンビを組んで漫才をしてみたらどうかと勧めました。
それまで芸人になることを具体的に考えていたわけではなかった2人ですが、この言葉をきっかけに、お笑いの世界を目指す気持ちが芽生えたといいます。
大きな大会で優勝した経験があったわけでも、幼い頃からコンビとして活動していたわけでもありません。学校の補講から始まった何気ない会話が、後の芸人人生につながっていったのです。
高校3年生ではピーナツの実家に3〜4カ月も滞在
高校3年生になる頃には、2人の関係はさらに深まっていました。
ドーナツはピーナツの家に泊まりに行ったことをきっかけに、そのまま3〜4カ月ほど滞在するようになったと語っています。ピーナツの母親はドーナツの分まで食事を用意し、学校へ持っていく弁当まで作っていたそうです。
友達の家に遊びに行くというより、もう一人の家族のような生活です。ピーナツの実家で長い時間を過ごした経験は、2人が互いの性格や反応を深く知る機会にもなったのでしょう。
現在の漫才で見られる遠慮のない掛け合いも、こうした高校時代からの長い関係を知ると違った印象で楽しめます。
東京NSC19期へ進学|EXIT兼近大樹との共同生活
高校卒業後、2人は芸人になる夢を実現するために資金を貯め、そろって東京へ向かいました。そして吉本興業の養成所であるNSC東京校に入り、19期生として漫才を学び始めます。
ここで知り合った同期の一人が、後にEXITとして活躍する兼近大樹です。ドーナツ・ピーナツの2人は東京時代、兼近と3人でルームシェアしていました。
当時は、現在のように全国的な知名度を得る前の若手芸人同士。共同生活を送りながら、それぞれが将来のお笑い界での活躍を目指していました。
兼近が寂しがった大阪移住の決断
ドーナツ・ピーナツが東京を離れて大阪へ移ることになった際、兼近はかなり寂しがったといいます。
2024年のスポニチのインタビューでは、大阪への移住を決める前に兼近も交えて話し合ったことや、共同生活が終わることを残念がっていた様子が語られています。
東京で芸人を続けるという選択肢もあったなかで、なぜ大阪へ行くことを決めたのか。その理由は、NSC時代に出会った一人の大御所漫才師にありました。
中田カウスの弟子になった理由|東京から大阪へ移った大きな転機
ドーナツ・ピーナツの芸人人生を大きく変えた人物が、中田カウス・ボタンの中田カウスです。
2人がNSC東京校で学んでいた頃、中田カウスは講師として東京校を訪れ、漫才を指導していました。授業でネタを見てもらったことなどを通じて交流が生まれ、後に大阪で漫才をすることを勧められたといいます。
2024年の日刊スポーツのインタビューでは、2人が新宿のルミネtheよしもとで中田カウス・ボタンの舞台を見た後、本気で漫才を続けるなら大阪がよいと助言された経緯も語られています。
2人はこの助言を受け止め、NSC東京校を卒業した後、大阪へ活動拠点を移しました。2022年の本人インタビューによれば、2014年から中田カウスに弟子入りしています。
NSC出身でありながら大御所の弟子でもある
吉本興業の若手芸人にはNSC出身者が多くいますが、ドーナツ・ピーナツには、中田カウスの弟子というもう一つの経歴があります。
弟子時代には、師匠の楽屋を掃除したり、鏡を拭いたり、衣装の準備や舞台の出番に関する手伝いをしたりする仕事も経験しました。漫才の技術だけではなく、舞台に立つまでの準備や、先輩芸人が劇場でどのように振る舞っているかを身近で学べる環境だったのです。
NSCで学んだ基礎に加えて、大阪の劇場文化と師弟関係を通じて漫才に向き合う。東京から大阪への移住は、単なる引っ越しではなく、2人の芸風や仕事への姿勢を形作る大きな転機になりました。
NSC東京19期と大阪36期の関係
ドーナツ・ピーナツのプロフィールには「NSC東京19期/大阪36期」という表記が見られます。
これは東京19期が大阪36期に相当する芸歴であることを示すものです。2人が実際に通っていたのはNSC東京校であり、卒業後に大阪へ移りました。
したがって、東京校と大阪校の両方を卒業したという意味ではありません。芸歴や同期芸人を調べる際には、この違いを押さえておくと分かりやすいでしょう。
コンビ名の由来は中田カウス|旧名「赤ジャージ」から改名
「ドーナツ・ピーナツ」という印象的なコンビ名を付けたのも、中田カウスです。これは本人たちが複数のインタビューで明かしています。
さらに、2026年10月15日のスポニチの記事では、以前は「赤ジャージ」という名前で活動し、2014年に「ドーナツ・ピーナツ」へ改名したと紹介されています。
ただし、ドーナツ・ピーナツの正式な結成年には、資料によって違いがあります。吉本興業とM-1グランプリの公式プロフィールでは2015年4月と登録されている一方、2014年4月結成とする本人取材記事も存在します。
2014年には中田カウスへの弟子入りや改名に関する記録がありますが、公式登録が2015年4月となっている理由までは明らかになっていません。現在のプロフィールでは公式登録の2015年4月を基準としながら、それ以前からの活動歴も区別して考える必要があります。
なお、コンビ名については、ドーナツのアルバイト経験に由来するという説明もインターネット上で見られます。しかし、命名の細かな経緯については、本人や中田カウスによる直接の説明を十分に確認できていません。確実に分かっているのは、現在の名前を中田カウスが授けたということです。
ドーナツ・ピーナツの漫才は何が面白い?高校の同級生ならではの掛け合い
ドーナツ・ピーナツの漫才の魅力は、作り込まれたネタの展開だけではありません。高校時代から互いを知る2人だからこそ成立する、自然で勢いのある掛け合いにあります。
ピーナツは独特な発想で話を広げ、相手が困るような言動も平然と重ねていきます。それに対してドーナツが大きく反応し、北九州弁を交えながらツッコミを入れる。2人のやり取りが白熱すると、本当に口げんかをしているような空気になることもあります。
2026年10月のスポニチの取材でも、ピーナツは自分が調子に乗っているような状態、ドーナツは自分が勢いよく反応する状態を、2人らしい漫才の形として説明しています。
ネタは2人でアイデアを出し合って作っている
ネタ作りについては、2021年の『ch FILES』のインタビューで、ピーナツが2人でアイデアを出し合っていると話しています。
片方が考えた内容をもう片方が演じるという一方向の関係ではなく、互いの発想や反応を持ち寄りながら漫才を作っていることが分かります。
また、長く一緒に暮らしていた2人が別々に生活するようになったことで、それぞれの経験が変わり、ネタの幅が広がったという本人談もあります。
一緒にいる時間が長いからこそ生まれる面白さがある一方、別々の経験を持ち寄ることでも新しい題材が増えていく。長い付き合いのコンビならではの変化といえるでしょう。
舞台で積み重ねた経験とアドリブの強さ
2人の漫才を語るうえでは、劇場での経験も欠かせません。2022年のFANY Magazineでは、単独ライブでネタが飛んだ際にもアドリブで盛り返したエピソードが紹介されています。
予定どおりに進まない場面でも、相方の反応を受けて会話をつなげられる。こうした対応力は、長年の関係だけでなく、繰り返し舞台に立ってきた経験によって磨かれてきたものと考えられます。
2026年10月の取材では、月に1回のライブで新ネタを3本披露し、同年に制作した新ネタが約50本に達していることも明かしました。すべてのネタがそのまま大会で使われるわけではなく、試しながら磨いていく過程があるのでしょう。
高校の同級生として生まれた自然な会話と、劇場で鍛えた漫才の技術。その二つが重なっているところに、ドーナツ・ピーナツの持ち味があります。
公式ネタ動画で見るドーナツ・ピーナツの漫才
実際の掛け合いを知りたい人には、よしもと漫才劇場の公式YouTubeチャンネルで公開されているネタ映像がおすすめです。
2025年12月19日に公開された「よしもと漫才劇場 11周年記念SPネタ」では、ドーナツ・ピーナツの漫才を見ることができます。ピーナツの発想にドーナツがどのように反応し、会話が盛り上がっていくのかに注目すると、2人の特徴がより分かりやすくなります。
上方漫才協会大賞を受賞するまで|新人賞から大賞へ
ドーナツ・ピーナツは、大阪の劇場で経験を積み重ねながら、若手漫才師が競うさまざまな賞レースでも結果を残してきました。
特に重要なのが、2022年の上方漫才協会大賞新人賞と、2025年の同賞大賞です。新人賞から大賞へと評価を高めた歩みは、コンビの成長を示す大きな節目になっています。
| 年 | 大会 | 結果 |
|---|---|---|
| 2022年 | 第7回上方漫才協会大賞 | 新人賞 |
| 2022年 | 第43回ABCお笑いグランプリ | 決勝進出 |
| 2023年 | 第12回ytv漫才新人賞決定戦 | 準優勝 |
| 2024年 | 第13回ytv漫才新人賞決定戦 | 4位 |
| 2025年 | 第10回上方漫才協会大賞 | 大賞 |
2022年に初の大きな受賞|上方漫才協会大賞新人賞
2022年1月10日、ドーナツ・ピーナツは第7回上方漫才協会大賞で新人賞を受賞しました。
同年の『月刊芸人』のインタビューでは、結成から長く取り組んできた漫才で初めて賞を獲得した喜びを語っています。ドーナツは受賞によってさらに漫才が好きになったと話し、ピーナツも今後の成長に向けた思いを明かしました。
同じ2022年には、第43回ABCお笑いグランプリの決勝にも進出。こちらは優勝には届きませんでしたが、関西を中心に実力を磨いてきたコンビが、全国から若手芸人が集まる大会でも存在感を示した一年となりました。
2023年のytv漫才新人賞はダブルヒガシと同点の接戦
2023年3月19日に開催された第12回ytv漫才新人賞決定戦では、ドーナツ・ピーナツが準優勝を獲得しました。
この大会で印象的なのが、ファーストラウンドの得点です。ドーナツ・ピーナツは465点を記録し、ダブルヒガシと同点に並びました。順位決定を経て最終決戦へ進出しましたが、最後は審査員票1対4でダブルヒガシに敗れています。
優勝には届かなかったものの、最初の審査では優勝コンビと同じ得点を獲得していました。単なる準優勝という順位だけでは見えてこない、接戦だったことが分かります。
翌2024年3月3日の第13回決定戦にも進出しましたが、こちらは461点の4位。上位2組による最終決戦には進めませんでした。本人たちにとっては同大会への最後の挑戦でもあり、悔しさの残る結果となりました。
2025年に上方漫才協会大賞を獲得|中田カウスも成長を評価
そして2025年1月13日、ドーナツ・ピーナツは第10回上方漫才協会大賞で大賞を受賞しました。
記念すべき第10回大会には、令和ロマン、エバース、フースーヤ、マユリカなどの有力コンビもノミネートされていました。その中でドーナツ・ピーナツが大賞に選ばれたのです。
授賞式では、上方漫才協会会長を務める中田カウスが受賞理由にも言及しました。2024年後半にかけての追い上げに加え、単独公演が満席だったこと、舞台で客席の反応がよかったことなどを評価しています。
中田カウスは2人の師匠でもありますが、受賞の背景には劇場で積み重ねてきた活動実績がありました。舞台を重ね、ネタを磨き、観客を笑わせてきた成果が形になった出来事といえます。
受賞した2人も、これを到達点として満足するのではなく、賞に恥じない漫才を続けていくという決意を語りました。
なお、「上方漫才協会大賞」と「上方漫才大賞」は別の賞です。ドーナツ・ピーナツが2025年に受賞したのは、第10回上方漫才協会大賞の大賞です。
M-1グランプリの成績|2023年・2025年に準決勝進出
ドーナツ・ピーナツは、M-1グランプリでも着実に実績を積み重ねています。
2021年に準々決勝へ進出した後、2023年には初の準決勝進出。2024年は準々決勝で敗れましたが、2025年には再び準決勝へ進み、敗者復活戦にも出場しました。
| 開催年 | 到達段階 | 補足 |
|---|---|---|
| 2021年 | 準々決勝 | 準々決勝で敗退 |
| 2023年 | 準決勝 | 敗者復活戦に出場 |
| 2024年 | 準々決勝 | 準決勝進出ならず |
| 2025年 | 準決勝 | 敗者復活戦に出場 |
| 2026年 | 準々決勝進出決定 | 11月3日時点 |
※公式記録で到達段階を確認できた主な年度を掲載しています。2026年については大会途中の状況です。
2023年と2025年の準決勝進出でも決勝には届かず
2023年と2025年のM-1では、いずれも準決勝まで進出しました。しかし、決勝の舞台に立つことはできず、敗者復活戦に回っています。
M-1では準決勝まで勝ち進んでも、決勝に出場できる組は限られています。2度の準決勝進出は確かな実績ですが、本人たちが目指す初の決勝進出はまだ実現していません。
2025年の敗者復活戦ではBブロックに出場。ひつじねいり、フランツ、センチネル、カナメストーン、例えば炎、カベポスターと同じブロックで決勝への切符を争いました。
2023年から2025年にかけて、ytv漫才新人賞準優勝、上方漫才協会大賞受賞、M-1準決勝進出と結果を残している一方、M-1の決勝だけは届いていない。その状況が、現在もネタを磨き続ける大きな動機の一つになっています。
M-1グランプリ2026は大阪3回戦を突破
2026年のM-1グランプリでは、10月29日・30日に大阪で開催された3回戦を突破し、10月31日に準々決勝進出が発表されました。
大阪会場から準々決勝へ進んだのは34組で、ドーナツ・ピーナツのほか、もも、豪快キャプテン、天才ピアニスト、フースーヤ、ぐろうなどが名を連ねています。
大阪準々決勝は2026年11月18日(水)、なんばグランド花月で開催予定です。11月3日時点では準決勝進出の可否はまだ決まっていません。
大阪・東京の進出者や大会の日程については、M-1グランプリ2026の準々決勝進出者と今後の日程をまとめた記事でも詳しく紹介しています。
2026年10月の取材では、2人とも初のM-1決勝進出を強く意識していました。約50本もの新ネタを作りながら挑む今年の大会は、これまで積み重ねてきた漫才を示す機会となります。
テレビ・ラジオ・単独ライブでも活躍|大阪から全国へ
ドーナツ・ピーナツの活動は、賞レースだけにとどまりません。大阪の劇場で漫才を続けながら、テレビやラジオ、単独ライブでも活躍の場を広げています。
『マルコポロリ!』『せやねん!』などに出演
2024年には、関西テレビ『マルコポロリ!』など関西のテレビ番組への出演が増え、コンビとしての知名度を高めていきました。
『マルコポロリ!』では東野幸治をはじめとする先輩芸人たちと共演。MBSテレビの『せやねん!』や『ガンバTV〜青と黒〜』、読売テレビの『かんさい情報ネットten.』などにも出演歴があります。
2026年にはMBSラジオ『MBSヤングタウンNEXT』にも引き続き出演し、火曜日のパーソナリティーを担当しています。舞台の漫才とは異なるトークの場でも、2人の関係性を感じられる活動を続けています。
2024年に初の単独ツアー『豆丸』を開催
2024年には初めての単独ツアー『豆丸』を開催しました。
公演地は福岡、愛知、東京、大阪の4都市。地元の福岡から東京、そして現在の活動拠点である大阪まで、これまでの歩みとも重なる場所で漫才を披露しました。
単独ライブは、賞レースのように限られた時間で勝敗を競う場とは異なり、コンビの持ち味をより広く見せられる機会でもあります。新ネタを継続して作るドーナツ・ピーナツにとって、ライブは漫才を磨く重要な活動の一つです。
2025年には初冠番組で自分たちの人生を漫才に
2025年3月14日深夜には、MBSテレビで初冠特番『ドーナツ・ピーナツの人生は漫才だ〜マイク1本べしゃり道〜』が放送されました。
この番組は、2人のこれまでの人生を新作漫才にするという企画です。地元・北九州市での高校時代を描く「福岡編」、NSC東京校での生活を振り返る「東京編」、大阪での下積み時代を取り上げる「大阪編」の3つを軸に構成されました。
ゲストにはアキナが出演し、東京時代に共同生活を送っていたEXITの兼近大樹もVTRで登場。番組では新作漫才を3本披露しています。
自分たちの過去を、ただインタビューで語るのではなく、漫才という形で表現する。高校の同級生から始まった関係と、その後の芸人人生そのものがコンビの笑いにつながっていることを示す番組でした。
地元・北九州市とのつながり|小倉城でも漫才を披露
大阪を拠点に活動しているドーナツ・ピーナツですが、地元の北九州市との関わりも大切にしています。
2024年6月12日には北九州市役所を表敬訪問し、武内和久市長と対談しました。この際には、小倉南高校時代の思い出や、地元を盛り上げるためのイベントについても話し合っています。
会話のなかでは、子ども向けの漫才大会を開くアイデアや、小倉城の天守閣を使ったライブの可能性も話題になりました。
そして同年10月4日には、小倉城の再建65周年を記念したイベントに出演。小倉城天守閣で、地元愛を感じさせるライブを披露しました。
小倉南高校で出会い、東京で芸人への道を歩み始め、大阪で漫才を磨いてきた2人が、再び地元の舞台へ戻ってくる。こうした活動も、ドーナツ・ピーナツの歩みを知るうえで印象的な出来事です。
2026年も劇場で実績を重ねる|目標はM-1初決勝
2025年の上方漫才協会大賞受賞後も、ドーナツ・ピーナツは劇場での漫才を続けています。
2026年10月4日に開催された『グランドバトルWEST』では、第二部で1位を獲得し、総合でも2位に入りました。この大会は劇場で活動する芸人たちがネタを披露し、観客の投票によって順位を競うものです。
賞を獲得してからも、劇場の競争で結果を残し続けていることが分かります。2026年10月の時点で約50本の新ネタを制作していたという事実からも、現状に満足せず、新しい笑いを探している姿勢がうかがえます。
これまでの経歴を振り返ると、ドーナツ・ピーナツの成長は一度の大ブレイクによって実現したものではありません。高校時代に芸人を目指し、東京で学び、大阪へ移り、師匠や先輩の背中を見ながら舞台に立ち続けてきました。
ytv漫才新人賞では優勝に届かず、M-1では2度の準決勝進出を果たしながら決勝を逃しています。それでも2025年には上方漫才協会大賞を受賞し、翌2026年も劇場と賞レースの両方で挑戦を続けています。
高校の数学の補講で生まれた何気ない縁が、今では大阪の劇場を支える実力派漫才コンビへと成長しました。
中田カウスから学んだ漫才への姿勢と、高校時代から続く2人ならではの距離感。その両方を武器に、ドーナツ・ピーナツがこれからどのような漫才を見せてくれるのか。そして、まだ立っていないM-1決勝の舞台へ進めるのか、今後の挑戦にも注目が集まります。