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『星をみるひと』FC版レビュー|なぜ「クソゲー」と呼ばれる?問題点と残る面白さ

目次
  1. 『星をみるひと』はなぜクソゲーと呼ばれる?FC版の問題点とSwitch版の違い
  2. 『星をみるひと』はどんなRPG?
  3. 舞台は、人の心までコンピュータに管理された未来都市
  4. ゲーム開始直後から厳しいのは、主人公がLv0だからだけではない
  5. 序盤には普通の「にげる」コマンドがない
  6. レベルアップにも独特のブレーキがかかる
  7. 遅い移動が、探索の難しさをさらに増幅する
  8. IDカードは「鍵」なのに使うとなくなる
  9. マップには、迷わせることとは別種の問題もある
  10. パスワードも、ゲーム状態をそのまま保存してくれない
  11. それでもESPは「魔法を超能力と呼び替えただけ」ではない
  12. テレパシーでは「相手が話すこと」と「考えていること」が違う
  13. 4人が集まると、移動できる世界そのものが広がっていく
  14. 「最後までひたすら弱いゲーム」というわけでもない
  15. 『Psychic City』のファミコン移植ではない
  16. 世界設定が良くても、伝わりにくければゲームとしては苦しい
  17. 3つの結末があるから、最後まで「選ぶ」ゲームになっている
  18. なぜ「クソゲー」と呼ばれるのか
  19. 2020年Switch版は、原作を作り直したゲームではない
  20. 今から遊ぶならFC版とSwitch版、どちら?
  21. 2026年現在もNintendo Switchで購入できる
  22. まとめ|面白いものへ届くまでの道が、その面白さを隠している

『星をみるひと』はなぜクソゲーと呼ばれる?FC版の問題点とSwitch版の違い

『星をみるひと』は、「伝説のクソゲー」という呼び名と一緒に語られることの多いファミコンRPGです。

たしかに、実際に遊ぶと厳しいところは多い。

主人公は弱い状態から始まり、不利な敵と遭遇しても序盤は簡単に逃げられない。歩く速度は遅く、探索では消費型のIDカードも管理しなければならない。マップのつながりにも素直ではない場所があり、パスワードで再開すると完全に同じ状態へ戻るわけでもありません。

ただし、そこで評価を終えると、このゲームが2020年に公式復刻までされた理由も見えなくなります。

舞台は管理コンピュータが人々の心まで支配する未来都市。主人公たちは、その支配を受けないため「サイキック」として狩られる4人の子どもです。ESPは戦闘用の魔法にとどまらず、地形を壊し、離れた場所へ飛び、人の心を読み、探索そのものを変えていきます。

面白い発想はある。ところが、その発想へたどり着くまでのゲーム部分があまりにも厳しい。

『星をみるひと』を現在あらためて遊ぶと見えてくるのは、その大きな落差です。

『星をみるひと』はどんなRPG?

項目内容
タイトル星をみるひと
ハードファミリーコンピュータ
発売年1987年
発売元ホット・ビィ
開発体制ホット・ビィ社内+ANOTHERがシステム部分を担当したとみられる
ジャンルSF RPG
プレイ人数1人
価格5,300円
ROMPRG-ROM 128KB(1Mbit)
セーブバッテリーバックアップなし/パスワード方式
主人公みなみ、しば、あいね、みさ
エンディングFC版で3種類

現在の権利元であるシティコネクションは、本作を1987年にホット・ビィから発売された、荒廃した未来の巨大都市を舞台とするSF RPGと紹介しています。

発売日は1987年10月27日とする資料が広く使われていますが、HOT・Bの社内資料や当時の年鑑には11月18日という記録も残っています。現在の公式サイトも月日までは示さず「1987年」としており、発売年は確定していても月日には資料差が残る作品です。

開発元も単純ではありません。ゲーム内部には「ANOTHER」のコピーライトが残っていますが、長年本作を研究してきたノヒイ ジョウタ氏の調査では、ANOTHERの表記がゲームの動作・戦闘などシステム部分を囲むように存在し、グラフィックやテキストなどはホット・ビィ社内で制作された痕跡が確認されています。したがって「ANOTHERがすべてを開発した」と単純化するより、ホット・ビィとANOTHERによる分担体制として見るほうが実態に近そうです。

舞台は、人の心までコンピュータに管理された未来都市

主人公のみなみは、自分が誰なのかも、そこがどこなのかも分からない状態から物語を始めます。

舞台となる巨大都市アークシティを管理しているのは、コンピュータ「クルーIII」。

クルーIIIは都市を管理するだけでなく、住民の心へ干渉し、都市にとって好ましくない考えを持つ者を矯正しています。しかし一部にはマインドコントロールが効かない人間が存在し、彼らは「サイキック」と名付けられ、排除の対象になりました。

みなみ、しば、あいね、みさの4人も、そのサイキックです。

敵として現れるものも、この設定から外れていません。

市民を監視するガードフォース、精神攻撃への対策として作られたメカニック、遺伝子操作による人工生物、体制側についたサイキックなどが敵として分類されています。ファンタジー世界のモンスターをSF風の名前へ置き換えただけではなく、「管理社会から逃れる超能力者」という物語に合わせて敵側まで作られています。

この世界そのものは、今見てもかなり強い。

問題は、その面白さを知る前からゲームが容赦なく始まることです。

ゲーム開始直後から厳しいのは、主人公がLv0だからだけではない

みなみはLv0からスタートします。

ただし、よく語られる「HPが5しかない」という説明は正確ではありません。

本作の戦闘画面では、各キャラクターのHPを1の位まで表示しません。説明書にも「ひっと力29153なら2915と表示される」と明記されています。

そのため初期状態で画面に「5」と表示されても、実際のHPが5という意味ではありません。

また、「レベルそのものが画面に表示されない」というわけでもありません。

フィールドの「ちから」画面では、レベル、現在HP、最大HP、さいこ力、防御力、すばやさ、熟練度、経験値、次のレベルに必要な値まで確認できます。

それでも序盤が厳しいことは変わりません。

より大きいのが、悪い敵を引いたときの逃げ道が少ないことです。

序盤には普通の「にげる」コマンドがない

戦闘で選べる基本コマンドは、

ESP/たたかう/ふせぐ/くすり/ちから

です。

一般的なRPGにある「にげる」はありません。

後にしばが使えるESP「てれぽーと」なら、仲間1人を戦闘から脱出させられます。さらに上位の「ふるてれぽーと」では全員が離脱できます。

つまり、逃走という選択そのものがESPを習得した後の能力になっています。

この違いは序盤ほど重く響きます。

まだ弱い状態で不利な敵に出会っても、「これは勝てないから逃げよう」とすぐ切り替えられない。敵を倒す以外の選択肢が少ないまま、まず成長しなければなりません。

研究者へのインタビューでも、序盤から回復の難しい行動不能攻撃を使う敵が現れることや、テレポートを覚えるまでは戦闘から逃げられないことが、本作の難点として挙げられています。

「敵が強い」だけなら難しいRPGで済みます。

『星をみるひと』では、強い敵を引いたときに損失を減らす手段まで制限されているため、序盤の一戦が重くなっています。

レベルアップにも独特のブレーキがかかる

成長にも変わったルールがあります。

必要な経験値を大きく超える強敵を倒しても、1回の戦闘終了で上がるレベルは最大1です。

すでに次のレベルに必要な経験値を満たしていても、次の戦闘を終えるまでそれ以上は上がりません。

これは序盤の立て直しをさらに遅くします。

危険を冒して強敵を倒したから一気に数レベル成長する、という救済がありません。戦力を整えるには、結局ある程度の回数を戦う必要があります。

しかも、その戦闘には最初から安全な逃走手段がない。

本作の序盤が重い理由は、ひとつの極端な数字ではなく、こうした仕様が連動しているところにあります。

遅い移動が、探索の難しさをさらに増幅する

原作の歩行速度はかなりゆっくりしています。

それだけなら昔のRPGとして我慢できる範囲かもしれません。

しかし『星をみるひと』では、

行き先を探す
長い距離を移動する
途中で敵と遭遇する
戻って別の場所を探す

という探索そのものに時間がかかります。

さらに、地形を壊したり、ジャンプしたり、IDカードを使って施設へ入ったりと、進行には通常移動以外の操作も絡みます。

歩く速度だけを切り離して見るより、試行錯誤のたびに同じ距離を歩き直す時間が長いことのほうが効いてきます。

2020年のNintendo Switch版では、ZRを押している間だけ移動を2倍速にできる「さいこうぉーく」が追加されました。原作のマップそのものを変えず、移動時間だけを短縮する機能です。

2倍速で遊んでみると、このゲームで大きな負担になっていたのが「考える時間」ではなく「考え直すたびに歩く時間」でもあったことがよく分かります。

IDカードは「鍵」なのに使うとなくなる

探索をさらに厳しくするのがIDカードです。

本作には、特定のIDカードを持っていなければ通れない場所があります。

しかもゴールドIDカードを除き、チェックポイントを通過するたびに1枚消費します。

扉を一度開けたら永久に通れる鍵ではありません。

場所によっては入るためのカードだけでなく、戻るためのカードまで考える必要があります。研究者へのインタビューでも、「入る用/出る用」として最低2枚必要になるケースが問題点として挙げられています。

探索で道を間違えることが、単なる時間損失で終わらない。

もう一度カードを用意し直すための金や移動が必要になる。

だから本作では、「どこへ行けばいいか分からない」という情報不足と、消耗品を使って探索する仕組みとの相性が非常に厳しくなっています。

旧来の記事でよく見かける「金がなくなれば即詰み」とまで一般化するのは正確ではありません。

本当に重いのは、間違った探索ルートを選んだときの戻し作業が大きいことです。

マップには、迷わせることとは別種の問題もある

探索ゲームなら、複雑なマップそのものは欠点とは限りません。

ところが『星をみるひと』には、説明書の時点で、

町などの通常の出入口以外から外へ出ると、元の場所へ戻れない場合がある

と注意書きがあります。

研究者への取材でも、一部のマップ接続がおかしいことが問題として指摘されています。

これは「自分で道を覚えるダンジョン」とは意味が違います。

プレイヤーが頭の中に地図を作ろうとしても、入口と出口の関係そのものが直感どおりにならなければ、その知識を次の探索へ利用しづらいからです。

世界の謎を解くために迷わせることと、移動先の対応が不自然で迷うことは同じではありません。

本作では、この2種類の「分からなさ」が重なっています。

パスワードも、ゲーム状態をそのまま保存してくれない

FC版にバッテリーバックアップはありません。

フィールドのESPメニューから「SAVE」を選ぶとパスワードが表示され、それを入力して再開する方式です。

ところが、このパスワードは完全な状態保存ではありません。

再開すると、

  • HP・さいこ力・経験値は、そのレベルに対応した値へ調整
  • くすりの材料は失われる
  • 登録したジャンプ先は失われる
  • 武器・防具・アイテムは保持
  • ゴールドは最大255減る場合がある
  • 経験値も最大3減る場合がある

という変化が起きます。

普通のRPGなら、「今日はここまで」とセーブするのはゲーム外の都合です。

『星をみるひと』では、再開そのものが所持状態へ影響します。

長距離移動や探索が重いゲームなのに、その途中経過まで完全保存できない。

小さな仕様ですが、これも遊びにくさを積み重ねています。

それでもESPは「魔法を超能力と呼び替えただけ」ではない

ここから、本作の見え方が変わってきます。

ESPには敵へダメージを与える技もありますが、フィールドでは、

ぶれいく
で地形を壊す。

じゃんぷ
で障害物を越えたり、登録した場所へ移動する。

てれぱし
で人物の心を読む。

さらにESPレベルによっては、そのまま特殊な地形を通過できるようになります。

戦闘でも同じ能力体系が利用されます。

みなみが得意とするサイコキネシス系、しばが得意とするテレポート系のほか、シールド系やテレパシー系があり、敵を飛ばす、仲間を逃がす、攻撃を防ぐ、敵の弱点を読む、敵同士を攻撃させるといった効果があります。

SF世界だから魔法の名前だけ変えた、という作りではありません。

超能力で地形・移動・情報・戦闘のルールへ触る。

この発想が『星をみるひと』の面白い部分です。

テレパシーでは「相手が話すこと」と「考えていること」が違う

とくに良いのが、あいねの「てれぱし」です。

普通に「はなす」でNPCへ話しかけるだけでなく、あいねを先頭にしてテレパシーを使うと、通常の会話とは異なる情報を得られます。

これはRPGの会話として面白い仕組みです。

NPCには、

口に出して話す情報

心の中に持っている情報

という2つの層がある。

人々の思考までコンピュータに管理されている世界で、その管理を受けないサイキックが他人の心を直接読む。

システムと世界設定がきれいにつながっています。

すべての人物へ片っ端から話しかけるだけでなく、「この人物は何か隠しているのではないか」と考え、能力を切り替えて情報を探す。

この部分だけを見ると、『星をみるひと』が目指していたRPGの姿はかなりはっきりしています。

4人が集まると、移動できる世界そのものが広がっていく

物語に登場するサイキックは、

みなみ
しば
あいね
みさ

の4人です。

2020年版公式サイトでも4人全員が主要人物として掲載されています。みさを「隠しキャラクター」と呼ぶ根拠はありません。

能力にも役割があります。

みなみは「ぶれいく」系、しばは「じゃんぷ/テレポート」系を得意とし、あいねはフィールドでテレパシーを使えます。

仲間が増えることは、単純に戦闘人数が増えるだけではありません。

壊せなかった場所を壊せる。

越えられなかった地形を越えられる。

読めなかった心を読める。

キャラクターの成長と、探索可能な範囲の拡大が同じESPシステムにつながっています。

ここにも良い設計があります。

「最後までひたすら弱いゲーム」というわけでもない

序盤の厳しさだけを見ると、プレイヤー側が一方的に不利なゲームに見えます。

しかし、その状態が最後まで続くわけではありません。

成長するとHPは大幅に増え、強力なESPも使えるようになります。

たとえば「でふまいんど」は、成功すると最初に行動する仲間からもう一度攻撃できる能力です。戦闘の行動順そのものへ介入できます。

「てれぽーと」で味方を戦闘から逃がしたり、「ばどてれぽーと」で敵を飛ばしたり、「ばどてれぱしぃ」で敵を仲間だと思い込ませて同士討ちさせたりもできます。

序盤は逃げることすらできないのに、後半ではルールをかなり強引に動かせる。

この振れ幅も本作の特徴です。

だから問題点を説明するときも、「プレイヤーに不利な仕様しかないゲーム」としてしまうと、実際の姿とは違ってきます。

『Psychic City』のファミコン移植ではない

『星をみるひと』を語るときによく登場するのが、ホット・ビィが1984年に発売したPC向けRPG『Psychic City』です。

迫害される超能力者、テレパシーを利用した情報収集、SF世界、IDカードなど、『星をみるひと』へつながる発想を数多く確認できます。

研究資料でも、『星をみるひと』は『Psychic City』のアイデアを換骨・発展させた作品として扱われています。

ただし、同じ物語をファミコンへ移した作品ではありません。

舞台も登場人物もストーリーも別で、『Psychic City』そのものの家庭用移植ではなく、ホット・ビィが以前のSF RPGで作った発想を受け継いだ新作と考えるほうが正確です。

系譜を知ると『星をみるひと』のアイデアが突然生まれたわけではないことも分かります。

それでも、先行作の発想をファミコン用RPGへ落とし込む過程で、遊びやすさまで十分整理できたとは言いにくい。

ここにも「発想と実装の落差」があります。

世界設定が良くても、伝わりにくければゲームとしては苦しい

管理コンピュータ、マインドコントロール、サイキック狩り。

通常会話とテレパシー。

仲間ごとのESP。

敵側まで世界設定に合わせた分類。

素材だけを並べると、かなり面白そうなRPGです。

ところが実際のプレイでは、

行き先を探す。

ゆっくり歩く。

敵に遭遇する。

序盤は簡単に逃げられない。

IDカードを消費する。

間違えれば戻る。

また歩く。

という負担が先にやってきます。

世界の秘密を探すゲームなのに、プレイヤーが苦戦する理由の一部が「秘密を推理できないこと」ではなく、「目的地まで快適に試行錯誤できないこと」になってしまっています。

説明されないものをすべて「想像の余地」として褒めることもできません。

テレパシーで別情報を得られるのは、能力として用意された意図的な仕組みです。

一方、マップ接続の不自然さや情報不足まで物語上の演出として持ち上げてしまえば、ゲーム設計の問題を見えなくしてしまいます。

3つの結末があるから、最後まで「選ぶ」ゲームになっている

FC版には3つの到達可能なエンディングがあります。

物語の最後には選択があり、その答えによって結末が変化します。Switch版でも、一度見たエンディングを「おまけ」から再閲覧できる機能が用意されています。

ここでは内容そのものには触れません。

ただ、コンピュータによって考え方まで管理される世界で、最後にはプレイヤー側が自分で答えを選ぶ。

この構造は、作品のテーマとよく合っています。

マルチエンディングだから優れているのではありません。

管理される世界を描いたゲームが、最後の答えを一つに固定していない。

そこに意味があります。

なぜ「クソゲー」と呼ばれるのか

本作が後年「クソゲー」と呼ばれてきたこと自体は否定できません。

しかも、その評価には具体的な理由があります。研究者ノヒイ ジョウタ氏も、序盤の戦闘、逃走手段、IDカード、マップ接続などについて、問題点としておおむね納得していると答えています。

だから「実は何も悪くなかった」と逆転させる必要はありません。

移動は重い。

序盤の戦闘は厳しい。

逃走手段の獲得にも時間がかかる。

消費型IDカードは探索失敗の負担を増やす。

パスワードは完全な状態保存ではない。

マップにも不自然な接続がある。

これらは、SF世界が魅力的だから消える問題ではありません。

ただし、評価の低さと「中に何もない」は同じ意味でもありません。

テレパシーでNPCの本心を読む。

ESPで地形を壊す。

仲間が増えるほど移動手段が増える。

敵の種類まで管理社会という設定に組み込む。

最後に複数の答えを選ばせる。

こうした発想まで捨ててしまうと、『星をみるひと』という作品の半分しか見ていないことになります。

2020年Switch版は、原作を作り直したゲームではない

2020年7月30日、シティコネクションからNintendo Switch版『星をみるひと』が配信されました。

これはゲームバランスやマップを現代向けに全面再設計したリメイクではなく、FC版をベースにしながら遊びを補助する機能を追加した公式移植です。

追加された主な機能は以下のとおりです。

Switch版機能内容FC版で軽減される負担
さいこうぉーくZRで移動速度2倍長距離移動・探索の往復
さいこりばーすZLで巻き戻し戦闘や操作ミスのやり直し
さいこめもりー最大3スロットのクイックセーブ/ロードパスワードだけに頼る再開
にゅうがめぷらす任意のレベル・ゴールドで開始序盤育成などを省略して遊ぶ
エンディング閲覧一度見た結末を再生複数エンディングの確認
おまけ当時のパッケージ・説明書などを収録資料閲覧

いずれもシティコネクション公式で案内されている機能です。

この追加内容を見ると、原作のどこが現在プレイすると重くなりやすいのかも分かりやすくなります。

歩行が長いなら2倍速。

失敗の戻しが重いなら巻き戻し。

パスワードが扱いにくいならクイックセーブ。

序盤育成を飛ばしたければニューゲーム+。

それでも、地図や敵配置、ESPを使った進行といったFC版の基本設計そのものが別ゲームへ置き換わったわけではありません。

遊びやすくなった『星をみるひと』であって、「問題点を全部修正して名作へ作り直した『星をみるひと』」ではありません。

今から遊ぶならFC版とSwitch版、どちら?

原作そのものを体験したいなら、FC実機とカートリッジです。

歩行速度、パスワード、失敗時の戻しにくさまで含めて1987年版の設計をそのまま確認できます。

ただ、ゲームの世界やESPに興味があり、現在初めて遊ぶならSwitch版のほうが入りやすいでしょう。

とくに2倍移動とクイックセーブは、作品の内容を別物にせず、探索にかかる時間を大きく減らしてくれます。巻き戻しをどこまで使うかも自分で決められます。

FC版を遊ばなければ本当の『星をみるひと』ではない、ということもありません。

逆にSwitch版で補助機能を使ったから、FC版の問題点までなくなったことにもなりません。

何を知りたいかで選ぶのが一番です。

2026年現在もNintendo Switchで購入できる

2026年8月現在、Nintendo Switch版『星をみるひと』はマイニンテンドーストアで販売されています。

現在価格は660円(税込)のダウンロードソフトです。

FC版を中古市場から探さなくても、公式に遊べる手段が残っています。

2020年に一度だけ話題になって終わった復刻ではなく、現在も購入できることは、このゲームを今から知るうえでかなり大きいでしょう。

まとめ|面白いものへ届くまでの道が、その面白さを隠している

『星をみるひと』の問題点を具体的に見ていくと、「クソゲーだから全部おかしい」という説明は必要なくなります。

序盤には簡単な逃走手段がない。

レベルは一戦で1しか上がらない。

IDカードは消費する。

移動はゆっくりしている。

パスワードで保存しても完全な同一状態には戻らない。

マップ接続にも不自然な場所がある。

一つずつ見れば、低い評価につながる理由は十分あります。

その一方で、コンピュータに思考を管理された未来都市を舞台に、サイキックである4人が追われる世界を作り、テレパシーでNPCの本心を読み、ESPで地形や移動そのものへ干渉し、最後には複数の答えを選ばせる。

こちらも同じゲームの中に入っています。

惜しいのは、良いアイデアが少ないことではありません。

そのアイデアへたどり着くまでの道が、アイデアそのものを見えにくくしていることです。

だから『星をみるひと』は、低評価だから語るものがないゲームでも、「本当は名作だった」と逆張りするためのゲームでもありません。

どこが遊びにくいのかを具体的に見れば見るほど、その奥で何を作ろうとしていたのかまで見えてくる。

長所と短所の距離が、これほど離れているRPGも珍しい。

2020年の公式復刻によって、その両方を今でも自分の手で確かめられる作品です。

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