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『夢見館の物語』レビュー|静かな館を歩くだけでなぜ怖い?メガCD版70点の理由

夢見館の物語 レビュー|何が怖い?メガドライブミニ2・70点の理由

1993年12月10日、セガから発売されたメガCD用アドベンチャー『夢見館の物語』。

価格は7,800円、型番はG-6027。1人用のアドベンチャーゲームで、セガは現在も本作を「静寂のファンタジックホラー・アドベンチャーゲーム」と紹介しています。

物語は満月の夜から始まります。

光る蝶を追いかけた妹が、森の奥に現れた見知らぬ館へ消えてしまう。プレイヤーはその兄となり、妹を追って館へ入ります。

銃も剣もありません。

敵を倒して強くなるゲームでもありません。

廊下を進み、向きを変え、扉を開け、気になった物へ近づいて調べる。

やることだけなら、かなり少ないゲームです。

それなのに、知らない廊下の先へ一歩進むだけで妙に落ち着かない。

つぶログのメガCD全114ソフトTier表では、『夢見館の物語』をB Tier・70点・総合61位タイと評価しています。

移動は遅い。

物語も長くない。

謎解きの量も多くない。

それでも70点の中に、ほかの作品へ簡単には置き換えられないものがあります。

それは、館を歩くという行為そのものがゲームになっていることです。

『夢見館の物語』はどんなゲーム?

画面は、主人公である少年の視点で進みます。

ただし、現在の一人称ゲームのように、スティックを倒して自由自在に館内を走り回る方式ではありません。

方向を決め、前へ進む。

また向きを変え、次の場所へ進む。

説明書でも、館内で基本的にできる移動は前進であり、先に方向を決めてから進む方式とされています。

開発に参加した鈴木幸一氏の回顧によれば、初期の仕組みではプレイヤーの位置・向き・入力に応じて、対応する映像をCDから呼び出して表示していました。本作の館は、現在の3Dゲームのように自由な視点からリアルタイム描画される空間ではなく、あらかじめ作られた映像をつないで移動を見せる構造です。

当然、動きの自由度は高くありません。

けれど、このゲームではそれが「何もできない」に直結しません。

むしろ、自分の正面しか見えないことが効いてきます。

廊下の曲がり角の先は、そこまで進まなければ分からない。

背後が気になれば、自分で向きを変えなければならない。

閉じた扉の向こうは、扉を開けるまで見えない。

プレイヤーが把握できる範囲と、主人公がいま見ている範囲がほとんど重なっています。

だから、次の場所を見るには自分から進むしかありません。

「自由に走れない」ことが、館との距離を変える

現在遊ぶと、まず気になるのは移動の遅さです。

一方向へ向く。

進む。

映像が切り替わる。

また次の方向を決める。

館を一気に走り抜けることはできません。

初めて通る場所では、この遅さが独特の緊張を生みます。

早く角を曲がって安全を確認することができない。

向こう側に何があるのか分からないまま、移動が終わるのを待つ時間が入る。

一歩進むだけでも、「次の画面を見る」という小さな決断になります。

ところが、館の構造を覚えてくると印象が変わります。

別の部屋を調べたくなっても、瞬時には戻れない。

行き止まりだと分かれば、同じ廊下をまた移動する。

見落としを疑えば、以前歩いた場所をもう一度たどる。

初見では不安を増やしていた遅さが、再探索では待ち時間になる。

本作の移動には、この両方があります。

遅いことを全部演出として褒めることもできません。

逆に、単なる古さとして切り捨てるのも違います。

最初に館へ入ったときの感覚と、場所を覚えたあとの負担が、同じ移動方式から生まれています。

「どこへ行くか」だけでなく、「何を見るか」を自分で決める

館の中では、ただ部屋を順番に通り抜けるだけではありません。

壁、テーブル、ソファーなど、館内にある多くの物へ近づいて調べることができます。

気になる物の前まで行き、さらに調べると画面が寄り、そこから情報やアイテムへつながることがあります。説明書でも、クリアには館内のさまざまな場所を調べ、情報を得る必要があるとされています。

ここでも移動が意味を持ちます。

画面上にある物を離れた場所からクリックするのではありません。

気になった物があれば、まずそこまで行く。

近くまで来て、初めて詳しく見る。

「調べる」の前に、「近づく」がある。

だから、家具も壁もただの背景になりにくい。

館そのものを歩いて調査している感覚につながります。

ただし、ここで『MYST』のような複雑なパズルを大量に期待すると、かなり違います。

難しい論理問題を何段階も解いたり、多数のアイテムを組み合わせて解答を導いたりすることが中心ではありません。

2022年のGAME Watchによる再評価でも、本作はゲームシステムがシンプルで、謎解きやプレイヤーが直接関与できる要素は多くないと評されています。

『夢見館の物語』では、謎を解くことより、情報のある場所まで自分で歩いていくことの比重が大きいのです。

アイテムと鍵は、探索を難しくするより館を少しずつ開いていく

探索を進めるとアイテムも手に入ります。

条件が整った状態で特定の場所を調べることで入手し、必要な場面で使用します。

鍵もその一つです。

鍵ごとに開けられる扉が決まっており、正しい扉へ使えば消費されます。反対に、アイテムを間違った場所で使っても、それだけで失ってしまうことはありません。

そのため、アイテム管理でプレイヤーを追い詰めるゲームではありません。

鍵を見つける。

以前は開かなかった扉を思い出す。

そこまで戻る。

扉を開ける。

知らなかった場所へ入る。

こうして、最初は分からなかった館の構造が少しずつ頭の中につながっていきます。

本作で覚えていくのは、複雑な操作ではなく場所そのものです。

そして、その「館を覚えたこと」が後半で別の意味を持ち始めます。

音が多いのではなく、静かな時間があるから声が残る

『夢見館の物語』を思い出すとき、画面と同じくらい大きいのが音です。

セガ自身が現在も「静寂」を作品紹介の中心へ置いています。音楽は野見祐二氏。説明書のクレジットには折笠愛氏、こおろぎさとみ氏、堀内賢雄氏、有本欽隆氏、松本保典氏、竹口安芸子氏らが「声の出演」として記載されています。

このゲームには、戦闘音や派手なアクションSEを絶えず鳴らし続ける必要がありません。

ただ歩いている時間がある。

次の場所を考えている時間がある。

静かな画面を見ている時間がある。

そこへ誰かの声や音が入ると、自然に意識がそちらへ向きます。

怖さを大きな音で押しつけ続けるのではなく、音が鳴っていない時間まで含めて、次に何が聞こえるかを気にさせる

「雰囲気が怖い」の中身を分解すると、この音の置き方もかなり大きな割合を占めています。

時計を手にした瞬間、それまで覚えた館が別のゲームになる

『夢見館の物語』で特に面白いのが、途中から始まるゲーム内時間です。

ゲーム開始直後から制限時間が減っていくわけではありません。

館の探索を進め、時計を手に入れた直後から1時間のクリア制限が始まります。

時計が示す時刻は午後11時。

午前0時までに館を脱出できなければ、本来の結末とは異なるバッドエンディングを迎えます。

しかも、この「1時間」は現実の60分ではありません。

時間が進むのは、プレイヤーが移動したり方向転換したりしたときです。

何も操作しなければゲーム内時間は進みません。

これによって、それまでの探索が急に意味を変えます。

序盤では、

「この廊下はどこへ続いているんだろう」

「この扉の向こうには何があるんだろう」

と、知らない場所を確認しながら歩きます。

時計を手にした後は、

「ここへ行くなら、どの道が短いか」

「さっきの部屋へ戻るには、どちらへ曲がればいいか」

と、すでに得た知識を使って動くことになります。

間違った方向へ曲がることにも時間がかかる。

不要な廊下へ入ることにも意味が生まれる。

さっきまで怖くてゆっくり進んでいた館を、今度は無駄なく動かなければならない。

館は変わっていません。

変わったのは、プレイヤーが館を覚えたことと、時計が動き始めたことです。

ここが本作のゲームとして最も面白い部分です。

前半は「知らない場所」、後半は「知っているはずの場所」

最初から時計が動いていたら、この構成は成立しません。

場所も分からない状態で時間だけ追われれば、探索する余裕がなくなります。

反対に、最後まで時間制限がなければ、一度覚えた館を効率よく移動する理由も弱くなります。

前半で館を知る。

後半で、その知識を使う。

同じ移動方式を途中で別の遊びへ変えています。

しかも、前半では弱点になりにくかった移動の遅さが、後半では重くなります。

向きを間違える。

一本余計な廊下へ入る。

一度戻る。

その一つひとつが時計へ返ってくる。

移動速度そのものは変わらないのに、プレイヤー側の事情が変わることで、歩く感覚まで変化します。

これは『夢見館の物語』を「映像を眺めるだけの作品」とは呼べない理由でもあります。

粗いCGも、現在ではこの館の顔になっている

1993年のゲームなので、映像には当然古さがあります。

館内は、あらかじめコンピューターで描画したCG映像を使って表現されています。現在のリアルタイム3Dゲームのような滑らかな移動や高精細な描画ではありません。開発者・鈴木幸一氏の回顧でも、プレイヤーの位置や方向に応じて適切な映像をCDから呼び出す仕組みだったことが語られています。

輪郭は粗い。

暗い場所では細部も分かりにくい。

人の暮らす洋館らしい形はしているのに、どこか現実から少しずれています。

この見え方が、本作では意外と邪魔になりません。

すべてが鮮明に見える館ではないから、目の前にある物を「これは何だろう」と考える余地が残る。

GAME Watchも、プリレンダーCG特有のざらついた質感が本作の不気味さへつながっていると評しています。

もちろん、これは現代的なグラフィック性能という意味で優れているという話ではありません。

古い映像表現が、偶然も含めて、この館の現実離れした見え方とよく噛み合っています。

「バーチャルシネマ」でも、中心にあるのは映画を見ることではない

当時のセガは、日本で『ナイトトラップ』と『夢見館の物語』を「バーチャルシネマ」というジャンル名で売り出していました。

これは両作品のローカライズにも関わった元セガの長谷川亮一氏が、後年のセガ公式インタビューで振り返っています。

ただし、『ナイトトラップ』と『夢見館の物語』の遊び方はかなり違います。

『夢見館』で長く見ているのは、映画のようなカットシーンではありません。

廊下。

扉。

部屋。

家具。

自分がいま立っている場所です。

映像はプレイヤーから操作を取り上げるためではなく、館の中を移動している感覚を作るために大量に使われています。

システムサコムで本作に参加した鈴木幸一氏は、企画・原作・脚本・ゲームデザイン・シナリオスクリプトを担当。本作の原型となる館内探索のプロトタイプは、メガCD版以前からCG空間を歩く仕組みとして作られていました。

だから、本作の映像を「CDになってムービーが豪華になった」というだけで見ると、少し違います。

画面そのものが、ゲーム盤になっています。

それでも、できることは最後まで多くない

ここまでの仕組みだけを見ると、70点では低く感じるかもしれません。

しかし、本作には明確な限界があります。

歩く。

向きを変える。

調べる。

アイテムを使う。

話を聞く。

中心となる操作は、最後までそれほど増えません。

複雑なパズルが次々と現れるわけでもない。

攻略方法が何通りにも枝分かれするわけでもない。

館自体も、何十時間も探索できる巨大な空間ではありません。

GAME Watchも、謎解きとインタラクションの少なさを当時から感じられる物足りなさとして挙げています。

そして探索型のゲームだけに、初回の「知らない」という価値が大きい。

どこに何があるか。

どの道がどこへつながるか。

何をすれば先へ進めるか。

一度それを知ると、最初に館へ入ったときとまったく同じ緊張は戻りません。

操作技術を磨いて何周も上達するアクションゲームとは、周回の意味が違います。

初めて館を知らない状態で入ることに、かなり大きな価値が集中した作品です。

なぜ70点・B Tierなのか

『夢見館の物語』の良さは、「雰囲気」という言葉だけでは説明しきれません。

主人公の視界だけで進む。

自由には走れない。

気になる場所まで自分で歩く。

物へ近づいて調べる。

音の少ない空間で声を聞く。

館の構造を覚える。

そして時計を手に入れた後は、その知識を使って限られた時間の中を動く。

視点、移動、調査、音、時間が、全部「館を歩く」という行為につながっています。

ここは強い。

だからC Tier以下には置きたくありません。

一方で、プレイヤーが行えることの幅は狭い。

移動には時間がかかる。

再探索ではその遅さが負担になる。

謎解きは多くない。

長編でもない。

館を理解したあとに、さらにゲームが大きく広がるわけでもありません。

だから70点です。

90点級のゲームへ無理に格上げする必要はありません。

できることは少ない。でも、できることのほとんどが同じ感覚を作る方向へ向いている。

そのまとまりが、B Tierに残る理由です。

『真説・夢見館 扉の奥に誰かが…』は初代の作り直しではない

1994年12月2日には、セガサターンで『真説・夢見館 扉の奥に誰かが…』が発売されています。

価格7,800円、型番GS-9005。セガ公式でも別タイトルのアドベンチャー作品として記録されています。

初代を高性能なハードでそのまま作り直したリメイクではありません。

『夢見館の物語』完成後、システムサコムでは次の「夢見館」の企画が進められていたことを鈴木幸一氏自身が振り返っています。

つぶログのセガサターンTierでは『真説・夢見館 扉の奥に誰かが…』を68点と評価しています。

初代が70点、後続作が68点。

映像表現が進歩すれば、そのままゲームとしての評価も上がるわけではない。

この違いは、『真説』を個別に扱うときに掘り下げたいところです。

メガドライブミニ2なら、日本版と海外版まで切り替えられる

現在『夢見館の物語』へ触れる公式復刻として大きいのが、メガドライブミニ2です。

日本版が正式収録されているだけではありません。

本体の言語設定を変更すると、

日本語・繁体字・韓国語では日本版『夢見館の物語』。

英語では北米版『Mansion of Hidden Souls』。

フランス語・イタリア語・ドイツ語・スペイン語では欧州版『Yumemi Mystery Mansion』。

と、起動する地域版まで切り替わります。セガ公式が本作を例にして案内している機能です。

さらにメガドライブミニ2ではUSBマウスにも対応しています。中断セーブは全収録作品で利用でき、1ゲームにつき4か所まで保存できます。

オリジナル版もセガマウス対応作品でした。セガのハード資料にも『夢見館の物語』が対応タイトルとして記録されています。

ただし、メガドライブミニ2自体は現在セガ公式で「完売御礼」となっています。すでに持っている人には非常に遊びやすい復刻ですが、いつでも公式から新品購入できる現行商品ではありません。

2026年に遊んでも面白い?

初めて遊ぶなら、まだ十分に面白い部分があります。

特に、攻略情報を先に読まずに館へ入ったときです。

どこへ続いているか分からない廊下。

何があるか分からない部屋。

意味の分からない物。

聞こえてくる声。

最初はただ歩くだけだった場所が、少しずつ頭の中で地図になっていく。

そして時計を手にしたあと、その地図を実際に使う。

この流れは現在でも成立します。

反対に、現代のゲームへ慣れているほど気になるところも明確です。

移動は遅い。

視点操作も自由ではない。

遊べる範囲は広大ではない。

謎解きの密度も高くない。

一度館を理解すれば、初回ほどの未知は残らない。

いま遊ぶなら、長大なホラーADVを期待するゲームではありません。

短い時間の中で、一つの館を「知らない場所」から「知っている場所」へ変えていくゲームです。

そこに面白さを感じられるかどうかで、評価はかなり変わります。

まとめ|怖いものに追われるのではなく、自分から次の場所を見に行く

『夢見館の物語』には、派手な恐怖表現は多くありません。

戦う敵もいない。

大量の怪物に追われ続けるわけでもない。

ゲームの大部分では、ただ館を歩いています。

それでも落ち着かないのは、次に何があるかを確認する役目がプレイヤー自身にあるからです。

扉の向こうを見たければ、自分で開ける。

曲がり角の先を知りたければ、自分で進む。

気になる物があれば、自分でそこまで近づく。

誰も代わりに安全を確認してくれません。

やがて館の構造を覚れたころ、時計が午後11時を指す。

今度は、怖くてゆっくり歩いていた同じ廊下を、無駄なく進まなければならない。

知らないから慎重に歩く前半と、知っているから急いで歩けるはずの後半。

この変化が『夢見館の物語』にはあります。

一方で、そこから先へ遊びが何段階も広がるゲームではありません。

移動の遅さも消えない。

謎解きも多くない。

物語もコンパクトです。

だから、つぶログのメガCD TierではB Tier・70点・総合61位タイ

完成度だけを並べれば、もっと上の作品があります。

それでも、月夜の森から知らない館へ入り、ひとりで廊下を歩き、少しずつ場所を覚え、最後には時間まで気にしながら同じ館を進む。

その体験は、70点という数字だけでは埋もれさせたくない。

『夢見館の物語』は、ゲームとしてできることが少ないからこそ、視点、移動、音、時間の一つひとつが強く残る作品です。

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