- リアルサウンド 風のリグレットとは?画面のないセガサターン音声アドベンチャーを解説
- 音声ドラマを聞くだけでは終わらない
- チャイムは演出ではなく、画面の代わりになるUI
- 場所が映らないのに、なぜ駅や部屋が分かるのか
- 効果音は背景ではなく、情景そのもの
- 声だけで人物を分けられなければ、4時間は持たない
- 坂元裕二の脚本は「映像を削ったドラマ」ではない
- 鈴木慶一の音楽は、映像の代わりに場面の温度を変える
- 視覚障害者から届いた手紙が、制作を動かした
- それでも「完全に視覚不要」と言い切ると違ってくる
- 画面をなくした理由は、手紙だけではない
- 『ナイトトラップ』とは、CD-ROMへの答えが正反対
- 選べるからこそゲームになる。でも選ぶ時間は多くない
- 一周目と、二周目以降では弱点の見え方が変わる
- 「画面を見なくていい」と「ながら聴きできる」は違う
- ドリームキャスト版では、あえてビジュアルが加わった
- 2024年、ゲームではなくオーディオブックとして戻ってきた
- 2026年現在、ゲームとして遊ぶには
- なぜ87点・A Tierなのか
- まとめ|画面を消したあと、ゲームまで消さなかった
リアルサウンド 風のリグレットとは?画面のないセガサターン音声アドベンチャーを解説

1997年7月18日、ワープから発売されたセガサターン用アドベンチャー『リアルサウンド ~風のリグレット~』。
価格6,400円、型番T-30002G。セガ公式のソフト一覧にも、同日発売のワープ作品として記録されています。企画・監督は飯野賢治、脚本は坂元裕二、音楽は鈴木慶一。現権利元のフロムイエロートゥオレンジも、1997年のセガサターン作品として現在まで正式に紹介しています。
そして、このゲームを説明するときに必ず出てくる特徴があります。
ゲーム本編に映像がない。
人物の顔は映りません。背景も出ません。会話を読むためのテキストウインドウもありません。
聞こえてくるのは、声、足音、電車、車、電話、室内の響き、屋外の空気、音楽。
物語が進み、あるところでチャイムが鳴る。その音が「ここでプレイヤーが選ぶ」という合図です。方向入力によって候補となる台詞を耳で確認し、その中から一つを決めると、再びドラマが動き始めます。
画面をなくすだけなら、変わった企画で終わります。
問題はそのあとです。
人物が見えないなら、誰が話しているのかを声だけで分からせなければならない。
背景がないなら、いまどこにいるのかを音で伝えなければならない。
選択肢を表示できないなら、「いま操作する場面だ」ということも、「何を選べるのか」も耳だけで理解できなければならない。
『風のリグレット』は、画面を消したことで生じる不便を、そのまま放置しなかったゲームです。
つぶログのセガサターン全1,057ソフトTier表では、本作をA Tier・87点・総合84位タイと評価しています。Tier表でも「映像を使わず、音声と効果音だけで情景を想像させる大胆な作品」である一方、「能動的な操作は少ない」ことを評価の上限としています。
なぜ87点まで上がるのか。
そして、なぜ90点台には届かないのか。
その答えは、「画面がない」という一発のアイデアより、画面をなくしたあとに何を作ったかにあります。
音声ドラマを聞くだけでは終わらない
主人公は野々村博司。
幼いころ、転校してしまう少女との間に果たせなかった約束を残した博司は、大学生になった現在を生きています。そこへ過去とつながる出来事が入り込み、人との再会や恋愛関係を通じて、忘れていた記憶が少しずつ動き始めます。
これ以上、物語そのものを細かく説明する必要はありません。
『風のリグレット』では、何を聞いたかだけでなく、音だけから人物関係や状況を組み立てていく過程まで作品の一部になっているからです。
ゲームを始めても、しばらくはプレイヤーに操作を求めません。
会話が続く。
物音が入る。
場所が変わる。
音楽が流れる。
そしてチャイムが鳴る。
ここで初めてコントローラーへ触れます。
方向ボタンを押せば、主人公が取り得る返答が音声で流れる。別方向を押せば別の候補を確認できる。その中から選び、決定する。
一般的なアドベンチャーなら画面上の文字とカーソルで済ませる部分を、聞く→選ぶ→決めるという一連の操作まで音だけへ置き換えています。
ここが「ゲーム機でラジオドラマを再生しているだけ」とは違うところです。
チャイムは演出ではなく、画面の代わりになるUI
チャイムが鳴ることには、かなり大きな意味があります。
画面を使うゲームなら、
「選択肢が表示された」
「カーソルが出た」
という視覚情報だけで、操作が必要な場面だと分かります。
『風のリグレット』にはそれがありません。
だから音で区切る。
チャイムが鳴ったら、物語を受け身で聞く時間はいったん終わり。
ここから自分が決める。
方向ボタンを押せば、何を選べるのかも読み上げられる。
画面を見なくても、
いま操作が必要なのか
何が候補なのか
何を選んだのか
まで理解できます。
「音だけ」というコンセプトが物語部分だけに留まらず、メニュー操作へまで届いている。ここは本作を高く評価できる理由です。
場所が映らないのに、なぜ駅や部屋が分かるのか
映像をなくすと、人物の顔以上に困るものがあります。
場所です。
駅から部屋へ移った。
屋内から外へ出た。
車に乗った。
電話をかけた。
普通なら背景やカットの切り替えを見れば一瞬で分かります。
音だけの作品では、そうはいきません。
飯野賢治は後年、『風のリグレット』について、画面がないため場面転換を成立させるのが難しかったと振り返っています。その制約を理解したうえで坂元裕二が脚本を書き上げたことを高く評価し、脚本を読んで「この作品にはこれしかない」と感じたとも記しています。
実際のゲームでは、会話だけに説明を背負わせません。
電車の音。
電話。
扉。
車。
足音。
部屋の反響。
人との距離。
環境が変われば、聞こえ方も変わります。
「いま駅です」「いま外へ出ました」と登場人物が毎回説明しなくても、耳へ入る情報を積み重ねることで場所を理解させる。
これは単純な「想像力に任せた作品」ではありません。
想像するための材料を、制作側がかなり細かく配置しています。
効果音は背景ではなく、情景そのもの
飯野賢治はPioneerのインタビューで、本作について約4時間のゲームに対し、効果音の編集だけで27日間を費やしたと語っています。
さらに、録音も一つのスタジオで済ませてはいません。
教室なら教室らしい空間。
体育館なら広い空間。
タクシーなら別の響き。
複数のスタジオを使い分け、部屋の広さそのものを変えながら収録したと説明しています。後処理だけで「それらしい残響」を足すのではなく、音が鳴る場所から作り分けていました。
このこだわりは、豪華さを見せるためではありません。
画面がない以上、音が雑なら場所そのものが崩れるからです。
遠くから誰かが来る。
近づく。
通り過ぎる。
別方向へ消える。
画面なら一目で分かることを、音量、響き、位置関係、周囲の環境音で伝える必要があります。
『風のリグレット』では、効果音が「臨場感を足すもの」ではなく、ゲーム画面が本来持っていた情報を引き受けています。
声だけで人物を分けられなければ、4時間は持たない
出演は、博司役の柏原崇、菜々役の菅野美穂、泉水役の篠原涼子、麻美役の裕木奈江ら。
2024年のオーディオブック公式ページにも、現在の権利元から正式なキャストとして掲載されています。
名前だけ見れば華やかです。
しかし、『風のリグレット』では俳優の知名度そのものにほとんど意味がありません。
顔が映らないからです。
声質。
話す速度。
言葉の癖。
間の取り方。
相手の呼び方。
そこから「いま誰が喋っているのか」を判断します。
飯野氏は出演者を探す際、映像作品を画面を見ずに聞き、声だけで成立するかを確認していたと振り返っています。菅野美穂を知ったのも、その方法で候補映像を見ていたときでした。
俳優をキャラクターの外見として使わず、声だけ残す。
本作では、それが人物識別の設計と直結しています。
坂元裕二の脚本は「映像を削ったドラマ」ではない
脚本は坂元裕二。
後年の代表作や受賞歴を並べれば、それだけで大きな名前ですが、本作を評価するうえで大切なのはそこではありません。
『風のリグレット』の脚本は、最初から「見えない」ことを抱えて書かれています。
誰がどこにいるのか。
何が起きているのか。
場所が変わったのか。
人物同士の距離がどう変わったのか。
そうした情報を、映像に頼らず会話や音へ織り込まなければならない。
さらに、音しかないことを利用した仕掛けも物語へ含まれています。
詳しく触れると本編の楽しみを削ってしまうため内容は伏せますが、映像がなくても成立する脚本ではなく、映像がないから成立する部分まで持った脚本になっています。
飯野氏自身も、坂元氏の脚本がなければ「画面のないゲーム」というアイデアだけの作品になっていた可能性を語っています。
鈴木慶一の音楽は、映像の代わりに場面の温度を変える
音楽は鈴木慶一。
現権利元は現在も「音楽:鈴木慶一(全編)」と表記しており、エンディングテーマには矢野顕子の「ひとつだけ」が使われています。
本作では、曲だけを切り離して評価するより、会話や効果音とどう入れ替わるかを見る方が面白い。
会話が続く。
音楽が引く。
環境音だけになる。
そこへ別の曲が入る。
画面の色もカメラも変わらない作品だからこそ、音楽が入った瞬間の変化が大きくなります。
逆に、音楽を鳴らさず環境音だけを残すことで、場所そのものへ意識を向ける場面もあります。
2023年にはオリジナルサウンドトラックが公式にデジタル配信され、Apple Music、Spotify、Amazon Musicなど複数のサービスで現在も聴けます。
視覚障害者から届いた手紙が、制作を動かした
『風のリグレット』の制作背景には、視覚障害のある人物から届いた一通の手紙があります。
飯野氏は後年、その手紙をきっかけに何人かの視覚障害者と直接会い、音を頼りに格闘ゲームなども遊んでいることを知ったと書いています。
そこから考えたのは、「視覚障害者向けだけの専用ゲーム」ではありませんでした。
専用ゲームなら、視覚障害のない人は遊ばない。
それでは作品について同じ話をする機会も生まれにくい。
飯野氏が作りたかったのは、視覚障害の有無にかかわらず同じゲームを遊び、そのあとで同じ作品について話せるものでした。
この考えは、本編の音声UIだけでは終わっていません。
商品には点字説明書を希望者へ送付する案内が入り、実際に取り寄せた全盲プレイヤーの記録も残っています。そのプレイヤーは、他人の力を借りずにエンディングまで進められたと振り返っています。
思想を語っただけではなく、実際の操作へ落とし込んでいた。
ここは本作の大きな価値です。
それでも「完全に視覚不要」と言い切ると違ってくる
ただし、アクセシビリティを語るなら、弱いところも分けておきたい。
ゲーム本編は音だけで進められます。
一方、セガサターン版は4枚組で、途中には物理的なディスク交換があります。ディスクを入れ替える際には通常のゲーム進行から離れ、本体側の操作も関わります。
つまり、
ゲームの物語と選択操作が視覚に依存しないこと
と、
ゲーム機を扱う全工程が視覚なしで完結すること
は同じではありません。
1997年当時としてかなり踏み込んだ設計だったことは確かです。
それでも現在のアクセシビリティ基準ですべて完成している、とまで持ち上げる必要はありません。
画面をなくした理由は、手紙だけではない
視覚障害のある人との出会いは制作を実際に動かした大きな契機でした。
しかし飯野氏本人は、それだけが理由ではないと書いています。
以前から音を中心にしたゲームを作りたかった。
坂元裕二と仕事をしたかった。
そして『Dの食卓』『エネミー・ゼロ』を作る中で、作品について「CG、CG」とばかり言われることへの反発もあった。
複数の理由が重なっていました。
『Dの食卓』ではCGを前面へ出した。
『エネミー・ゼロ』では見えない敵を音で探した。
そこからさらに視覚情報そのものを取り払う。
流れとしては興味深いですが、「映像表現を捨てて別の芸術へ向かった」とまで話を大きくする必要はありません。
飯野氏が試したのはもっと具体的です。
画面を使わなかったら、ゲームをどう作るのか。
その問いへ、脚本、演技、音響、音楽、UIをまとめて向けています。
『ナイトトラップ』とは、CD-ROMへの答えが正反対
同じCD-ROM時代のアドベンチャーでも、視覚情報への向き合い方は大きく違います。
メガCD『ナイトトラップ』は、8つの場所で実写映像を同時に進めました。
映像が多すぎて、全部を見ることができない。
だから「どのカメラを見るか」がゲームになる。
『風のリグレット』は、その反対側にいます。
最初から見る映像を用意しない。
『ナイトトラップ』は、見えるものが多すぎるため選ばせる。
『風のリグレット』は、見るものをなくして耳へ情報を集める。
両者に直接の開発関係があるわけではありません。
それでも、CD-ROMによって映像や音声を大量に収録できるようになった時代に、「それをゲームへどう使うか」という問いへ全く違う答えを出した二本として並べると面白いところです。
選べるからこそゲームになる。でも選ぶ時間は多くない
『風のリグレット』には複数の分岐があり、エンディングは5種類用意されています。
だから一方的に音声を聞くだけではありません。
主人公がどう返すか。
どう行動するか。
その積み重ねによって、人物との関係やたどり着く結末が変わります。
ただし、操作の密度は高くありません。
長く聞く。
チャイムが鳴る。
選ぶ。
また長く聞く。
アクションゲームのように常時入力する作品でも、文章を次々送りながら大量の選択肢を選ぶADVでもありません。
プレイヤーが介入する時間より、聞いている時間の方が圧倒的に長い。
ここは、87点を考えるうえで無視できません。
一周目と、二周目以降では弱点の見え方が変わる
最初の一周では、この構造がよく合います。
先を知らない。
だから会話を聞く。
環境音を聞く。
チャイムが鳴ったら考える。
どこへ物語が向かうのか分からないまま、約4時間の流れへ乗っていく。
ところが複数の結末を見ようとすると、事情が変わります。
セガサターン版はオートセーブ方式で、好きな分岐点へ自由にセーブデータを並べておくタイプではありません。既読部分を高速で飛ばす仕組みや、現在のノベルゲームで一般的なバックログもありません。聞き逃した台詞をすぐ読み返すこともできません。
すると、別の選択を試したいだけでも、すでに知っている長い区間をもう一度聞くことになります。
一周目では「止めずに聞く」が作品の良さになる。
周回では同じ性質が負担になる。
マルチエンディングなのに、ルートを試すための道具が弱い。
これがA Tierの中でも87点に留まった大きな理由です。
「画面を見なくていい」と「ながら聴きできる」は違う
映像がないので、テレビへ視線を固定する必要はありません。
ヘッドホンやオーディオ機器につなぎ、音へ集中する遊び方とも相性があります。
しかし、だからといって「ながらプレイ向け」ではないでしょう。
会話を聞き逃せば人物関係を取りこぼす。
環境音を聞き逃せば場所の変化を逃す。
音による仕掛けもある。
そしてバックログはない。
目は自由でも、耳はかなり忙しいゲームです。
この性質は現在遊んでも変わりません。
ドリームキャスト版では、あえてビジュアルが加わった
1999年3月11日には、ドリームキャスト版も発売されました。セガ公式の発売記録にも同日発売として掲載されています。
こちらにはイメージビジュアルや振動などが加わりました。
ただし、今回評価しているのはあくまで1997年のセガサターン版です。
後発版の追加機能を使って、
「サターン版も同じように遊びやすい」
と評価することはできません。
画面を排した原作。
4枚のディスク。
当時のセーブ方式。
周回支援。
そこまで含めたうえで87点です。
2024年、ゲームではなくオーディオブックとして戻ってきた
2024年7月18日、セガサターン版の発売から27年後。
現権利元のフロムイエロートゥオレンジから、『リアルサウンド ~風のリグレット~』のオーディオブック版が正式発売されました。
現在もaudiobook.jpとAudibleが公式販売先として案内されています。購入特典には坂元裕二のオリジナル脚本ブックPDFと、発売当時に収録された飯野賢治のプロモーションメッセージが付属します。
ただし、この2024年版はゲーム移植ではありません。
ゲーム版にあった選択肢はなく、5種類のエンディングから一つの物語を選んで収録しています。プレイヤーが分岐を決める部分はありません。
ゲーム版なら、
聞く。
チャイムが鳴る。
選ぶ。
その結果を聞く。
オーディオブックでは、
最初から完成した一つの物語を聞く。
似ているようで、体験は違います。
現在正規に脚本や音声へ触れられる貴重な方法ではありますが、セガサターン版の代替品ではありません。
2026年現在、ゲームとして遊ぶには
2026年8月現在、現権利元が案内している現行の提供はオーディオブックとサウンドトラックで、Nintendo Switch/Switch 2、Steam、PlayStation、Xboxなどで遊べるゲーム版の公式復刻は案内されていません。現行ストアにも本作のゲーム版商品は確認できません。
ゲームとして選択肢を操作したいなら、1997年のセガサターン版か、1999年のドリームキャスト版が中心になります。
物語とキャストの音声へ正規に触れたいなら2024年オーディオブック。
音楽を聴きたいなら2023年配信のオリジナルサウンドトラック。
現在は「ゲームを遊ぶ」と「作品を聴く」が、別々の入口になっています。
なぜ87点・A Tierなのか
『リアルサウンド ~風のリグレット~』を評価するとき、「画面をなくした」という一点だけなら87点には届きません。
評価したいのは、その後です。
人物の顔が出ない。
だから声で人物を分ける。
背景がない。
だから環境音で場所を作る。
画面が変わらない。
だから音楽と音響で場面を切り替える。
選択肢を表示できない。
だからチャイムと音声で操作を成立させる。
視覚に頼らない。
だから視覚障害のある人も同じゲームへ入れるようにする。
一つの制約に対して、作品全体が同じ方向を向いています。
企画だけが変わっていて、肝心の遊びが追いついていない作品ではありません。
ここがA Tierまで上がった理由です。
一方で、S Tierへ押し上げるには弱点もはっきりしています。
数時間の大半は聞く時間で、プレイヤーが直接判断する量は少ない。
聞き逃しても戻りにくい。
長いドラマと5つのエンディングを組み合わせているのに、周回を快適にする機能が弱い。
オートセーブなので分岐直前を自由に保存して試し比べる遊びにも向きません。
音だけであることは欠点ではありません。
音だけの長時間ドラマと、繰り返して分岐を見るゲーム構造との噛み合わせが、最後まで完全ではない。
だから87点です。
まとめ|画面を消したあと、ゲームまで消さなかった
『リアルサウンド ~風のリグレット~』は、
「画面のないゲーム」
と紹介すれば、一行で説明できます。
しかし、それではこの作品で一番面白いところが抜け落ちます。
画面を消した。
人物が分からなくなる。
声で分ける。
場所が分からなくなる。
環境音で伝える。
場面転換が見えない。
脚本と音でつなぐ。
操作する瞬間も見えない。
チャイムで知らせる。
選択肢も見えない。
声で聞かせる。
そして、自分で決める。
『風のリグレット』が87点なのは、奇抜な制約を作ったからではありません。
その制約によって発生した問題を、脚本、演技、効果音、音楽、UIで一つずつ処理し、本当に一本のアドベンチャーゲームへ戻したからです。
その一方で、プレイヤーが能動的に操作する時間は少なく、複数の結末を見るには長い再聴が必要になる。1997年の設計ゆえに、バックログやスキップ、自由なセーブといった周回を助ける仕組みも弱い。
だから90点台ではありません。
つぶログのセガサターンTierでは、A Tier・87点・総合84位タイ。
画面がないこと自体を評価した87点ではありません。
見るものをなくしても、誰がいるか、どこにいるか、何を選べるかまで耳だけで分からせる。その徹底があったからこその87点です。