- ぐろうの結成秘話と漫才の特徴|家村涼太・高松巧の経歴、賞レース成績
- ぐろうとは?2019年結成の吉本興業所属コンビ
- 家村涼太と高松巧のプロフィール|芸人を目指した理由
- ぐろうの結成秘話|NSCの「相方探しの会」で出会った2人
- コンビ名「ぐろう」の由来は「愚弄」だった
- ぐろうの漫才は何が特徴?家村の発想と高松の掛け合い
- よしもと漫才劇場での成長とKakeru翔GPの実績
- ぐろうの主な賞レース・受賞歴一覧
- ytv漫才新人賞で優勝するまで|3年間の挑戦
- 2026年上方漫才大賞新人賞も受賞|1点差の決着
- ぐろうのM-1グランプリ戦績|2026年は準々決勝へ
- 同期・空前メテオとの関係|賞レースで競い合う2組
- 2026年の単独ライブ『箔』|新作漫才4本と意外な企画
- ぐろうについてよくある疑問
- まとめ|結成から7年、漫才を磨き続けるぐろうのこれから
ぐろうの結成秘話と漫才の特徴|家村涼太・高松巧の経歴、賞レース成績

2026年、関西の漫才賞レースで立て続けに結果を残したお笑いコンビ「ぐろう」。3月にはytv漫才新人賞で優勝し、翌4月には上方漫才大賞の新人賞も獲得しました。
メンバーは、愛知県出身の家村涼太と奈良県出身の高松巧。ともにNSC大阪42期出身で、2019年6月6日に結成した吉本興業所属の漫才コンビです。
注目したいのは、受賞歴だけではありません。養成所時代から大量のネタを作り、賞レースで敗退するたびに課題を分析し、漫才の掛け合いそのものを変えてきた2人には、独特の成長の歴史があります。
コンビ名の意外な由来、芸人になるまでの経緯、劇場での活動、漫才の特徴、M-1グランプリでの戦績まで、ぐろうのこれまでの歩みを詳しく紹介します。
ぐろうとは?2019年結成の吉本興業所属コンビ
ぐろうは、家村涼太と高松巧による男性2人組の漫才コンビです。大阪のよしもと漫才劇場を主な活動拠点とし、しゃべくり漫才を中心に活動しています。
家村が主にボケとネタ作り、高松がツッコミを担当。家村の少し変わった発想や言葉の選び方を、高松が受け止めながら話を展開していく掛け合いが特徴です。
2人とも1997年生まれですが、芸人になるまでの経歴は異なります。家村は高校卒業後に社会人を経験し、高松は大学を卒業してから芸人の道へ進みました。
ぐろうの基本情報
| コンビ名 | ぐろう |
|---|---|
| 読み方 | グロウ |
| メンバー | 家村涼太、高松巧 |
| 結成日 | 2019年6月6日 |
| 所属事務所 | 吉本興業 |
| 出身養成所 | NSC大阪42期 |
| 芸種 | 漫才 |
| 主な活動拠点 | 大阪・よしもと漫才劇場 |
| 主な受賞歴 | 2024年 関西演芸しゃべくり話芸大賞グランプリ、2026年 ytv漫才新人賞優勝、上方漫才大賞新人賞 |
結成日やメンバーの生年月日などは、M-1グランプリ公式のコンビ情報にも掲載されています。
家村涼太と高松巧のプロフィール|芸人を目指した理由
同じ養成所で出会った2人ですが、そこへたどり着くまでの道のりは対照的です。それぞれがどのようなきっかけでお笑いの世界を目指したのでしょうか。
家村涼太|3年間の会社員生活を経てNSCへ
家村涼太(いえむら・りょうた)は、1997年8月28日生まれ、愛知県出身。コンビでは主にボケとネタ作りを担当しています。
お笑いに強い興味を持つようになったきっかけは、中学2年生のころに夢中になった『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』でした。
当時、愛知県では番組が深夜1時半ごろに放送されていたそうです。自宅に録画機器がなかったため、放送日には夜更かしして視聴。『笑ってはいけない』シリーズもDVDを借りて繰り返し見ていました。
もっとも、中学生の時点では芸人への憧れが職業としての目標になっていたわけではありません。高校3年生になって進路を考える際、NSCの存在を知り、入学したいと思うようになりました。
しかし、家族からは、まず3年間働いてみて、それでも気持ちが変わらなければ芸人になってよいと勧められます。家村は実際に高校卒業後、3年間会社員として勤務しました。
その間に目にしたのが、2017年のM-1グランプリでのとろサーモンの優勝です。以前から抱いていた芸人への思いがさらに強くなり、3年間の勤務を終えてNSCへ進みました。
会社員時代の具体的な勤務先などは明らかになっていませんが、一度社会に出ても芸人になりたいという気持ちが変わらなかったことは、家村の経歴を知るうえで重要なエピソードです。
高松巧|銀シャリのM-1優勝が進路を決める転機に
高松巧(たかまつ・たくみ)は、1997年2月16日生まれ、奈良県出身。ぐろうでは主にツッコミを担当しています。
子どものころからバラエティ番組が好きだった高松ですが、大学に進学した当初は、将来やりたい仕事が明確に決まっていたわけではありませんでした。
大学2年生のころ、就職について考える機会があり、NSCへの入学を意識し始めます。そして2016年のM-1グランプリで銀シャリが優勝する姿を見たことが、芸人を志す大きなきっかけになりました。
高松は大学卒業までアルバイトでNSCの入学金を貯め、卒業後に養成所へ入学しています。
家村が社会人経験を経て芸人の道へ戻ってきたのに対し、高松は大学生活のなかで進路を見つけた形です。異なる経験をしてきた2人が、同じ時期にNSC大阪校へ入学したことが、ぐろう結成の出発点になりました。
ぐろうの結成秘話|NSCの「相方探しの会」で出会った2人
家村と高松が出会ったのは、2019年に入学したNSC大阪校です。
NSCには、まだ相方が決まっていない生徒同士が交流する「相方探しの会」がありました。高松は、この会に2回目に参加した際に家村と組むことになったと振り返っています。
家村は、自分から声をかけたと思うと話しています。周囲の生徒が強い意気込みを前面に出すなか、高松には肩の力が抜けた自然な雰囲気があったそうです。
家村にとって、相方選びで大切だったのはネタを作る役割でもありました。自分で漫才を書きたいという希望を持っていた家村に対し、高松はそれを受け入れます。
一方、高松が家村に抱いた第一印象は、礼儀正しい人物というものでした。ところが、家村が以前組んでいたコンビのネタ動画を見ると、普段とは違う舞台上の話し方や雰囲気に驚いたといいます。
最初から互いの芸風を完全に理解していたわけではなく、ネタを書く側と、それを受け止める側の希望がうまく噛み合った。そんな自然な出会いから、2019年6月6日にぐろうが結成されました。
こうした結成当時のエピソードは、2023年12月8日に公開されたFANY Magazineの本人インタビューで詳しく語られています。
コンビ名「ぐろう」の由来は「愚弄」だった
「ぐろう」という名前を聞くと、英語の「grow(成長する)」を思い浮かべる人もいるかもしれません。
しかし、実際の由来はまったく異なります。コンビ名の元になったのは、家村がノートに書き留めていた「愚弄する」という言葉でした。
家村には、本などで知らない言葉を見つけると、その意味を調べるためにノートへ記録する習慣がありました。「愚弄」も、そうして残していた言葉の一つです。
NSCではコンビ名を提出する必要がありましたが、2人はなかなか名前を決められませんでした。締め切りまで残り5分ほどになったところで、家村がノートを取り出し、目に入った「愚弄」を採用することにしました。
ただし、「愚弄」という漢字表記では印象が強すぎると考え、ひらがなの「ぐろう」に変更しています。
つまり、コンビ名には「人を愚弄する漫才をしたい」といった明確な芸風上の宣言があったわけではありません。家村が記録していた言葉と、提出期限が迫っていたという偶然が重なって生まれた名前なのです。
2人は結成当初、この名前にあまり馴染みがなかったとも振り返っています。現在ではすっかり定着した「ぐろう」ですが、命名の経緯には意外なほど即興的な一面がありました。
ぐろうの漫才は何が特徴?家村の発想と高松の掛け合い
ぐろうの漫才は、家村の独特な発想から始まる会話を、高松とのやり取りによって広げていくしゃべくり漫才が中心です。
何気ない題材から家村が独自の理屈や疑問を持ち込み、高松がそれに反応することで話が展開していきます。家村の言葉だけで笑わせるのではなく、その発想に高松がどう返すかも、漫才の面白さを左右する部分です。
さらに興味深いのは、結成当初から現在まで同じ作り方を続けてきたわけではないことです。
NSC時代は毎回違うネタを作っていた
養成所時代の家村は、とにかく新しいネタを書くことに意欲的でした。
NSCのネタ見せ授業では、複数の先生が生徒の漫才を見ます。高松は、一つのネタを何人もの先生に見せるものだと思っていましたが、家村は先生が変わるたびに違うネタを用意していたそうです。
本人は、新しいネタをたくさん書きたい気持ちに加え、同級生に自分たちの取り組みを見せたいという思いもあったと振り返っています。
授業が終われば、2人は喫茶店へ向かってネタ合わせを続けました。周囲の生徒が交流を深める時間も、漫才に使っていたことになります。
当時のネタ自体は残っていないそうですが、家村はこのころにネタ作りへの姿勢が身についたと話しています。
掛け合いの比率を「8対2」から「6対4」へ
ぐろうの漫才に起きた変化を具体的に示すのが、2026年3月のytv漫才新人賞優勝後に語られたエピソードです。
高松によると、以前は家村が中心に話す「8対2」くらいの掛け合いだったものを、「6対4」程度に近づけるよう意識したといいます。
家村も、以前は自分ばかり話している感覚があったものの、2人で話し合う機会が増え、高松の意見を聞くようになったと振り返りました。
これは、単に高松のセリフを増やしたという話だけではありません。家村が考えた設定を一方的に説明するのではなく、2人の会話によって面白さを作る方向へ、漫才の組み立て方を見直してきたことがうかがえます。
もちろん、8対2や6対4は発話時間を測った数字ではなく、本人が感覚的に表現した割合です。それでも、2人が漫才のどこを変えようとしていたのかを知るには、非常にわかりやすい説明でしょう。
この変化については、2026年3月3日のFANY Magazineによる優勝後の取材で本人たちが語っています。
ネタを作るだけでなく、何度も修正して育てる
ぐろうのネタ作りでは、一度完成した漫才を舞台で改良していくことも重要になっています。
2024年8月のKakeru翔GPで優勝した際、家村は大会の約1週間前にできた新ネタを披露したと話しています。ネタを考えるために2人で山へ出かけ、石を見ながら発想を広げたという、少し変わったエピソードも残っています。
一方、2026年10月のKakeru翔グランプリWESTで優勝したネタは、最初から手応えのあるものではなかったそうです。通常のライブで生まれたネタを、何度も修正して育ててきたと語っています。
新しい発想を次々と形にする一方で、すぐには結果が出なかったネタも簡単に捨てず、時間をかけて磨いていく。こうした制作姿勢も、ぐろうの漫才を理解するうえで欠かせない部分です。
よしもと漫才劇場での成長とKakeru翔GPの実績
ぐろうがよしもと漫才劇場の所属メンバーとなったのは、2022年12月ごろです。
大阪の若手芸人たちが出演する劇場では、日々の公演だけでなく、ネタを披露して順位を競うバトルライブも開催されています。
その一つが「Kakeru翔GP」です。芸歴の浅い「翔メンバー」が集まり、観客や審査員の評価によって順位を決める大会で、所属芸人にとって自分たちの実力を試す重要な舞台となっています。
ぐろうは2023年4月と10月に優勝。2024年8月4日の大会でも総合優勝を果たし、3度目のチャンピオンとなりました。
この大会は、賞レースで実績のあるネタを披露すれば必ず勝てるというものでもありません。参加する芸人の数が多く、観客や審査員との相性、その日の舞台の空気も結果に関わってきます。
2024年10月に公開されたFANY Magazineの劇場優勝者インタビューでは、家村と高松がネタ選びの難しさや、本番前の緊張についても語っています。
2026年10月は47組の中で総合優勝
2026年10月3日に開催された「Kakeru翔グランプリWEST」でも、ぐろうは総合優勝を獲得しました。
この日は47組が出場し、ぐろうは第2部で1位、全体の総合順位でも1位。2位には天ロクの丘、3位には同期の空前メテオが入りました。
同年2月の大会でもぐろうは総合優勝しており、10月の勝利は2026年に入ってから2度目の総合優勝となりました。
家村は取材の中で、劇場大会の通算優勝回数が7回ほどではないかと話しています。ただし、本人も記憶に基づく数字として語っており、正式な通算記録としては確定していません。
この10月の優勝によって、年度末に開催される『THE BEST OF MANGEKI』への出場権も獲得しました。テレビの賞レースだけでなく、劇場でも結果を残し続けていることがわかります。
ぐろうの主な賞レース・受賞歴一覧
ぐろうは2026年に大きなタイトルを連続して獲得しましたが、それ以前にも関西の大会で実績を重ねています。
2023年には関西演芸しゃべくり話芸大賞で特別ゲスト審査員賞を受賞し、翌2024年には同じ大会でグランプリを獲得。さらにytv漫才新人賞やABCお笑いグランプリでも決勝の舞台を経験してきました。
| 年月 | 大会 | 結果 |
|---|---|---|
| 2023年4月 | Kakeru翔GP | 優勝 |
| 2023年7月 | 第41回今宮子供えびすマンザイ新人コンクール | 香川登枝緒記念敢闘賞 |
| 2023年10月 | Kakeru翔GP | 優勝 |
| 2023年10月 | 第12回関西演芸しゃべくり話芸大賞 | 特別ゲスト審査員賞 |
| 2024年3月 | 第13回ytv漫才新人賞 | 準優勝 |
| 2024年6月 | UNDER5 AWARD 2024 | 決勝進出 |
| 2024年7月 | 第45回ABCお笑いグランプリ | 決勝進出 |
| 2024年8月 | Kakeru翔GP | 優勝 |
| 2024年10月 | 第13回関西演芸しゃべくり話芸大賞 | グランプリ |
| 2025年3月 | 第14回ytv漫才新人賞 | 決定戦4位 |
| 2026年2月 | Kakeru翔グランプリ | 総合優勝 |
| 2026年3月 | 第15回ytv漫才新人賞 | 優勝 |
| 2026年4月 | 第61回上方漫才大賞 | 新人賞 |
| 2026年10月 | Kakeru翔グランプリWEST | 総合優勝 |
2023年と2024年の関西演芸しゃべくり話芸大賞については、主催する関西演芸推進協議会が第12回大会と第13回大会の結果を公開しています。
2024年にグランプリを獲得しているため、2026年のytv漫才新人賞を「コンビとして初めての賞レース優勝」と捉えるのは正確ではありません。2026年は、さらに別の大きなタイトルを獲得した年ということになります。
ytv漫才新人賞で優勝するまで|3年間の挑戦
ぐろうの歩みで大きな転機となったのが、2026年3月1日に開催された第15回ytv漫才新人賞決定戦です。
この大会でぐろうは、3年連続3回目の決定戦出場にして初優勝を果たしました。
2024年は準優勝、2025年は4位
最初の決定戦出場は2024年3月3日の第13回大会でした。
ぐろうは事前ROUND1を1位で通過し、決定戦でも最終決戦まで進みましたが、同期の空前メテオに敗れて準優勝となりました。
翌2025年の第14回大会では、さらに苦しい戦いを経験します。事前ROUNDに3回出場したものの、結果はいずれも3位。敗者復活枠から決定戦への出場を決めましたが、本戦でも最終4位に終わりました。
つまり、2024年の準優勝から翌年に順位を落とし、そこから2026年の優勝へたどり着いたことになります。
優勝後の会見では、高松が3年間の挑戦を振り返り、ようやく優勝できたことへの安堵を語っています。家村も、この大会にはさまざまな感情が詰まっていたと振り返りました。
優勝できそうで、なかなか届かない。そんな時間が長かったからこそ、2026年の結果には特別な意味があったのでしょう。
2026年は459点で1位通過、シカノシンプに4対1で勝利
2026年3月1日の第15回ytv漫才新人賞決定戦では、ぐろうが1本目に「EXILEの棚卸し」というネタを披露しました。
5人の審査員がそれぞれ100点満点で採点する方式で、ぐろうは合計459点を獲得。出場7組の中で1位となり、455点のシカノシンプとともに最終決戦へ進みました。
最終決戦では「表札」のネタを披露。一軒家のファンシーな表札に家村が疑問を投げかけ、高松がそれにツッコミを入れていく掛け合いを展開しました。
審査員5人による最終投票は、ぐろうが4票、シカノシンプが1票。ぐろうが第15代王者となり、優勝賞金100万円を獲得しました。
この大会については、読売テレビの公式歴代受賞者ページにも、2026年3月1日の優勝者としてぐろうの名前が掲載されています。
ちなみに、翌2027年春の王者を決めるのは第16回大会です。2026年11月から新しい事前ROUNDが始まるため、ぐろうが優勝した第15回大会とは区別する必要があります。
最終決戦で対戦したシカノシンプも、コントと漫才の両方で実績を重ねてきたコンビです。2人の結成や芸風については、シカノシンプの結成と芸風を紹介した記事でも詳しく取り上げています。
2026年上方漫才大賞新人賞も受賞|1点差の決着
ytv漫才新人賞の優勝から約1か月後、ぐろうは再び大きなタイトルを獲得します。
2026年4月7日に開催された第61回上方漫才大賞で、ぐろうが新人賞を受賞しました。
この年の新人賞候補は、ぐろう、三遊間、生姜猫、例えば炎、愛凛冴の5組。ぐろうはトップバッターとして登場し、祖父が作った口噛み酒を題材にした漫才を披露しました。
観客審査員100人による500点満点の採点では、当初395点と発表されました。しかし、番組中に集計システムの不具合が判明。正しい得点は398点であるとして訂正されました。
その後、例えば炎が397点を獲得。最終的に、ぐろうがわずか1点差で新人賞を受賞しています。
ここで大切なのは、集計ミスによって不当に結果が変わったわけではないということです。誤って発表された点数を正しい数字に修正した結果、ぐろうの398点が最高得点となりました。
ぐろうにとっては3年連続の新人賞ノミネートを経ての受賞でもありました。2人が喜びを見せたのも、それだけ長く目標としてきたタイトルだったからです。
なお、この大会でぐろうが受賞したのは「上方漫才大賞新人賞」です。最高賞である大賞を受賞したのはザ・ぼんちで、奨励賞は金属バットでした。
大会の正式な受賞者は、関西テレビの第61回上方漫才大賞公式ページでも確認できます。
ぐろうのM-1グランプリ戦績|2026年は準々決勝へ
ぐろうは、M-1グランプリでも結成当初から挑戦を続けています。
2023年には準々決勝に進出し、翌2024年も同じ段階まで勝ち進みました。一方、2025年は3回戦で敗退。2026年には再び大阪3回戦を突破し、準々決勝進出を決めています。
確認できた主な年度別成績
| 年度 | 到達段階 | 補足 |
|---|---|---|
| 2022年 | 3回戦敗退 | 本人インタビューで確認 |
| 2023年 | 準々決勝敗退 | 本人インタビューで確認 |
| 2024年 | 準々決勝敗退 | 公式ワイルドカード記録に掲載 |
| 2025年 | 3回戦敗退 | M-1公式3回戦動画で確認 |
| 2026年 | 準々決勝進出 | 11月6日時点・大会進行中 |
2019年から2021年については、個別年度の公式結果を十分に照合できていないため、表には掲載していません。記載がない年度を不出場と断定するものではありません。
2023年は準々決勝敗退後、すぐに反省会を開いた
ぐろうのM-1への向き合い方がよくわかるのが、2023年大会でのエピソードです。
2022年には3回戦で敗退し、翌2023年には準々決勝まで進出。しかし、目標としていた準決勝には届きませんでした。
その際、2人は準決勝進出者の発表から約2時間後に喫茶店へ集まり、なぜ自分たちは通過できなかったのかを話し合ったそうです。
単にネタの出来を振り返るのではなく、準決勝へ進んだ芸人たちとの違いを考え、自分たちの漫才へ取り入れられるものがないかを検討していました。
前年の3回戦敗退時にも、準々決勝に進出した芸人との差を研究していたといいます。
目標へ届かなかった原因を具体的に考え、次の舞台で試す。2023年のインタビューには、ぐろうが賞レースに向き合う姿勢がよく表れています。
2025年は3回戦敗退|公式YouTubeで漫才を確認できる
2025年のM-1グランプリでは、大阪3回戦に出場したものの、準々決勝進出には届きませんでした。
M-1グランプリ公式YouTubeチャンネルでは、2025年11月1日に「【3回戦ネタ】ぐろう/イチオク」という動画が公開されています。
2025年10月28日の大阪3回戦を収録したもので、ぐろうは動画の1組目に登場します。公式の説明では準々決勝進出者を公開対象から除いているため、ぐろうが3回戦で敗退したことも確認できます。
2023年、2024年と準々決勝まで進んでいたコンビでも、翌年に同じ結果を残せるとは限りません。M-1が毎年新たな挑戦となることを示す結果でした。
2026年は大阪3回戦を突破|11月18日の準々決勝へ
2026年は10月29日・30日に行われた大阪3回戦を突破し、準々決勝への進出を決めました。
大阪会場から勝ち上がったのは34組。ぐろうのほか、もも、空前メテオ、豪快キャプテン、フースーヤ、天才ピアニスト、三遊間、ぎょうぶ、シカノシンプなどが含まれています。
大阪の準々決勝は、2026年11月18日(水)午後6時30分から、なんばグランド花月で開催される予定です。
2026年11月6日時点では、ぐろうの準々決勝進出までが確定しています。 準決勝進出や敗退など、その先の結果はまだ決まっていません。
2026年の大阪3回戦通過者と大会日程については、M-1グランプリ2026の準々決勝進出者・大会日程をまとめた記事でも紹介しています。
同期・空前メテオとの関係|賞レースで競い合う2組
ぐろうの歩みを振り返るうえで、NSC大阪42期の同期である空前メテオの存在も見逃せません。
空前メテオは茶屋と大門正尚による漫才コンビで、2024年の第13回ytv漫才新人賞では、ぐろうとの最終決戦を制して優勝しました。
その2年後、ぐろうが2026年の第15回大会で優勝した際、高松は同期の空前メテオに向けて呼びかけ、喜びを表現しています。
2026年4月の上方漫才大賞新人賞受賞後にも、家村は空前メテオをライバルとして意識していることを語りました。
2026年10月のKakeru翔グランプリWESTでも、ぐろうが総合1位、空前メテオが総合3位となっています。
同期であり、同じ大阪の劇場で活動しながら、賞レースでも何度も顔を合わせてきた2組。互いの存在が競争の一つの刺激になっていることは、本人たちの発言からもうかがえます。
空前メテオについては、空前メテオの結成秘話と漫才の特徴を紹介した記事で、茶屋と大門の出会いから賞レースでの活動まで詳しくまとめています。
2026年の単独ライブ『箔』|新作漫才4本と意外な企画
ぐろうは賞レースだけでなく、単独ライブでも独自の企画に取り組んでいます。
2026年8月22日には、大阪・よしもと漫才劇場で単独ライブ『箔』を開催しました。単独ライブとしては約1年半ぶりの公演で、チケットは完売。立ち見客も出る盛況となりました。
このライブでは新作漫才4本を披露。さらに、2人がそれぞれやってみたかったことに挑戦する企画コーナーや、事前に制作された映像も上映されました。
家村は相撲の弓取り式、高松は即興ラップに挑戦
家村が選んだ企画は、なんと大相撲の「弓取り式」でした。
相撲好きの家村は、金色で「箔」と書かれた化粧廻しを身につけ、大きな弓を持って登場。弓を回す動作や四股まで披露し、真剣に取り組む姿そのものが笑いにつながりました。
一方、ラップが好きな高松は即興ラップに挑戦。ゲストの芸人たちとともに、観客から出されたお題を使ってラップを披露しています。
普段の漫才では家村の発想と高松のツッコミに注目が集まりますが、単独ライブでは2人の趣味や興味がそのまま企画になっていることも面白いところです。
大阪環状線19駅で「ボンジュールを添えて」
さらに『箔』では、大阪環状線の全19駅で撮影した企画映像も上映されました。
内容は、ぐろうのリズムネタ「ボンジュールを添えて」を、環状線の各駅で披露していくというもの。駅ごとに場所を変えながら撮影する企画で、完成までに約6時間を費やしたそうです。
家村と高松は、撮影に想像以上の時間がかかったことや、人目のある場所でネタを披露した苦労を振り返っています。
しゃべくり漫才を主軸にする一方、こうしたリズムネタや映像企画にも取り組んでいることは、ぐろうの活動の幅広さを示すエピソードです。
公演の詳しい様子は、FANY Magazineの単独ライブ『箔』レポートで紹介されています。なお、当時案内されていたオンライン見逃し配信の期間は2026年8月29日まででした。
ぐろうについてよくある疑問
ぐろうは何と読む?
「グロウ」と読みます。コンビ名はひらがなの「ぐろう」が正式表記です。由来は英語ではなく、家村がノートに書いていた「愚弄」という言葉です。
ぐろうはどちらがボケで、どちらがツッコミ?
家村涼太が主にボケ、高松巧がツッコミを担当します。漫才のネタも家村が中心となって作っていますが、近年は高松の意見を取り入れる機会も増え、2人の掛け合いをより重視する形へ変化しています。
ぐろうの2人は同級生?
ともに1997年生まれのNSC大阪42期ですが、学生時代からの同級生ではありません。家村は高校卒業後に3年間会社員として働き、高松は大学を卒業してからNSCへ入学しています。2人が出会ったのは養成所の「相方探しの会」です。
ぐろうはM-1グランプリの決勝に進出したことがある?
2026年11月6日時点で、ぐろうのM-1グランプリ決勝進出は確認されていません。2023年と2024年は準々決勝まで進み、2025年は3回戦で敗退。2026年は再び準々決勝進出を決めています。
ぐろうは2026年に初めて賞レースで優勝した?
いいえ。2024年10月に第13回関西演芸しゃべくり話芸大賞でグランプリを獲得しています。2026年は第15回ytv漫才新人賞で初優勝し、続いて第61回上方漫才大賞の新人賞を受賞しました。
ぐろうの漫才はどこで見られる?
大阪のよしもと漫才劇場を中心に舞台で活動しています。また、M-1グランプリ公式YouTubeには2025年3回戦のネタ映像が公開されています。劇場公演や配信の最新情報は、よしもと漫才劇場やFANYの公式案内で確認できます。
まとめ|結成から7年、漫才を磨き続けるぐろうのこれから
ぐろうは、家村涼太と高松巧が2019年6月6日に結成した、吉本興業所属の漫才コンビです。
3年間の会社員生活を経て芸人になった家村と、銀シャリのM-1優勝に影響を受けた高松。異なる道を歩んできた2人は、NSCの相方探しの会で出会い、コンビを組みました。
養成所時代には家村が次々と新ネタを書き、2人で喫茶店に通ってネタ合わせを重ねていました。賞レースで敗退すれば、上位に進んだ芸人との差を考え、漫才の改善につなげてきました。
家村が中心となって話す形から、2人の掛け合いをより重視する形へと変化してきたことも、ぐろうの漫才を理解するうえで大切な部分です。
2024年には関西演芸しゃべくり話芸大賞でグランプリを獲得。2026年にはytv漫才新人賞と上方漫才大賞新人賞を立て続けに受賞し、劇場のKakeru翔グランプリWESTでも総合優勝を果たしています。
一方、M-1グランプリでは2025年に3回戦敗退を経験し、2026年に再び準々決勝へ進出しました。数々のタイトルを手にした現在も、挑戦は続いています。
一度作ったネタに満足せず、相方とのやり取りを変え、舞台で何度も試しながら磨いていく。ぐろうのこれまでの歩みを知ると、今後どんな漫才を見せてくれるのか、ますます楽しみになるコンビです。