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メガCD『シャドウラン』レビュー|ダイス戦闘とマトリックスはTRPGをどうゲーム化した?

メガCD『シャドウラン』レビュー|最後のソフトはなぜTRPG色の濃いRPGになった?

2053年、東京。

裏社会の仕事を請け負うシャドウランナーたちは、依頼人の話を聞き、街で情報を集め、必要なら危険な現場へ踏み込む。銃撃戦になれば6面ダイスが画面を転がり、電子データが必要ならデッカーが電脳空間「マトリックス」へ潜る。

1996年2月23日にコンパイルから発売されたメガCD版『シャドウラン』は、TRPG『Shadowrun』の複雑な世界を、家庭用RPGへそのまま縮小した作品ではありません。

会話する場面、現場を歩く場面、戦う場面、ハッキングする場面を、それぞれ別のゲーム形式として作り分けています。

一見するとまとまりのない構成です。

ところが実際に流れを追うと、それぞれが「シャドウランナーの仕事」という一本の線でつながっている。

そこに、このゲームならではの面白さがあります。

一方で、会話を読み進める時間は長く、物語は用意されたシナリオに沿って進みます。戦闘も軽快とは言いにくく、マトリックスは原作TRPGと比べればかなり簡略化されました。

つぶログのメガCD全114ソフトTier表では、B Tier・78点・総合29位タイ

独自の仕組みを持ちながら、現在遊ぶには明確な癖も残る。今回は、その78点の中身を詳しく見ていきます。

『シャドウラン』メガCD版の基本情報

項目内容
タイトルシャドウラン
対応機種メガCD
発売日1996年2月23日
発売元コンパイル
ジャンルRPG
プレイ人数1人
価格7,800円
型番T-66024
セーブ内蔵バックアップRAM対応
TierB
評価78点
総合順位29位タイ

セガのメガCD用ソフト一覧でも、発売日、メーカー、価格、型番、内蔵バックアップRAM対応が確認できます。

そして発売順を見ると、本作は日本国内で最後に発売されたメガCDソフトです。1995年3月31日の『餓狼伝説SPECIAL』から約11か月後、1996年2月23日に『シャドウラン』が発売され、国内ラインアップはここで終わっています。

ただし、「最後に発売された」という事実とゲームの出来は別の話です。

ハード末期だから完成度が高いとも、最後だから歴史的名作とも限りません。

『シャドウラン』の場合、発売順より面白いのは、TRPGで行う一連の行動をどうテレビゲームへ置き換えたかという部分です。

原作は「サイバーパンク+魔法」のTRPG

原作『Shadowrun』は、巨大企業が強大な力を持つ近未来を舞台にしたTRPGです。

銃器やコンピュータ、身体へ埋め込むサイバーウェアが存在する一方、魔法は現実の力として復活し、エルフやドワーフなどの種族も暮らしている。

その社会の表側から外れ、企業などから非合法な仕事を請け負う者たちが「シャドウランナー」です。

1994年3月には、富士見書房から日本語版『シャドウラン<ルールブック>』が発売されました。その後もグループSNEによるリプレイや関連書籍が展開され、1994年7月には村川忍氏・グループSNEによる『シャドウランがよくわかる本』も刊行されています。

メガCD版のスタッフロールでは、企画にグループSNE、シナリオに江川晃氏、村川忍氏、グループSNEがクレジットされています。

発売元とゲーム開発はコンパイルですが、日本で『シャドウラン』を展開してきた側もゲーム制作へ直接参加していたわけです。

2053年の東京を走る六堂、紫雲、マオ、Dヘッド

原作TRPGでは、自分でキャラクターを作るところから遊びが始まります。

ところがメガCD版は、その自由を思い切って切りました。

中心となるのは、六堂、紫雲、マオ、Dヘッドの4人です。

六堂は銃撃戦を得意とするストリート・サムライ。紫雲は企業社会を知るフォーマー・カンパニーマン。マオは魔法を扱うストリート・シャーマン。そしてDヘッドはマトリックスへ侵入するエルフのデッカー。

日本で展開された『シャドウラン』のリプレイで使われてきた人物たちが、2053年の東京で再びチームを組みます。

固定キャラクター制にしたことで、「自分だけのランナーを作る」というTRPGの大きな楽しみは失われました。

その代わり、誰が銃を担当し、誰が魔法を使い、誰が企業社会に詳しく、誰がマトリックスへ潜るのかが最初から分かれています。

初めてこの世界へ入る人にも、Shadowrunという世界が持つ複数の要素を見せやすい構成です。

ゲームの大部分は会話――ADV色の強いRPG

『シャドウラン』を起動して、最も長く向き合うことになるのは銃撃戦ではありません。

人との会話です。

ゲームは全7章で構成され、基本となるアドベンチャーモードでは、人物と話し、場所を移動し、情報を集めながら事件を進めます。

序盤の「辻斬り事件」でも、いきなり敵のアジトへ乗り込むわけではありません。

依頼を受け、関係者へ話を聞き、何が起きているのかを調べる。その過程で新しい人物や場所へつながり、やがて現場へ向かう理由ができていきます。

ゲームの外見だけを見れば、コマンド選択式アドベンチャーに近い時間がかなり長い作品です。実際、4つのモードの中でもアドベンチャーパートがプレイ時間の大きな割合を占めます。

ここは長所でもあり、78点にとどまった理由でもあります。

会話そのものが事件の調査になっている場面では、ランナーとして情報を拾っている感覚があります。

その反面、進行に必要な情報を探すために人物や場所を回り、コマンドを試してフラグを進める場面も多い。

文章を読むことが苦にならない人と、RPGならもっと自由に歩き回りたい人とで、印象が大きく変わります。

情報が揃うと、今度は自分の足で現場へ入る

会話だけで仕事が片付くわけではありません。

シナリオによってはミッションモードへ移り、見下ろし型の2Dマップでキャラクターを直接動かします。

ここでは建物や現場を歩き、目的地へ向かう。

しかし、この画面を見て「東京を自由に探索するRPG」だと思うと少し違います。

ミッションマップは、基本的にシナリオ上で必要になった現場へ入るためのものです。

好きな街へ行って好きな依頼を探し、自由にランナー生活を送るゲームではありません。

会話で場所を突き止めたから、そこへ行く。

現場へ入ったから、次の出来事が起きる。

『シャドウラン』では、探索そのものを広大にするよりも、調査の結果として現場へ踏み込む感覚を作るために見下ろしマップが使われています。

戦闘では、本当にサイコロを振る

敵と交戦すると、ゲームはタクティカルコンバットモードへ切り替わります。

ここで、それまでのアドベンチャー中心の画面から雰囲気が一変します。

キャラクターはグリッド状の戦場へ配置され、移動しながら銃器や魔法を使って敵と戦います。

そして攻撃時には、画面上で6面ダイスが実際に振られます

ただし、これはTRPGらしさを演出するためだけに置かれたサイコロではありません。

判定には目標値が設定され、複数のダイスを振って、その目標値以上の出目が何個出たかを見る仕組みです。能力や技能は主に振れるダイス数に関わり、銃撃では反動、視界、暗さなども判定条件へ影響します。面倒な修正計算そのものはゲーム側が処理してくれます。

ここが面白い。

普通のRPGなら「命中率80%」と表示して終わるところを、本作では成功判定そのものを画面へ残しました。

同じ武器でも、どんな状況で撃つかによって判定は変わる。

重い銃ほど威力が高くても、反動まで考えれば常に最適とは限らない。

戦う前に条件を整えるというTRPGの感覚が、家庭用ゲームの戦闘へ比較的はっきり残されています。

ただし、この戦闘は気軽ではない

仕組みが面白いことと、遊びやすいことは同じではありません。

『シャドウラン』の戦闘は、ルールを理解するまでかなり癖があります。

どれだけダイスを振れるのか。

何が目標値を悪化させるのか。

武器の威力だけでなく反動まで見る必要があるのか。

現在のSRPGでよくある「命中率」「予想ダメージ」を一目見て判断する感覚とは違い、内部で何が起きているのかを理解してから面白くなるタイプです。

戦闘自体も短時間で次々終わる作りではありません。

キャラクターを動かし、射程や状況を考え、判定を行う。その一連の処理を何度も繰り返します。

TRPG由来のルールを残したことが個性になり、その同じルールがテンポの重さにもつながっている。

本作の評価が面白いのは、この長所と弱点がほぼ同じ場所にあることです。

レベル上げではなく、稼いだ金をどう使うか

一般的なRPGのように、敵を倒し続けてレベルを上げていくゲームでもありません。

キャラクターを強化する中心は、銃器、魔法、サイバーウェアなどへの投資です。

武器には複数の種類があり、購入だけでなく改造も可能。強い銃へ替えるだけでなく、装備の組み合わせを考えられます。

サイバーウェアも、原作TRPGの複雑なエッセンス管理をそのまま持ち込むのではなく、ゲーム用にスロット式へ整理されています。魔法を扱うマオは同じようには身体改造できず、役割の違いも残されています。

ここでも世界設定とゲーム部分が離れていません。

「この世界にはサイバーウェアがあります」と説明されるだけではなく、自分の資金を使って身体を強化する。

「銃社会です」と言われるだけではなく、何を買って誰へ持たせるかを考える。

「魔法が復活しました」で終わらず、実際の戦闘で魔法使いに役割が与えられている。

Shadowrunの設定が、プレイヤーの選択として画面へ降りてきます。

電脳空間「マトリックス」はDヘッドの仕事

銃と魔法だけなら、まだ少し変わった近未来RPGで済みます。

そこへもう一つ入ってくるのがマトリックスです。

Shadowrun世界では、デッカーと呼ばれる専門家がコンピュータネットワークへ侵入します。

メガCD版でその役割を担うのがDヘッド。

必要な場面では通常のゲーム画面からマトリックスモードへ切り替わり、電脳空間の各ポイントでプログラムを選びながら情報を取得していきます。

ただ、ここは戦闘ほど原作ルールを細かく再現していません。

タクティカルコンバットではダイス判定や各種修正をかなり残した一方、マトリックスはコマンド選択式に近い形まで簡略化されています。

独立した電脳戦として深く遊べるシステムを期待すると、かなりあっさりしています。

それでもDヘッドというデッカーをパーティーに置き、現実世界では取れない情報をマトリックス側から手に入れるという役割は消していません。

「ハッキングできる」という設定ではなく、ハッキングする人間に仕事をさせる場面をゲーム内に用意した

ここは本作らしいところです。

4つのモードが、一件の仕事としてつながる

整理すると、『シャドウラン』には4つの大きなゲーム形式があります。

モードゲーム内での役割
アドベンチャーモード人と話し、依頼や事件の情報を集める
ミッションモード現場へ入り、見下ろし画面を移動する
タクティカルコンバットモード銃器や魔法を使い、ダイス判定で敵と戦う
マトリックスモード電脳空間へ入り、必要な情報へアクセスする

バラバラのミニゲームを4種類入れたわけではありません。

話を聞く。

相手を探す。

場所を突き止める。

そこへ乗り込む。

邪魔されれば戦う。

電子情報が必要ならデッカーが潜る。

仕事が終われば、また物語へ戻ってくる。

原作TRPGならゲームマスターとの会話やダイス判定として処理される出来事を、家庭用ゲームでは一人のプレイヤーが操作できる形へ分けた。

この組み立てが、メガCD版『シャドウラン』の核です。

原作TRPGを「全部再現」しなかったことも見逃せない

ここまで読むと、原作再現に徹底したゲームに思えるかもしれません。

実際はかなり割り切っています。

キャラクター作成はない。

自由に仕事を探して繰り返し稼ぐタイプのゲームでもない。

東京全体を好きなように歩けるわけでもない。

マトリックスのルールも大幅に簡略化されています。

魔法も原作TRPGに存在するあらゆる行動を行えるわけではありません。

その一方で、戦闘のダイス判定は目に見える形で残した。

武器の反動も残した。

サイバーウェアによる身体強化を残した。

魔法使いとデッカーをパーティーの役割として残した。

依頼を受けて裏仕事をするというゲーム全体の構造も残した。

つまり、本作が目指したのはルールブックの完全移植ではありません。

テレビゲームの中で「シャドウランナーの仕事」を成立させるために、必要な部分を選び直したRPGと見る方がしっくりきます。

SNES版、海外Genesis版とは別のゲーム

『Shadowrun』という名前の家庭用ゲームは、メガCD版だけではありません。

ここは混同されやすい部分です。

SNES版

Beam Softwareが開発したSNES版は、ジェイク・アーミテイジを主人公とする別作品です。

舞台はシアトル。

日本ではデータイーストからスーパーファミコン版も発売されました。

主人公、シナリオ、画面構成、戦闘システムのいずれも、六堂たちが2053年の東京で活動するメガCD版とは異なります。

Genesis版

北米Genesis向けにも『Shadowrun』がありますが、こちらも移植元ではありません。

BlueSky Softwareが開発した別作品で、メガCD版とは主人公も舞台もゲーム構造も異なります。

つまり、

SNES版をCD-ROM化した作品でも、Genesis版へ日本独自シナリオを追加した作品でもない。

メガCD版は、同じTRPGを原作にしながら日本側で独立して作られた『シャドウラン』です。

物語を追う面白さと、自由度の低さは表裏一体

全7章のシナリオでは、最初から最後まで同じ事件だけを追うわけではありません。

序盤には渋谷で起きる辻斬り事件があり、別の章では違った問題へランナーたちが関わっていきます。

同時に、各メンバーの過去や人間関係も少しずつ物語へ入ってきます。

固定キャラクターにしたことが、ここでは強みになります。

自分で作った無名の主人公ではなく、既に背景を持つ六堂たちだから、人物そのものを物語の中心へ置ける。

ADV比重を高くした理由も、実際のゲームを遊ぶと見えてきます。

ただし、その作りはプレイヤー側の自由を狭めます。

自分で仕事を選ぶ。

好きな場所で金を稼ぐ。

自分だけのランナーを作る。

そんな方向の遊びではありません。

「このキャラクターたちの次の物語を読む」ことに興味があるほど楽しみやすく、自由なRPGを求めるほど窮屈に感じやすい。

ここも、本作の評価が分かれるところでしょう。

現在遊ぶと厳しいのは、古いグラフィックよりテンポ

30年前のゲームなので、見た目が古いのは当然です。

しかし、現在遊んだときに強く感じる壁は、画質そのものではありません。

まず会話量。

情報を得るために何度も人物へ話しかけ、場所を移動する場面があります。

次にミッションモード。

現場を自分で歩けること自体は良いのですが、自由探索というより目的地までの移動として使われる場面もあり、操作時間がそのまま面白さになるとは限りません。

そしてタクティカルコンバット。

ダイス判定は本作の個性である一方、一戦に必要な操作と時間は大きめです。

さらに、アドベンチャー、探索、戦闘、マトリックスという異なるモードを行き来するため、一つ一つの切り替えや進行が軽快でなければテンポが途切れやすい。

現在の感覚で一番きついのは、「昔の絵」ではなく、プレイヤーが次の判断をするまでに必要な時間の長さです。

それでもC TierではなくB Tierに置きたい理由

つぶログでは『シャドウラン』を78点・B Tierとしています。

C Tierまで下げなかった理由は、この作品にしかない芯がかなり明確だからです。

TRPGを原作にしただけではありません。

画面上に本当にダイスを出し、その結果を戦闘ルールへ使う。

調査が必要ならADVになる。

現場へ入れば探索へ変わる。

戦闘になれば盤面が現れる。

電子情報が必要ならマトリックスへ潜る。

それぞれにShadowrun世界での役割があります。

一本のゲームとして見ると粗さは残っていますが、「なぜこのモードが存在するのか」が分からない寄せ集めではありません。

シャドウランナーの仕事を表現するための仕組みとして、4つの遊びが配置されています。

その発想と実装には、78点を与えられるだけの個性があります。

では、なぜA Tierの80点台に届かないのか

あと2点でA Tierです。

しかし、この2点は小さくありません。

まず、ゲーム全体を引っ張っているのはプレイヤーの自由な選択より、用意された7章のシナリオです。

会話中心の進行も長く、必要な情報へたどり着くまでの手順が軽快とは言えません。

戦闘はルールを理解すると面白くなりますが、覚えるまでのハードルが高く、一戦も長くなりやすい。

原作の大きな要素であるマトリックスは存在するものの、戦闘ほど深いゲームシステムにはなっていません。

複数のゲーム形式を一本につないだことは長所。

それぞれの完成度とテンポが完全には揃っていないことは弱点。

この両方を見ると、78点という位置がかなり妥当に思えます。

「メガCD最後のソフト」は評価の理由ではない

『シャドウラン』について調べると、どうしても「メガCD最後」という肩書が目に入ります。

パッケージでも「最強最後のMEGA-CD RPG」を前面に出していました。

確かに、国内メガCDの最後を飾った一本です。

しかし、そこから「ハードの集大成だった」「最後の意地を見せた」と話を膨らませる必要はないでしょう。

メガCDらしい派手な動画を大量に見せる作品でもなければ、ハード性能の限界を競ったアクションゲームでもありません。

最後に発売された作品が、よりによって会話とサイコロとTRPGルールを中心にしたRPGだった

その方が、このゲームの歴史的位置としてはずっと面白い。

メガCDの国内ラインアップは、映像や音声を見せる方向だけで終わらず、最後までかなり変わったゲームを残しました。

2026年現在、『シャドウラン』メガCD版を遊ぶには?

2022年発売の『メガドライブミニ2』には、メガCD作品を含む全60タイトルが収録されました。

しかし『シャドウラン』は入っていません。

現在販売されている『Shadowrun Trilogy』も別物です。

こちらに収録されているのは『Shadowrun Returns』『Shadowrun: Dragonfall - Director's Cut』『Shadowrun: Hong Kong』で、1996年のメガCD版を復刻したものではありません。

そのため、メガCD版そのものを正規に遊ぶなら、現在も国内版ディスクと対応する実機環境を用意する方法が基本となります。

現行機へ移植されていないことは、現在この作品を評価するうえで無視しにくい弱点です。

ただし、プレミア価格が高いから価値があるわけではありません。

入手性とゲームそのものの評価は分けて考えています。

まとめ|『Shadowrun』を家庭用ゲームへ移すために選んだ答え

メガCD版『シャドウラン』を「1996年に出た最後のメガCDソフト」とだけ覚えるのは、少しもったいない作品です。

依頼人の話を聞く。

街で情報を集める。

現場へ向かう。

敵と遭遇する。

銃を構える。

6面ダイスが転がる。

魔法を使う。

必要な情報がネットワークの中にあれば、Dヘッドがマトリックスへ潜る。

一つ一つを見れば、アドベンチャー、探索、シミュレーションRPG、ハッキングと別々のゲームです。

けれど、それらを順番に経験すると「一件のシャドウランをこなしている」という形が浮かんできます。

一方で、TRPGの自由まで持ち込めたわけではありません。

キャラクターは固定。

物語は7章構成。

東京を自由に暮らすゲームではなく、会話を中心にシナリオを追っていく。

タクティカルコンバットは面白いものの重く、マトリックスは簡略化されています。

B Tier・78点。

A Tierへ押し上げるには、もう少し自由度かテンポ、あるいは各モードの完成度が欲しかった。

それでも、銃と魔法とサイバーウェアが存在する世界を説明するだけではなく、その世界でランナーが何をするのかまでゲームにしようとした。

1996年2月23日。

日本国内で最後に発売されたメガCDソフトは、ハードの終幕を派手な映像で飾る作品ではありませんでした。

人と話し、情報を拾い、現場へ向かい、サイコロを振る。

そんなTRPGの手触りを、最後まで家庭用ゲームの画面へ残そうとしたRPGでした。

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