- メタルマックスとは?ファミコン版レビュー|戦車改造・賞金首・自由度の魅力
- 先に結論|「次はどこへ行く?」をゲームではなく自分に聞くRPG
- 『メタルマックス』とは
- 「決められたストーリーがない」とは、物語が存在しないという意味ではない
- 賞金首は寄り道ではなく、自分で選ぶ「次のボス」になる
- 戦車を手に入れると「装備が強くなる」のではなく、RPGの仕組みそのものが増える
- 主砲・副砲・S-E――撃つ武器にも財布の都合がある
- 強い装備を全部積めないから、戦車改造が「構築」になる
- 装甲タイルは「自分で厚さを決めるHP」
- 戦車が壊れても、ゲームはその先へ続く
- レンタルタンクは「詰み」を防いだだけではない
- 戦車だけ強くしても、旅は完結しない
- 初見では迷う。それが理解後には攻略計画へ変わる
- いつでも「引退」できる理由は、ゲーム全体の思想につながっている
- 「竜退治はもうあきた。」でも、RPGの土台まで王道を捨てたわけではない
- 一番気持ちいいのは、戦車を買った瞬間より「自分の準備が正しかった」と分かる瞬間
- その面白い管理が、やがて重さにも変わる
- なぜA Tier・88.9点なのか
- 『メタルマックス リターンズ』はFC版をそのまま豪華にしただけではない
- 2026年現在、FC版そのものを公式に新規購入する方法は確認できない
- どんな人に向いている?
- 総評|自由なのは「行き先」だけではなく、失敗した後の生き方まで
メタルマックスとは?ファミコン版レビュー|戦車改造・賞金首・自由度の魅力

『メタルマックス』の主人公には、世界を救わなければならない理由が用意されていない。
リオラドの町で修理屋を営む父親のもとを飛び出し、目指すのはモンスターを倒して賞金を稼ぐ「モンスターハンター」。その先には町や廃墟、指名手配された怪物、仲間、そして何台もの戦車が待っているが、「次は必ずここへ行け」と一本の物語に引っ張られて進むRPGではない。
任天堂が後年公開した公式解説でも、本作には決められた順番のストーリーがなく、戦車を手に入れる時期や仲間と出会う時期もプレイヤー次第だと説明されている。
だからといって、何をしていいのか分からない空っぽの世界へ放り出されるわけでもない。
町で話を聞けば危険な怪物の噂があり、ハンターオフィスには賞金首が掲示されている。強敵を倒せばまとまった金が入り、その金で戦車を強化すれば、これまで危険だった場所へ踏み込める。無茶をして全滅しても、失った戦車を回収して立て直す余地があり、自前の戦車を壊したくなければレンタルタンクという選択まである。
そして、モンスターハンターとしての旅をもう続けたくないなら、父親のもとへ帰って「引退」してもいい。
つぶログの[ファミコン全ソフトTier表]では、現在835作品まで評価した段階で『メタルマックス』をA Tier・88.9点・暫定6位タイとしている。残り396作品が未掲載なので最終順位ではないが、90.0点から始まるS Tierのすぐ下に位置する作品である。
88.9点まで押し上げたのは、ただ「自由度が高い」からではない。
プレイヤーに目的を選ばせ、その選択で失敗しても、別の方法で立て直して次の挑戦へつなげられるところまでゲームシステムが用意されている。
その自由を成立させる仕組みと、同じ仕組みから生まれる管理の重さ。そこに『メタルマックス』がS Tierへ届かなかった理由まで見えてくる。
先に結論|「次はどこへ行く?」をゲームではなく自分に聞くRPG
一般的なRPGでは、強敵を倒す理由の多くを物語が用意してくれる。
村が襲われたから戦う。重要人物を救うためにダンジョンへ向かう。次の町へ行けば新しい事件が始まり、それを解決すればさらに物語が進む。
『メタルマックス』にもイベントや世界の背景は存在するが、旅を続ける動機の置き場所が違う。
荒野で賞金首の情報を得たとき、「シナリオ上の次のボスだから」ではなく、自分がそいつを狙いたいから準備を始めることができる。
いま挑むには火力が足りないなら、別の地域へ行ってもいい。人間側のレベルを上げてもいいし、もっと良い主砲を買うために金を稼いでもいい。装備が重すぎるならエンジンを換える。自分の戦車で試すには危険すぎると思えば、レンタルタンクを借りて様子を見るという手もある。
ゲームが攻略順を決めない代わりに、世界の中へ「次にやってみたいこと」を生む材料を散らしている。
そのため、遊び始めは「次はどこへ行けばいい?」と感じることがあっても、仕組みを理解するほど問いは「次はどこへ行こう?」へ変わっていく。
この一文字の違いが、本作の自由をよく表している。
『メタルマックス』とは
『メタルマックス』は、1991年5月24日にデータイーストから発売されたファミリーコンピュータ用RPG。荒廃した近未来を舞台に、モンスターを狩って賞金を得るモンスターハンターとして旅をする。任天堂の公式アーカイブでも、発売日とRPGであること、戦車を入手すると戦闘力だけでなく行動範囲まで広がることが確認できる。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| タイトル | メタルマックス |
| 発売日 | 1991年5月24日 |
| 対応機種 | ファミリーコンピュータ |
| ジャンル | RPG |
| 発売元 | データイースト |
| 価格 | 7,800円(税別) |
| 評価 | A Tier・88.9点 |
| 暫定順位 | 835作品掲載時点で6位タイ |
文明は「大破壊」によって崩壊しているものの、人間社会まで消えたわけではない。荒野には怪物が徘徊し、過去の文明が残した兵器や施設があり、その一方で町には酒場や修理屋、武器屋、ハンターオフィスといった日常がある。
終末世界なのに、終始悲壮な物語を読ませる作品でもない。
賞金稼ぎとして怪物を追い、戦車を拾い、改造し、奇妙な人々と出会いながら好きな方向へ進む。その乾いた世界と、時折混ざる妙なユーモアが、旅そのものを目的にできる空気を作っている。
「決められたストーリーがない」とは、物語が存在しないという意味ではない
任天堂の旧バーチャルコンソール解説は、本作について「とくに決められたストーリーはありません」と紹介している。
この一文は大胆だが、「シナリオがないRPG」という意味ではない。
町には出来事があり、NPCには事情があり、世界がこうなった背景もある。終盤には大きな敵も存在する。
違うのは、それらをゲーム側が一本の道へ並べ、「このイベントを終えたら次はここ」と順番に消化させることを中心にしていないところだ。
町の人間から得た情報を手掛かりに遠出してもいいし、賞金首を追ってもいい。強すぎる敵に出会ったなら、その事実自体が「ここはまだ早い」という情報になる。
ゲームから矢印を渡されるのではなく、世界を見て自分の次の目的を決める。
この構造を成立させるために、賞金首が重要になる。
賞金首は寄り道ではなく、自分で選ぶ「次のボス」になる
『メタルマックス』の賞金首は、倒さなくてもいい強敵というだけではない。
指名手配されたモンスターを撃破し、ハンターオフィスへ戻れば賞金を受け取れる。その金は新しい武器や戦車の改造、装甲や砲弾などへ回せる。
つまり賞金首は、ゲームの自由な進行と経済をつなぐ存在だ。
次のストーリーボスが指定されない代わりに、プレイヤーは手配情報を見て「あいつなら行けそうだ」「あいつの賞金があれば欲しい装備に届く」と、自分で獲物を決められる。
倒す。
金が入る。
戦車が強くなる。
強くなったことで、以前なら危険だった地域や別の賞金首が現実的な目標になる。
この循環があるから、自由行動が目的のない散歩にならない。
自分で選んだ目標が、次の自由を買う資金になる。
賞金首が本作の旅を支える理由はそこにある。
戦車を手に入れると「装備が強くなる」のではなく、RPGの仕組みそのものが増える
『メタルマックス』では、人間は経験値を得てレベルアップする。
しかし戦車には人間のようなレベルがない。戦車を強くするには、手に入れた金やパーツを使って構成を変える必要がある。任天堂も、戦車は各パーツを改造して能力を強化できると説明している。
ここから成長軸が二つに分かれる。
人間は戦えば強くなるが、戦車は考えて組まなければ強くならない。
しかも戦車を手に入れることで、戦闘だけではなく旅の金の使い方まで変わる。
店へ入れば、人間の武器や防具だけでなく、主砲、副砲、S-E、エンジン、Cユニットなどが気になり始める。砲弾には補給が必要で、装甲を厚くすればそのぶん重量を使う。壊れれば修理もしなければならない。
戦車を所有することは「強力な乗り物を装備した」という一行では済まない。
もう一つの育成ゲームを抱えて荒野へ出ることに近い。
主砲・副砲・S-E――撃つ武器にも財布の都合がある
戦車の武装には性格の違いがある。
主砲は強力だが砲弾が有限で、撃ったぶんだけ補充が必要になる。副砲は火力では劣るものの、日常的な戦闘へ使いやすい。さらに強力なS-Eもあるが、何でも惜しみなく撃てる兵器ではない。
この違いが単なる威力表にならないのは、戦車の維持に金がかかるからだ。
任天堂の公式攻略解説でも、得られる金が少ない敵へ高価な砲弾を撃てば収支が悪くなるため、弱い敵には副砲を使うという考え方が紹介されている。
つまり、戦闘で「勝てる武器」と「使うべき武器」は同じではない。
強い主砲なら早く終わる。
しかし、ここで使った弾薬代は次の改造資金から消える。
賞金を稼いで戦車を作るゲームだからこそ、雑魚戦の一発にも経済がつながっている。
強い装備を全部積めないから、戦車改造が「構築」になる
戦車の面白さを決定付けるのが重量だ。
主砲やエンジンなどのパーツだけでなく、戦車を守る装甲タイルにも重量がある。総重量がエンジンの許容値を超えれば、そのままでは走れない。
そのため、高性能な装備を手に入れれば自動的に完成へ近づくわけではない。
重い主砲を積みたい。
しかし、そのぶん装甲を削れば被弾に弱くなる。
装甲を厚くしたい。
ならば搭載重量に余裕のあるエンジンが欲しくなる。
火力を優先するのか、安全を優先するのか。その前にエンジンへ金を使い、積載量そのものを広げるのか。
ここで戦車の強さは単純な足し算ではなくなる。
限られた重量を何へ使うか。
賞金首へ挑む前から、戦闘はガレージで始まっている。
装甲タイルは「自分で厚さを決めるHP」
戦車が受ける攻撃は、まず装甲タイルが受け止める。
装甲タイル1枚が1SPに相当し、ダメージを受ければSPが減っていく。
見た目としてはHPに近いが、一般的なRPGのHPと大きく違うところがある。
装甲タイルにも重量がある。
つまり耐久力を増やすこと自体が無料ではない。
最大まで装甲を積めば安全性は高くなるが、武器へ回せる重量が減る。逆に装甲を薄くすれば攻撃的な構成にできるが、戦車内部のパーツを壊される危険が増す。
だから「SPが多いほど正解」ではない。
防御力さえ、プレイヤーが戦車の役割に合わせて配分する資源になっている。
この考え方が、改造を単なる数字上げから一段深くしている。
戦車が壊れても、ゲームはその先へ続く
SPを失った状態で攻撃を受ければ、戦車の部品が「はそん」し、さらに深刻な状態になると「たいは」する。
とくにシャシー、エンジン、Cユニットなど重要な部分が使えなくなると、戦車は自力で走れない。
ここで『メタルマックス』らしいのは、車両が壊れた瞬間にすべてがなかったことになるわけではない点だ。
任天堂の3DSバーチャルコンソール版電子説明書は、この移植がFC原作を再現したものであることを前提に、全滅すると主人公は復活する一方、乗っていた戦車は全滅地点へ残されることや、自走不能の車両を別の戦車で牽引できる仕組みを説明している。なお同説明書には、3DS上での再現であり原作と動作・表現が若干異なる場合があるとの注意書きもある。
負けた後に、
「ロードして戦闘前へ戻る」
だけではなく、
「戦車を置いてきてしまった。どうやって取り戻すか」
という別の問題が生まれる。
失敗が消えるのではなく、失敗した世界の続きで立て直す余地がある。
この設計を考えるうえで、レンタルタンクの存在が重要になる。
レンタルタンクは「詰み」を防いだだけではない
レンタルタンクは、完成したゲームだけを見ると、荒野に戦車の貸し出しサービスが存在するという世界観上の面白い施設にも見える。
しかし、開発経緯をたどるともっと実務的な問題から生まれていた。
初代プロデューサーの桝田省治氏は後年、ダンジョンの奥で全滅すると乗っていた戦車がその場に残り、生身では回収できなくなる問題があったため、企画上の穴を埋める形でレンタルタンクを追加したと振り返っている。
宮岡寛氏も、所有する戦車がすべて自走不能になれば回収不能になる可能性を排除するため、レンタルタンクが論理的に必要だったと説明している。アイデアを最初に出したのは桝田氏だったと記憶しているとも語っている。
しかし、ここで終わらないところが面白い。
宮岡氏は、レンタルタンクがあれば自前の戦車を失う恐怖を抑えて賞金首へ挑めるため、プレイヤーが**「安心して無茶」**できるようになり、遊び方の幅まで広がったと振り返っている。
自由なRPGで、失敗の代償があまりにも重ければ、プレイヤーは結局安全な順番しか選ばなくなる。
「この賞金首、まだ早そうだけど行ってみよう」
という自由を実際に使わせるには、負けてもゲーム全体が壊れない保証が必要だった。
レンタルタンクは、単なる便利施設ではない。
危険な選択肢を本当に選べるようにするためのセーフティネットでもある。
戦車だけ強くしても、旅は完結しない
戦車を手に入れると戦闘力は大幅に上がるが、人間側が不要になるわけではない。
車止めやガレキなど、戦車のままでは進めない場所があるため、降りて生身で進まなければならない場面が存在する。
そして仲間の役割も、この「戦車だけでは完結しない」構造と噛み合っている。
メカニックは戦車修理を得意とし、旅先での破損へ対応できる。ソルジャーは生身での戦闘に強く、さまざまな人間用武器を扱える。
戦車が壊れるゲームだから修理役に意味があり、戦車が入れない場所があるから生身の戦闘要員に意味がある。
強力なシステムを導入した後で、ほかの遊びを全部無価値にしない。
このバランスによって、「戦車RPG」でありながら人間たちの旅としても成立している。
初見では迷う。それが理解後には攻略計画へ変わる
本作の自由さは、最初から全員に気持ちよく働くわけではない。
次の目的地が明確に表示されないため、どこへ行けばいいのか分からないことがある。戦車を手に入れても、主砲、副砲、S-E、エンジン、Cユニット、装甲、重量と一気に管理項目が増え、何へ金を使えばいいのか判断しにくい。
これは明確なハードルだ。
ところが、その意味が分かってくると景色が変わる。
賞金首の強さと賞金を見て、「こいつを倒せればエンジンを買える」と考える。
エンジンを換えれば積載量が増え、より重い主砲と装甲を両立できる。
その戦車なら、前に追い返された地域へ進めるかもしれない。
失敗しても別の場所で金や経験値を得てから戻れるし、危険度を測るだけならレンタルタンクを使う方法もある。
攻略情報が増えるほど一本道に近づくのではなく、自分の中に複数の攻略案ができるようになる。
ここが本作の習熟である。
いつでも「引退」できる理由は、ゲーム全体の思想につながっている
『メタルマックス』では、父親との会話からモンスターハンターを引退し、ゲームを終えることができる。
珍しいエンディングとして笑って終わることもできるが、宮岡寛氏の後年の説明を読むと、この仕組みが本作の自由と深く結び付いていたことが分かる。
宮岡氏は、主人公を運命に導かれた勇者にはしたくなかったと語っている。神に選ばれた血筋ではなく、そこらの修理屋の息子であり、普通の人間なら怪物退治に嫌気が差して引退することもある。その考えの延長に引退システムがあった。
そして、そこへ込めた考えを「このゲームの主人公はあなた自身」と説明している。
これは攻略順の自由よりさらに踏み込んでいる。
ゲームを続ける理由まで、物語の使命から切り離しているからだ。
世界を救わなければならないから旅を続けるのではない。
もっと強くなりたい。
次の賞金首を見たい。
新しい戦車を探したい。
だから続ける。
そして自分の中で十分なら、やめてもいい。
どこへ行くかだけでなく、旅をいつ終えるかまでプレイヤーへ戻している。
引退は、本作の自由が宣伝文句ではなく設計思想だったことをよく表している。
「竜退治はもうあきた。」でも、RPGの土台まで王道を捨てたわけではない
『メタルマックス』を語るとき、「竜退治はもうあきた。」というキャッチコピーは避けて通れない。
剣と魔法ではなく銃と戦車。
勇者ではなく賞金稼ぎ。
ファンタジーの王国ではなく、大破壊後の荒野。
外見だけを見ても、当時の王道路線とは明確に違う方向を向いている。
しかし、宮岡氏は後年、自分の**「基本のRPG作法は完全に堀井流」**だったと明言している。長い分かれ道を歩いたなら、その先には宝や情報、抜け道など、プレイヤーが使った手間に見合う何かを返す。その考え方は堀井雄二氏から学んだものだった。
ここを押さえると、本作を「ドラゴンクエストと全部逆のことをしたRPG」と見る必要がなくなる。
遊び手を迷わせないための基本や、努力に報酬を返す設計は王道から学ぶ。
そのうえで、主人公に与えられる運命や、旅の目的、世界の見せ方を別の方向へ開く。
RPGの読みやすさを捨てたのではなく、RPGで何を目指すかをプレイヤーへ返した。
『メタルマックス』の反骨は、王道の技術を知らないから生まれたものではなかった。
一番気持ちいいのは、戦車を買った瞬間より「自分の準備が正しかった」と分かる瞬間
新しい主砲やエンジンを手に入れること自体にも喜びはある。
しかし『メタルマックス』の仕組みが一番うまくつながるのは、その改造が自分で選んだ獲物への勝利へ結び付いたときだ。
以前挑んで勝てなかった賞金首がいる。
そこで別の地域を歩き、別の敵を倒し、資金を作る。積載重量を見直し、主砲を換え、必要なら装甲を増やす。
それでも怖ければ、レンタルタンクで一度試してみる。
そして再挑戦して撃破する。
ハンターオフィスへ戻れば賞金が入り、その金でまた次の戦車を作れる。
ゲームから命じられた攻略手順を正しく踏んだから勝ったのではない。
自分で「次はこいつ」と決め、そのために組んだ準備が結果へ変わった。
この感覚が、自由な旅と戦車改造を一つにつないでいる。
その面白い管理が、やがて重さにも変わる
一方で、戦車を自分のものとして扱う楽しさには、必ず管理が付いてくる。
砲弾を使えば補給する。
装甲タイルが減れば貼り直す。
パーツが壊れれば修理する。
新しい装備を買えば重量を見直す。
複数の戦車を持つようになれば、それぞれの状態を整える必要がある。
さらに目的地まではフィールドを移動し、その途中ではランダムエンカウントが繰り返される。
これらの仕組みにはそれぞれ理由がある。
弾薬が有限だから副砲との使い分けが生まれ、修理があるから戦車を所有する実感が出る。重量制限があるから改造は構築になる。
問題は、意味のある管理が積み重なることで、プレイヤーが本当に考えたい大きな判断へ戻るまでに時間がかかる場面があることだ。
「あの賞金首へ挑むため、どう戦車を作るか」は面白い。
しかし、その決断を実行するまでのメニュー操作、補給、修理、移動、ランダム戦闘まで毎回同じ密度で面白いわけではない。
1991年のゲームだから仕方がない、と弱点を消す必要もない。
戦車を細かく面倒見られることが長所だからこそ、面倒を見る作業量が増えたときの重さも正面から評価した方が本作らしい。
なぜA Tier・88.9点なのか
『メタルマックス』を高く評価した最大の理由は、目的をプレイヤーへ渡しただけで終わらなかったことにある。
自由にどこへ行ってもいい。
それだけなら、次に何をするのか分からないRPGにもなり得る。
そこで賞金首を目標候補にし、賞金を戦車強化へつなげ、重量によって改造に判断を生み、故障や全滅の後にも回収と修理を残した。危険な攻略順を選んでも詰まないようレンタルタンクを用意し、最後には旅を続けるかどうかまでプレイヤーへ委ねた。
これらは別々の珍しいシステムではない。
「主人公は自分なのだから、自分で次を決める」という一つの考えを支えるために組み合わさっている。
そこまで一貫しているから88.9点まで届いた。
一方でS Tierの90点台に入らなかった理由もはっきりしている。
自由な旅を支えるために戦車の装備、重量、装甲、砲弾、破損、修理、牽引と多くの管理が必要になり、フィールド移動とランダム戦闘も重なる。初見では次の目的をつかみにくい場面もあり、現代的な比較・整理機能を備えたRPGほど装備変更を軽快には行えない。
「次に何をするか」という大きな判断は非常に面白いのに、その判断を実行するまでの細かな作業が、ときにテンポを削る。
その差が88.9点と90.0点の境界になった。
これは「自由度が欠点」という話ではない。
むしろ自由を本物にするために積み上げた仕組みが、そのまま管理負担にもなったという、本作らしい長所と弱点の表裏である。
『メタルマックス リターンズ』はFC版をそのまま豪華にしただけではない
1995年9月29日にスーパーファミコンで発売された『METAL MAX RETURNS/メタルマックス リターンズ』は、初代FC版のリメイク。
任天堂も、グラフィックや音楽の強化だけではなく、新しいシステムや敵が追加された作品だと明記している。
そのため、『リターンズ』で追加・変更された仕様を1991年版の特徴として混ぜることはできない。
今回のA Tier・88.9点は、あくまで1991年5月24日の日本国内ファミリーコンピュータ版を対象にした評価である。
現在『リターンズ』を知っている人ほど、初代のアイデアがどこまでFC時点で成立していたのかを見ると面白いが、遊びやすさや追加要素まで含めて同じ一本として評価するべきではない。
2026年現在、FC版そのものを公式に新規購入する方法は確認できない
初代『メタルマックス』には過去の公式配信がある。
Wiiバーチャルコンソールでは2010年4月27日に配信が始まった。任天堂の配信履歴には現在も記録が残っているが、同ページは配信終了作品も含むアーカイブであり、現在の新規購入手段ではない。
ニンテンドー3DSでもバーチャルコンソール版が提供されたが、3DSのニンテンドーeショップではすでにソフトの新規購入が終了している。
2026年8月31日時点で任天堂のNintendo Classics現行タイトル一覧を確認しても、初代FC『メタルマックス』の配信は確認できない。したがって、現在FC版そのものを遊ぶ基本手段は、中古のFCカセットと対応する実機環境を用意する形になる。
シリーズ自体が止まっているわけではない。
Cygamesは2022年に『メタルマックス』関連事業とIP・関連資産を引き継ぎ、宮岡寛氏もCygames所属ディレクターとしてシリーズへ取り組むことを発表した。現在のCygames公式サイトにも**「METAL MAX PROJECT」**が制作中のコンシューマータイトルとして掲載されている。
ただし、これは1991年FC版の復刻発表ではない。
原作の現行販売状況と、現在進んでいるシリーズの新展開は分けて考える必要がある。
どんな人に向いている?
『メタルマックス』と相性がいいのは、ストーリーから次の目的を指示されるより、世界の情報を拾いながら**「次に何を狙うか」を自分で決めたい人**だ。
戦車の重量を見ながら火力と装甲を組み替えること、まだ早いかもしれない賞金首へ挑んで失敗し、その結果から準備をやり直すこと、目的から外れて別の土地へ寄り道することに面白さを感じるなら、本作の自由はかなり強く働く。
反対に、常に次の目的地を明示してほしい人、ランダムエンカウントや長距離移動をなるべく減らしたい人、砲弾や修理、重量まで含む車両管理を煩雑に感じる人には、88.9点を支えた仕組みそのものが負担になる可能性がある。
自由に歩けるかではなく、自分で予定を立て、その予定が失敗したら組み直すことまで楽しめるかが分かれ目になる。
総評|自由なのは「行き先」だけではなく、失敗した後の生き方まで
『メタルマックス』には、有名なキャッチコピーよりも作品の性格をよく表す場面がある。
賞金首へ挑む。
勝てない。
戦車を失う。
それでもゲームは終わらない。
戦車を取り戻す方法を考え、修理し、別の場所で資金を作り、戦車の構成を変えて再び荒野へ向かえる。
危険すぎるならレンタルタンクを使ってもいい。
別の賞金首を先に倒してもいい。
そもそも、その相手を後回しにして遠くの町へ行ってもいい。
そして、怪物を追う暮らしそのものをもう十分だと思ったなら、引退してもいい。
この柔らかさがあるから、『メタルマックス』の自由は「イベントを好きな順に消化できる」という範囲を超えている。
プレイヤーへ目的を渡し、その目的を実現するための戦車と経済を渡し、失敗したときの立て直し方まで渡す。
宮岡寛氏が「このゲームの主人公はあなた自身」と語った思想は、物語上の言葉ではなく、賞金首、戦車、レンタル、回収、修理、そして引退というシステムにまで通っている。
一方、その自由を支える戦車は、持つほどに手がかかる。
装備を選び、重量を調整し、装甲を補い、砲弾を買い、壊れれば修理する。フィールドを移動するあいだにはランダム戦闘も続く。自分の旅を作れる楽しさと、その旅を維持する手間は切り離せない。
だからS Tierではない。
それでも、ゲームから使命を取り除くだけでなく、使命がなくてもプレイヤー自身の欲求で次の冒険が生まれる仕組みを作ったことは、1991年のFC版を現在評価しても非常に強い。
A Tier・88.9点。
『メタルマックス』は、「世界を救わなくていいRPG」だから面白いのではない。
誰にも命じられていないのに、次の賞金首を探し、新しい戦車を作り、また荒野へ出たくなるRPGだから面白い。