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発売中止になったゲームはその後どうなった?復活・流用・別作品化まで追跡

目次
  1. 発売中止になったゲーム100選|消えた名作・幻の企画はその後どうなった?
  2. まず結論:発売中止後の「その後」は大きく5つに分かれた
  3. 「発売中止」「継承」はどこまで確認できたら扱うのか
  4. 何十年後に復活したゲーム
  5. 別ハード・別会社へ移って生き延びたゲーム
  6. 中止企画が別タイトル・別IPに変わったゲーム
  7. 作品は消えても、システム・物語・思想が残ったゲーム
  8. 今も明確な継承先を確認できないゲーム
  9. 100件を追って見えてきたこと
  10. 発売中止ゲームは、本当に「無駄」だったのか
  11. 今後も、追跡できる作品だけを追加します
  12. 主な参考資料

発売中止になったゲーム100選|消えた名作・幻の企画はその後どうなった?

発売が発表されたのに、いつの間にか消えたゲーム。開発画面まで公開されながら世に出なかった作品。何年も作られた末に、企画そのものが白紙になったタイトル。発売中止と聞くと、その時点で歴史が途切れたように見えます。

ところが、一つずつ「その後」まで追うと事情はかなり違いました。完成していたゲームが20年以上眠ったあと公式発売された例もあれば、別ハードや別会社へ移って完成した作品、名前も世界観も変えて別タイトルになった企画、中止作で考えられたシステムやキャラクターだけが後年の作品へ残った例もあります。

この記事で追うのは、単なる「未発売ゲーム一覧」ではありません。発売中止・開発中止になったゲームは、その後どうなったのかを、公式資料、開発者インタビュー、当時報道などから確認できる範囲でたどります。

掲載したのは100件です。正式な発売中止作だけでなく、後年になって存在が確認された未発売企画、特定ハード版だけが断念された例、発表済みの旧開発版を大きく作り直した境界事例も含みます。ただし、単に「未発売だった」と分かるだけの作品は、本数を増やす目的では加えていません。

継承の判定も、見た目や設定が似ているだけでは行いません。開発者やメーカーが流用・継承を明言しているのか、企画そのものが続いたのか、強い関連は確認できても直接証言まではないのか、それとも現在まで明確な継承先を確認できないのか。この違いを分けて記載しています。

作品名は、日本で正式な日本語タイトルがあるものを優先します。海外未発売作や開発コード名など、日本語の正式名称を確認できないものは原題を残し、必要に応じて初出時に英題を併記しました。

なお、「販売中止」と「ゲーム自体の開発中止」は同じ意味ではありません。最近の例では『Fate/EXTRA Record』が混同されやすいケースでした。詳しくは『Fate/EXTRA Record』は発売中止じゃなかった?販売元変更から2027年発売までを整理で整理しています。


まず結論:発売中止後の「その後」は大きく5つに分かれた

今回追跡した100件を整理すると、発売中止後の行き先は大きく5つに分けられました。

  1. 中止された作品そのものが、何年も後に復活した
  2. 別ハードや別会社へ移って発売された
  3. タイトルや設定を変え、別作品として再構築された
  4. ゲーム本体は消えたが、システム・物語・技術・開発思想などが残った
  5. 現在まで明確な継承先を確認できない

一つの作品が複数に当てはまることもあります。たとえば『Red Dead Revolver』は、カプコン側で中止された企画がRockstarへ渡って発売された「救出」の例であり、その後は『レッド・デッド・リデンプション』へ射撃システムが発展した系譜まで追えます。

逆に『Prey 2』のように、後年同じ『Prey』という名前の作品が発売されても、発売元が旧作の要素を使っていないと明言しているケースもあります。同じ名前、同じシリーズ、同じスタッフというだけでは継承とは判定しない――これをこの記事全体の基準にしています。


「発売中止」「継承」はどこまで確認できたら扱うのか

「発売されなかったゲーム」といっても、同じ条件でひとまとめにはできません。正式発表後に中止された作品もあれば、当時は公表されず、何年も後の開発者証言や資料で存在が判明した企画もあります。ゲーム自体は発売されても、特定ハード版だけが断念された例もあります。

この記事ではまず、その違いを本文中で明記します。そのうえで「その後」を、メーカーや開発者が継承を明言しているもの複数資料から強い関連を確認できるもの似ているだけで継承までは確認できないものに分けます。

発売中止ゲームには「実はあの名作の原型だった」と言いたくなる話が多くあります。しかし、根拠の弱い線を引けば記事全体が“それっぽい話の寄せ集め”になります。確認できないものは確認できないまま残し、直接の継承が否定されている場合は、その否定も結論として扱います。


何十年後に復活したゲーム

最も分かりやすいのは、発売されなかった作品そのもの、あるいは当時の開発物が、後年になって公式に戻ってきたケースです。

ただし「復活」の中身は同じではありません。完成済みなのに市場の都合で止められた作品もあれば、当時は技術的に成立せず、十数年後に構想から作り直した企画もあります。未完成プロトタイプが開発元公認で公開された例、昔のハード向けカートリッジとして数十年後に商品化された例までありました。


『スターフォックス2』――完成していたのに発売されず、約22年後に初めて公式発売

『スターフォックス2』は、未発売ゲームの中でもかなり特殊な存在です。

「途中まで作って中止」ではありません。

宮本茂氏の説明では、1995年には完成し、デバッグも終わっていました。

それでも発売されなかった大きな理由は、翌1996年にNINTENDO 64の発売を控えていたことです。

さらに『スターフォックス2』ではSuper FX 2チップを使うため、スーパーファミコン用ソフトとして価格が高くなる事情もありました。

そこで任天堂は、完成していた『スターフォックス2』を世に出すのではなく、NINTENDO 64向けの『スターフォックス』を一から作る道を選びます。

ここで注意したいのは、

『スターフォックス2』が、そのまま『スターフォックス64』になったわけではない

という点です。

任天堂自身が、64版は新しく一から作ったと説明しています。

一方で、『スターフォックス2』のアイデアが完全に消えたわけでもありません。

たとえば戦闘機が歩行形態へ変形する「ウォーカー」のアイデアは、後年の『スターフォックス ゼロ』で再び使われました。

そして作品そのものも、2017年の「ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン」でついに初めて公式発売されます。

完成から約22年後でした。

「完成したのに発売されない」という時点でも珍しいのに、その完成品が20年以上経ってから正式に世に出た例です。


『メトロイド ドレッド』――当時のハードでは作れず、15年以上越しに構想が実現

2021年にNintendo Switchで発売された『メトロイド ドレッド』は、新しく考えられた作品ではありません。

坂本賀勇氏によると、「Dread」という構想自体は15年以上前から存在していました。

しかも、一度考えて棚にしまった程度ではなく、実際に開発へ着手しながら途中で止めた時期が複数あります。

大きな壁になったのは、当時のハードと技術でした。

坂本氏がやりたかったのは、サムスが圧倒的な脅威に追われる「恐怖」をゲームプレイとして成立させることです。

ところが、当時の環境ではそのイメージを十分な形にできませんでした。

一度断念し、再び試しても完成像に届かない。

その後、MercurySteamとの協業とNintendo Switch世代の技術環境がそろったことで、ようやく実現へ進みます。

ここで残ったのはタイトルだけではありません。

「Dread=恐怖」という中心テーマや、サムスを追い詰める存在という考え方そのものが、最終的なE.M.M.I.につながっています。

『メトロイド ドレッド』は、

昔作っていたDS版が、そのままSwitchへ移植されたゲームではない

一方で、

昔の企画を捨てて完全な別物になったわけでもない

という作品です。

当時できなかった構想を、ハードと開発体制が追いついた時代に改めて実現したケースと言えます。

なお、『ドレッド』の次にあたる2Dシリーズ新作については、『メトロイド ラヴェナス』はドレッドの続編?2D新作・Primeとの違いで、2026年9月時点の発表内容を整理しています。


北米NES版『MOTHER』――完成していた英語版が、約24年後に『EarthBound Beginnings』として登場

『MOTHER』には、1990年代初頭に北米向けNES版が用意されていました。

英語ローカライズはかなり進んだどころか、後年の資料では完成し認証も通っていたことが分かっています。

それでも当時は市販されませんでした。

時期はすでにNES末期で、北米でもSuper NESの時代へ移ろうとしていました。完成済みの英語版をそのタイミングから製造・販売する意味が薄くなっていたと、当時の担当者は後に振り返っています。

重要なのは、このケースでは「開発が途中で止まった」と表現するより、

完成していた英語版が製品化されなかった

と見る方が正確なことです。

その英語版は長く公式には遊べない存在でした。

転機は2015年。

任天堂はWii Uバーチャルコンソール向けに『EarthBound Beginnings』として正式配信します。

当時未発売だった英語版が、約24年後に初めて公式商品になりました。

その後はNintendo Switch Onlineでも配信されています。

「地域版だけ発売されなかった」というケースでも、何十年も経ってから正式に救われることがある。その代表例です。


『Akka Arrh』――1982年の幻のアーケードゲームが、約40年後に公式アーカイブへ

今回の100件の中で、時間の長さが特に際立つのが『Akka Arrh』です。

もともとはAtariが1982年ごろに開発していたアーケードゲームでした。

しかし正式発売には至らず、長年「幻のAtari作品」のような存在として知られていました。

その後、2022年の『Atari 50: The Anniversary Celebration』に、オリジナルの『Akka Arrh』が公式収録されます。

約40年後のことです。

さらに2023年には、Jeff Minter/Llamasoftによる現代版『Akka Arrh』も発売されました。

ここは二段階あります。

まず、当時の未発売作品そのものが公式アーカイブで遊べるようになった。

そのうえで、その作品を土台にした現代的な再解釈版まで作られた。

その結果、

「幻のゲームが発掘された」で終わらず、公式に歴史へ戻され、さらに新作へ発展した

例です。

40年前後を経て公式の歴史へ戻った代表的なケースです。


『Save Mary』――1983年に消えたAtari 2600作品が、40年後にカートリッジになった

『Save Mary』は、Atari 2600向けにTod Frye氏が手がけた作品です。

Atari自身は現在、このゲームを1983年のゲーム市場崩壊の影響を受け、当時は公式カートリッジ発売に至らなかった作品として紹介しています。

そして2023年、Atari XPから実機用カートリッジが正式に作られました。

ここで注意したいのは、「2023年に初めて公式に遊べるようになった」とまでは言えないことです。『Save Mary』はそれ以前にも『Atari Flashback Classics』などの公式コレクションに収録されています。

したがって、正確には、

2023年に初めてAtari公式のカートリッジ版が発売された

という復活です。

ゲーム機の現役時代を逃した作品が、エミュレーションだけでなく、約40年後にもう一度「当時のハードへ挿すカートリッジ」という形を得た。発売中止後の救出方法としてかなり珍しい例です。


『時計じかけのアクワリオ』――1990年代初頭に消えたアーケード企画が、数十年後に正式完成

ウエストンが開発していた『時計じかけのアクワリオ』は、1990年代初頭のアーケード市場で完成に至らなかった作品です。

ININ Gamesは、3Dゲームや格闘ゲームなどが存在感を強めていた当時の市場変化の中で、開発が中止されたと説明しています。

しかし企画そのものは消えませんでした。

元ウエストンのスタッフも参加し、残されていた開発成果をもとに復旧・完成作業が進められ、2021年11月30日に正式発売されています。

ギネス世界記録も、開発開始を1991年と紹介したうえで、この作品を「ゲームプロジェクト開始から最終発売までの最長期間」という定義で28年81日と認定しています。ここでは独自に年数を再計算せず、認定記録はギネスの表記に従います。

重要なのは、昔のゲームを題材にした新規リメイクではないことです。

発売されなかった当時のプロジェクトを、元スタッフも加わって完成へ持っていった。

日本発の発売中止ゲームを追ううえで、特に分かりやすい「数十年後の完成」例です。


『Nightmare Busters』――スーパーファミコン末期に消えた作品が、権利者の許諾を得て実機カートリッジ化

『Nightmare Busters』はArcade Zoneが1990年代に制作していたスーパーファミコン向け作品です。

関係者の回顧では、ゲーム自体はかなり進んでいましたが、スーパーファミコン市場の縮小と欧州での流通環境の変化が重なり、店頭発売まで届きませんでした。

その後、Super Fighter Teamがオリジナルの権利者・開発者側と接触し、正式な許諾を得て実機向けカートリッジを商品化します。

ここは表現に注意が必要です。

これは任天堂のライセンスを受けた当時の新作ではありません。

一方で、無断で複製した非公式ROMでもなく、権利者との契約に基づく商業リリースです。

つまり、

発売できなかったスーパーファミコン作品が、ハードの現役時代を大きく過ぎてから、合法的な実機用ソフトとして世に出た

ケースです。


『Kien』――三度の発売機会を逃したGBA作品が、20年以上後に公式カートリッジへ

『Kien』は、2000年代初頭にPMStudiosが開発していたゲームボーイアドバンス作品です。

リードデザイナーのFabio Belsanti氏は、2002年末から2004年初頭にかけて複数の出版契約を結んだものの、ゲームボーイアドバンス用カートリッジの製造コストが高く、無名IPへ投資するリスクを出版社が取りにくかったと振り返っています。

ゲームの内容以前に、物理メディアを作って売る採算が壁になったわけです。

そのまま20年以上未発売状態が続きましたが、Incube8 Gamesがプロジェクトを掘り起こし、2024年6月14日にゲームボーイアドバンス用ソフトとして正式発売しました。

「昔の企画を現行機向けに作り直した」のではなく、古いハードの作品が古いハード向け商品として戻ってきた例です。

発売中止・未発売の理由には、開発の失敗だけでなく、製造費と販売リスクという極めて現実的な事情もあることが分かります。


『Shantae Advance: Risky Revolution』――2004年に止まったGBA企画を、元のコードとチームで再開

『Shantae Advance: Risky Revolution』は、後からレトロ風に作られたゲームではありません。

WayForwardが2000年代初頭に本当にゲームボーイアドバンス向けとして作っていた『Shantae』続編です。

Matt Bozon氏は、GBA市場が成熟するなかでカートリッジ製造費を負担するパブリッシャーを確保できず、2004年に制作が止まった経緯を説明しています。

約20年後、WayForwardは保存されていた当時のコードを開き、元の主要スタッフを再結集。GBA時代の開発環境や実機を使いながら制作を再開しました。

2025年にはゲームボーイアドバンス版と現行機版が正式発売されています。

これは「未発売作に似せた新作」ではありません。

2004年に止まったゲームそのものを、当時のコードから再開して完成させた

という、今回の100件でも特に直接性の高い復活例です。


DICE『Hardcore』――ほぼ完成していた16ビット作品が『Ultracore』として復活

後に『Battlefield』シリーズで知られるDigital Illusions、現在のDICEにも、1990年代に発売されなかった作品があります。メガドライブ/Genesisなどに向けて開発されていた2Dアクション『Hardcore』です。

現在の権利者・発売元Strictly Limited Gamesによれば、ゲームはかなり完成に近い状態まで進んでいました。しかし市場はPlayStationなど次世代の3Dゲーム機へ急速に移行しており、16ビット向け2D作品を出す時期を逸したことで企画は止まります。

それから約25年後、眠っていた作品は発掘され、バグ修正やボス戦の調整、現行機向け最適化などを受けて『Ultracore』という新しいタイトルで公式発売されました。

名前は変わりましたが、別の現代作品として一から作ったものではありません。90年代の未発売企画そのものを完成させた復活例です。


ゲームボーイカラー『Infinity』――2002年に中止、旧スタッフも参加して2025年に完成

『Infinity』は、Game Boy Color末期にAffinix Softwareが開発していたRPGです。1999年から2001年にかけて制作されていましたが、市場がGame Boy Advanceへ移るなかで販売先を確保できず、チームも分散。2002年に正式に中止されました。

その後、未完成版が保存される時期を経て、2021年にIncube8 Gamesが権利を取得して復活計画を発表します。

この復活では、単に別会社が似たゲームを作ったのではありません。元Affinixのメンバーと新しい開発者を組み合わせ、残されていた歴史的プロジェクトを完成させる方針が取られました。

そして2025年12月にデジタル版が正式発売。物理Game Boy Color版も2026年に展開されています。

「中止後に有志が見つけた」で終わらず、権利を整理し、旧スタッフを含むチームで完成させ、本来の実機でも遊べる商品として戻した。保存と商業復活がつながったケースです。


Virtual Boy未発売2作――『ZERO RACERS』『ドラゴンホッパー』が約30年後に任天堂から初の公式リリース

1995年に発売されたバーチャルボーイには、当時開発されながら市販まで届かなかったゲームが残されています。

そのうち『ZERO RACERS』と『ドラゴンホッパー』は、2026年になって任天堂自身が「当時未発売だったタイトル」として正式に紹介しました。

そして2026年8月4日、「バーチャルボーイ Nintendo Classics」に2作品が追加されています。

『ZERO RACERS』は、四角いダクト状のコースを浮遊マシンで走るレースゲーム。『ドラゴンホッパー』は、天空の国の王子ドーリンがジャンプとはばたきで足場を渡りながら進むアクションゲームです。

ここで重要なのは、後世のファンが未完成ROMを発掘したという話ではないことです。

当時発売されなかった任天堂系のVirtual Boy作品を、任天堂が約30年後に自社サービスへ収録し、初めて公式に遊べる商品へしたという流れです。

一方、当時なぜ発売されなかったのかについて、任天堂の2026年公式記事は理由まで説明していません。確認できるのは「当時未発売だった」ことと、2026年8月4日に正式配信されたことです。


SNES版『Rayman』――24年越しに試作ROMが見つかり、2026年にはUbisoft公式商品へ収録

1995年に発売された初代『Rayman』には、それより前にスーパーファミコン向けとして作られていた未発売版があります。

このSNES版は完成商品まで進まず、長いあいだ失われた存在になっていました。

転機は2016年です。シリーズ生みの親Michel Ancel氏が、約24年間眠っていた古いSNES版ROMを発見。実機で動作することまで確認されました。

翌2017年には、Ancel氏からカートリッジを借りたOmar Cornut氏が初期ビルドをダンプし、一般に触れられる状態へします。ただしCornut氏自身が説明しているとおり、これは「very early dev build」であり、完成したゲームではありません。当時報じられていた、より進んだ別ビルドが見つかったという意味でもありませんでした。

そして2026年2月13日、Ubisoftは『レイマン 30周年エディション』を発売します。

この公式商品には、PlayStation、Atari Jaguar、MS-DOS、ゲームボーイカラー、ゲームボーイアドバンス版と並び、「long-lost SNES prototype」がプレイ可能な形で収録されました。

2017年に公開された初期ダンプと、2026年版へ収録されたプロトタイプについて、この記事ではROM単位で完全に同一だとは断定しません。Ubisoftの2026年公式説明が「never-before-playable」「初めて体験できる」と表現している一方、2017年に初期ビルドが公開された記録も残っているためです。

確実に言えるのは、商品化されなかったSNES時代の『Rayman』が発掘・保存され、最終的に2026年にはUbisoft公認の30周年商品でSNESプロトタイプそのものを遊べるようになったことです。

『スターフォックス2』のような完成版の復活とは違います。こちらは、ごく初期の開発物まで公式アーカイブの一部として商品へ戻ってきたケースです。


PSP『Saints Row: Undercover』――2009年に中止、開発元が2016年に未完成プロトタイプを自ら公開

『Saints Row』には、PlayStation Portable向けに作られながら発売されなかった『Saints Row: Undercover』があります。

Volitionが2016年に明かしたところによると、企画は当初『Saints Row 2』のPSP移植として始まりました。しかし、そのまま移植するのは難しいと判断され、途中から独自のオープンワールド作品へ変更されています。

開発は外部スタジオのSavage Entertainmentが担当しました。ところがTHQとVolitionが進捗を確認した結果、シリーズ作品として求める水準へ届いていないと判断され、2009年に中止されます。

普通なら、ここで開発史から消えて終わるところでした。

しかし数年後、Volition社内でPSP開発機などの古い資料を調べていた際、『Undercover』のビルドが再発見されます。

Volitionは2016年1月、この未発売作を公式動画と配信で紹介。元開発者も参加して当時の制作経緯を語りました。さらにゲームデザイン資料だけでなく、実際に動かせるプロトタイプをISO化し、保存サイトUnseen64を通じて一般公開します。

ここで公開されたものは、完成版でも、後年仕上げ直した復刻版でもありません。

Volition自身も、グラフィックやゲームプレイが未完成の「early prototype」を現状のまま公開するもので、サポートもしないと注意しています。

つまり『Undercover』の「その後」は、別タイトルへの転生ではなく、中止から7年後、開発元自身が未完成の開発物を歴史資料としてプレイヤーへ返したことにあります。

完成して発売されたわけではない。それでも「もう触れない中止作」から「開発元の許可で実際に遊べる保存プロトタイプ」へ変わった、ゲーム保存史として珍しい復活です。


Wii『天空の機士ロデア』――完成後4年眠り、Wii U版の初回特典として元のゲームが発売

発売されなかったゲームの中には、開発途中で止まったのではなく、完成しているのに商品として出ないまま眠る作品があります。

中裕司氏率いるプロペが開発したWii用『天空の機士ロデア』は、そのかなり分かりやすい例です。

2011年、中氏はインタビューで、Wii版について「かなり前に完成している」「プロペ側の仕事は終わっている」と説明しました。残っていたのは発売元である角川ゲームス側の発売判断です。

この時点で中氏は、Wii U版へ移す計画もないと話しています。

理由は、Wii版がWiiリモコンで直接ポイントを指定し、そこへ飛んでいく操作を前提として設計されていたからでした。中氏は「Wii用として完成した作品」であり、その形で遊んでもらいたいと語っています。

ところが、完成済みのWii版はそのまま何年も発売されませんでした。

その後、プロジェクトはニンテンドー3DS、さらにWii Uへ展開します。2015年に発売されたWii U/3DS版『ロデア・ザ・スカイソルジャー』は、Wii版とは操作感やゲームデザインが大きく異なる別実装になりました。

そしてここで、眠っていた元のWii版にも思わぬ出口ができます。

Wii U版の初回限定特典として、2011年に完成していたWii用『天空の機士ロデア』そのものを収録したWiiディスクが同梱されることになったのです。

NIS Americaも海外版の発表で、初回Wii UパッケージにWii版を同梱し、「creator Yuji Naka's original vision」を体験できると説明しています。

2015年のイベントで中氏自身も、Wii版はWiiリモコンのよさを生かして作り込み、「僕としては満足いくデキになっています」と振り返っています。

つまり、Wii版がWii U版へ移植されて発売されたのではありません。

新しいWii U/3DS版とは別に、4年ほど眠っていた完成済みの旧Wii版まで原型のまま商品へ同梱され、正式に日の目を見たというケースです。

『スターフォックス2』や『時計じかけのアクワリオ』ほど長い年月ではありませんが、「完成していた未発売版そのものが、後年の別商品に救出される」という意味では非常に近い復活例です。


別ハード・別会社へ移って生き延びたゲーム

発売予定だった場所では消えても、企画そのものが別の場所へ移って完成した例があります。

ここでは、同じゲームを別ハードへ移したケース、会社や権利が変わって救われたケース、旧版を大幅に作り直して別ハードで完成させたケースを分けて見ていきます。移行したからといって、旧版のコードや素材までそのまま残ったとは限りません。


カプコン時代の『Red Dead Revolver』――一度は中止、Rockstarへ渡って発売された

現在ではRockstarの大作シリーズとして知られる『レッド・デッド』シリーズですが、最初の『Red Dead Revolver』は最初からRockstar作品だったわけではありません。

開発していたのはAngel Studios。

資金を出していたのはCapcomでした。

元CapcomのRay Nakazato氏は、Angel StudiosがRockstarに買収されたあと、カプコン側でプロジェクトを中止し、Rockstarへ売却した経緯を振り返っています。

そこからTake-Two/Rockstarが権利を取得し、Rockstar San Diegoが開発を続け、2004年に『Red Dead Revolver』として発売しました。

言い換えれば、

カプコン側では中止されたゲームが、会社と権利の移動によって救われた

ことになります。

さらに面白いのは、その先です。

『Red Dead Revolver』の開発では、すでに「西部劇をもっと広い世界で遊ばせる」方向が意識されていました。

そして射撃システムやデッドアイ(Dead Eye)の考え方は、後の『レッド・デッド・リデンプション』へ発展していきます。

一度は消えたはずの未完成企画が別会社に渡り、そこから現在の大作シリーズへつながった。

今回の100件でも、特に系譜が長く伸びている事例です。


『True Crime: Hong Kong』――Activisionで中止後、スクウェア・エニックスがプロジェクトを取得し『スリーピングドッグス 香港秘密警察』へ

『スリーピングドッグス 香港秘密警察』も、「別会社が中止プロジェクトを引き継いだゲーム」として非常に分かりやすい例です。

もともとUnited Front Gamesでは、香港を舞台にした新規IPとして企画が始まりました。

その後Activisionのもとで『True Crime: Hong Kong』というタイトルになり、正式発表されます。

ところが2011年、Activisionは開発を中止しました。

そこで終わらなかったのは、スクウェア・エニックスがプロジェクトを取得したからです。

重要なのは、スクウェア・エニックスが『True Crime』というシリーズ名まで取得したわけではなかったことです。

ゲームそのものを引き継ぎ、タイトルを『スリーピングドッグス 香港秘密警察』へ変更しました。

United Front Gamesのプロデューサーは、

最初の新規IP案から『True Crime』、そして『スリーピングドッグス 香港秘密警察』へ移る間も、物語・キャラクター・中核となるゲーム要素は維持されていた

と説明しています。

このため、『スリーピングドッグス 香港秘密警察』は「True Crimeに似た別ゲーム」というより、

中止されたプロジェクトを別会社が引き継ぎ、別の名前で完成させた

と見る方が実態に近いケースです。


NINTENDO64版『MOTHER 3』――制作物は捨てても、物語と構造の核はGBA版へ

『MOTHER 3』は、長期開発の末に一度本当に中止されています。

企画はSuper Famicom期から始まり、64DD、NINTENDO64へと開発環境を移しながら3D作品として制作されました。しかし次世代機が見え始めても完成の見通しが立たず、2000年に任天堂がNINTENDO64版の開発中止を発表します。

当時の完成度については、見る基準によって数字が違いました。岩田聡氏はプレイヤーが製品として見る基準なら約30%、宮本茂氏は作り手の作業量で見れば約60%という見方を示しています。

その後、数年を経て宮本氏からゲームボーイアドバンスで再挑戦する案が持ちかけられ、別チームで開発が再始動。2006年にGBA版『MOTHER 3』として発売されました。

ここで注意したいのは、「NINTENDO64版で作ったデータをそのままGBAへ持ってきた」と考えないことです。

2019年の糸井重里氏インタビューでは、NINTENDO64版で作っていたものをどうしたのかと聞かれ、制作物は「全部」捨てたと明言しています。3D表現を諦めてドット絵へ切り替え、物語も改めて書き直しました。

一方で、初期構想が何も残らなかったわけでもありません。

糸井氏は別の開発回顧で、一つの町が時間とともに変化していく考え、複数の人物の物語が絡み合う構造、章ごとに主人公が変わる発想、そして物語の大きな核となる部分など、初期から考えていた要素の一部が完成版にもつながっていると説明しています。

つまり、NINTENDO64版からGBA版へ残ったものを「制作物」と「構想」に分けて見る必要があります。

3DモデルやプログラムなどNINTENDO64版の制作物は捨て、一から実装し直した。それでも、作品の骨格となる世界・物語・複数主人公の構造には初期企画から続くものがあった。

『MOTHER 3』は、旧版を縮小移植した復活ではなく、残すべきアイデアを選び直して別ハードで作り直したケースです。


NINTENDO64版『バイオハザード0』――映像は作り直し、パートナーザッピングは残した

『バイオハザード0』も、ハード移行によって救われた作品です。

最終的にはニンテンドーゲームキューブで発売されましたが、それ以前にはNINTENDO64版がかなり進んでいました。

ディレクターの小田晃嗣氏は、N64版は半分以上できていたと振り返っています。

ニンテンドーゲームキューブへ移ったことで、ビジュアル面などは作り直しになりました。

しかし「大枠の企画」は維持されました。

特に重要なのが「パートナーザッピング」です。

2人のキャラクターを切り替えながら進めるこの仕組みは、N64のカートリッジが持つ高速な切り替え特性を生かす発想から生まれたものでした。

普通なら、ハードが変わった時点で捨てられてもおかしくありません。

ところが開発チームは、このシステムをニンテンドーゲームキューブ版でも残しました。

これは、

ハード依存で生まれたゲームシステムが、ハード変更後も作品の核として生き残った

という珍しい例です。

発売されたゲームキューブ版を含め、国内ゲームキューブ作品全体の位置づけはゲームキューブ全ソフトTier表|国内277作品をS〜Eで評価でも比較しています。


『カメオ:エレメンツ オブ パワー』(Kameo: Elements of Power)――ゲームキューブ、Xboxを経てXbox 360でようやく完成

Rareの『カメオ:エレメンツ オブ パワー』は、一つのハードだけを移ったゲームではありません。

ニンテンドーゲームキューブ向けとして開発され、その後マイクロソフトによるRare買収を経てXboxへ移行。さらにXbox 360へ移り、ようやく発売されました。

Rareの開発者によると、Xbox版は約80%まで進んでいた時点でXbox 360へ移されたとされています。

これだけハードが変わると、別ゲームのように見えます。

ただしRare側は、変身能力を使い分けるというコアコンセプト自体は維持していたと説明しています。

さらに、Rareが社内で共通エンジンを使っていたことで、ニンテンドーゲームキューブからXboxへの移行は比較的短期間で動くところまで持っていけたという証言もあります。

もちろん、最終的なXbox 360版では内容も表現も大幅に拡張されました。

それでも、

世代も会社環境も変わりながら、一つの企画が作り直され続けて生き延びた

ケースです。


ドリームキャスト版『Half-Life(ハーフライフ)』――本編移植は中止されたが、『Blue Shift(ブルーシフト)』はPCへ移行

ドリームキャスト版『Half-Life』は、発売中止ゲームの中でも少し変わっています。

GearboxのRandy Pitchford氏によると、ドリームキャスト版は完成し、認証も通り、ゴールドマスターまで存在していました。

それでも発売されませんでした。

Sierraは「市場環境の変化」を理由に中止を発表しています。

時期を考えれば、ドリームキャスト市場そのものが終盤へ向かっていたことが大きな背景です。

ただし、このドリームキャスト版のためだけに作られていた新規コンテンツがありました。

それが『Blue Shift』です。

ドリームキャスト版『Half-Life』が消えたあと、Gearboxは『Blue Shift』をPCへ移し、正式発売しました。

結果として、

中止された移植版そのものは発売されなかったが、その版のために作った追加作品だけはPCへ移され、正式発売された

ことになります。

「ゲーム全部」ではなく、「そのゲームに付属していた別コンテンツだけが生き残る」という珍しいパターンです。


旧『Too Human(トゥー ヒューマン)』――同じタイトルで復活しても、同じゲームとは限らない

『Too Human』は、今回の記事で特に注意したいケースです。

Silicon Knightsは1990年代から『Too Human』を開発していました。

PlayStation版はかなり進み、Denis Dyack氏によればアルファに近い段階まで達していたとされています。

しかしSilicon Knightsが任天堂のセカンドパーティーになったことで、PlayStation版は停止。

その後ニンテンドーゲームキューブ時代を経て、最終的にはマイクロソフトと組み、Xbox 360向けとして2008年に発売されました。

ここだけを見ると、

「昔の『Too Human』がハードを変えて復活した」

ように思えます。

ところがDyack氏は、古いPlayStation版に関するストーリーやキャラクター情報について、最終版では大きく変わっていると説明しています。

最後まで残ったのは、タイトルと一部の根本的なコンセプトでした。

これは逆に重要です。

同じタイトルで後年発売されたからといって、昔の未発売版がそのまま復活したとは限らない。

このプロジェクトで「タイトルが同じ」だけを根拠に継承判定をしない理由が、よく分かる事例です。


64DD向け『裏ゼルダ』――消えた追加版は『Master Quest』になり、別ルートから『ムジュラの仮面』も生まれた

『ゼルダの伝説 時のオカリナ』のあと、任天堂は64DD向けに「裏ゼルダ」を作っていました。

任天堂の「社長が訊く」で岩田聡氏は、この『裏ゼルダ』を後の『The Legend of Zelda: Ocarina of Time: Master Quest』と明確に結び付けています。

当初予定された64DD商品としては世に出ませんでしたが、作られた内容は後年、ゲームキューブの特典ディスクで公式リリースされました。

さらに面白いのが、もう一つの分岐です。

青沼英二氏は、既存ダンジョンの「裏」を作る仕事に乗り気になれず、宮本茂氏から「1年で新しいゼルダを作れるなら、裏ゼルダをやらなくていい」という条件を示されたと振り返っています。

その挑戦から生まれたのが『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』でした。

ただし、

『裏ゼルダ』が『ムジュラの仮面』へ作り変えられたわけではありません。

『裏ゼルダ』の内容はMaster Questとして別に残り、開発チームの選択から『ムジュラの仮面』という別の新作が生まれた。一本の未発売企画から、二方向の「その後」が見える例です。


PS3版『人喰いの大鷲トリコ』――ゲーム全体の中止ではなく、PS3版を断念してPS4へ移行した

『人喰いの大鷲トリコ』は、この一覧の中でも扱いを分ける必要があります。

ゲームそのものが発売中止になったのではありません。

PS3向けとして発表されたバージョンが実現せず、プロジェクトがPS4へ移った例です。

吉田修平氏は、PS3上でも動作はしていたものの、目指す品質・性能へ届かず、ビジョンを妥協するかPS4へ移るかを選ぶ必要があったと説明しています。

しかも単純な移植ではありません。

PS3のSPU向けに最適化していたコードの多くは破棄し、PS4用に再構築したと説明されています。

一方、上田文人氏は、コンセプト、物語、レベルデザインといった作品の骨格は維持されたと説明しました。

つまり、

技術は大きく作り直したが、作品の中核は同じまま別ハードへ移った。

「機種版だけの中止」と「ゲーム自体の中止」を分ける必要がある好例です。


PS3版『絶体絶命都市4 -Summer Memories-』――中止後、シリーズ権利を取得したグランゼーラが『4Plus』へ再構築

2011年、アイレムはPS3向け『絶体絶命都市4 -Summer Memories-』の発売中止を発表しました。

東日本大震災との関係だけが語られがちですが、シリーズ生みの親である九条一馬氏は、開発自体がすでに遅れていたところへ震災が発生し、災害を題材にする作品を「3か月後なのか半年後なのか、それとも発売できるのか」判断できなくなったと振り返っています。

その後、九条氏はグランゼーラを設立。

2014年に『絶体絶命都市』シリーズの権利を取得し、2015年にはグランゼーラ自身が、2011年に発売中止となった『絶体絶命都市4』を引き継ぎ、PS4用として再構築したと明記しました。

完成版が『絶体絶命都市4Plus -Summer Memories-』です。

単なる同名続編ではなく、中止作を権利・スタッフごと拾い直したことを公式側が明言している、日本のゲームではかなり強い復活例です。


『カスタムロボGX2』(仮称)――GBA企画を一から作り直し、DS『激闘!カスタムロボ』へ

ゲームボーイアドバンス向けには、『カスタムロボGX』の続編として仮称『カスタムロボGX2』が進められていました。しかし、このGBA版は発売されません。

長らく「DS版との関係はどこまであるのか」が曖昧でしたが、2021年にシリーズディレクターの見城こうじ氏が自ら説明しています。

見城氏によれば、一から作り直したのは『カスタムロボGX』ではなく、その後に制作していた『GX2』の方でした。そしてプラットフォームをGBAからニンテンドーDSへ変更し、最終的に『激闘!カスタムロボ』になったとしています。

ここで「一から作り直した」という言葉は重要です。同じ企画系譜だからといって、GBA版のコードや素材がそのままDSへ運ばれたとは言えません。

作品としての系譜は続いた。しかし中身は作り直した。発売中止ゲームの追跡では、こうした「同じ企画なのに直接流用ではない」例もあります。


ドリームキャスト版『ToeJam & Earl III』――約3分の2まで作った第3作をXboxへ移行

『ToeJam & Earl III』はXbox作品として知られていますが、その前にドリームキャスト版が存在しました。

シリーズ共同制作者Greg Johnson氏によれば、ドリームキャスト版は実際に制作され、およそ3分の2まで進んでいたといいます。しかしセガが家庭用ゲーム機事業から撤退する流れの中で、ドリームキャスト版を続けることはできなくなりました。

そこで第3作プロジェクトはXboxへ移ります。最終的に『ToeJam & Earl III: Mission to Earth』として2002年に発売されました。

ただし、これも単純移植ではありません。開発史ではXbox向けにコードの多くを作り直した一方、制作済みだったテクスチャ、アニメーション、モデルなど一部のアート資産は変換して使えたとされています。

同じゲーム企画は続いた。しかし、コードと素材では「残った量」が違う。中止後の継承を部品単位で見る必要がよく分かる例です。


初代PlayStation版『鬼武者』――途中まで作っていたPS版を捨てずに出すか、PS2へ移すか

『鬼武者』は最初からPlayStation 2向けに始まった作品ではありません。稲船敬二氏によれば、当初は初代PlayStation向けに開発され、かなり作業が進んでいました。

それだけに、PlayStation 2へ切り替える判断には社内でも反対があったといいます。すでに作ったものをPlayStationで完成させた方が早いという意見です。

しかし稲船氏は、金城武さんの姿をより説得力のある映像で表現し、作品全体をより映画的なものにするにはPlayStation 2が必要だと判断しました。当時のGameSpotも、PlayStation版を中止してPS2へ開発を移したと報じています。

つまり中止されたのは『鬼武者』という企画そのものではなく、初代PlayStation版です。その後のPS2版へプロジェクトは続きました。

『人喰いの大鷲トリコ』PS3版と同じく、「ゲーム中止」と「特定ハード版の中止」を分けておきたい事例です。


NINTENDO64版『Eternal Darkness』――完成目前からGameCubeへ。ほぼ作り直しても企画は続いた

2002年にゲームキューブで発売された『Eternal Darkness: Sanity's Requiem』も、もともとはNINTENDO64向けに進められていた作品です。

Silicon KnightsのDenis Dyack氏は後年、NINTENDO64版について「ほぼアルファ段階まで進んでいた」と振り返っています。別の開発者回顧でも、機種変更が決まった時点で完成まで数か月というところまで来ていたとされています。

それでもプロジェクトはNINTENDO64で完成させず、ゲームキューブへ移りました。

ここで面白いのは、「同じゲームを新ハードへ移植した」と言えるほど単純ではないことです。Dyack氏は任天堂公式インタビューで、ゲームキューブ版ではグラフィックをすべて作り直し、ゲームを動かす基礎エンジンもNINTENDO64版とは完全に別物になったと説明しています。

一方、全部が消えたわけでもありません。NINTENDO64で積み上げた開発経験は残り、元スタッフの回顧では、NINTENDO64版で進めていたカメラシステムもゲームキューブ版へ発展させたとされています。

つまり、

NINTENDO64版は発売されない → ハードを変更 → エンジンやビジュアルは大規模に作り直す → 同じ『Eternal Darkness』として完成

という流れです。

『バイオハザード0』と同じく、特定ハード版の中止とゲーム企画そのものの中止を分けて見る必要がある事例です。


GameCube版→Xbox版『Perfect Dark Zero』――二度の機種変更を経てXbox 360で完成

『Perfect Dark Zero』も、最初からXbox 360向けに始まった作品ではありません。

RareのシニアデザイナーDuncan Botwood氏は、初代『Perfect Dark』完成後まもなく次回作の制作が始まり、最初はGameCube向け、その後MicrosoftによるRare買収を受けてXbox向け、最終的にXbox 360向けになったと説明しています。

単に発売先の名前だけを変えたわけではありません。Botwood氏は、機種変更によってマルチプレイの規模が変わり、16人向けに設計していた背景を32人・64人まで想定して作り直すなど、大量の追加作業が発生したと振り返っています。

一方で、Xbox版からXbox 360版への移行では完全なゼロスタートでもありません。後年の開発者回顧では、Xbox版で作られたコードのかなりの部分がXbox 360版へ持ち越されたとされています。

ここでGameCube版まで同じコードが連続して残ったとまでは断定できません。確認できるのは、同じ『Perfect Dark』次回作プロジェクトが三つのハードをまたぎ、途中の設計や資産を何度も調整しながら完成したことです。

2005年、最終版はXbox 360のローンチタイトル『Perfect Dark Zero』として発売されました。

『Kameo』と並べると、MicrosoftによるRare買収と世代交代が、同じスタジオの複数プロジェクトを連続して別ハードへ動かしたことも見えてきます。


初代PlayStation版『ICO』――約2年の開発を捨ててPS2へ。それでもゲームの核は変わらなかった

2001年にPlayStation 2で発売された『ICO』は、最初からPS2向けに作られていたゲームではありません。開発初期は初代PlayStationを対象に進められていました。

上田文人氏は後年、PS版ではハードウェア上どうしても解決できない問題があり、最終的にPS2へ開発を移したと振り返っています。本人の感覚では、約2年分の作業を捨てて、もう一度やり直すような決断でした。

しかも「高解像度版へ簡単に変換した」という話でもありません。もともとの素材は高品質に作っていたため流用しやすいと考えていたものの、実際にはPS2向けにほぼすべて作り直すことになったと上田氏は説明しています。

一方で、ゲームの核まで別物になったわけではありません。

2011年のファミ通のトークセッションでは、初代PS版の映像を見た外山圭一郎氏が、完成した『ICO』と比べてもゲームシステムがほとんど変わっていないことに驚いたと話しています。

つまり『ICO』は、ハード移行で技術的な土台や作業成果を大きく作り直しながら、イコとヨルダを中心にした設計思想は早い段階から保たれていた例です。

「一から作り直した」と「前の企画が消えた」は同じではない。その違いがよく分かります。


『ファイアーエムブレム 暗黒の巫女』(Fire Emblem 64)――GBAへ移ったが、残ったのはロイとごく一部だった

NINTENDO64期には、後に「Fire Emblem 64」と呼ばれる『ファイアーエムブレム』新作が進められていました。25周年書籍『メイキング オブ ファイアーエムブレム』で明らかになった資料によると、当時のタイトルは『暗黒の巫女』(Maiden of Darkness)でした。

この名称は、その後ゲームボーイアドバンス向けに発表された作品でも一時使われています。そこだけを見ると、「NINTENDO64版をGBAへ移植して完成させた」と考えたくなります。

しかし、同書に収録された開発者インタビューでは、実態はかなり違ったとされています。

開発途中に体制上の変化があり、ゲーム企画はほぼ最初からやり直しになりました。主人公ロイは残ったものの、物語とほとんどの登場人物は変更。旧版から完成作『ファイアーエムブレム 封印の剣』へ引き継がれたキャラクターとして、ロイ以外ではカレルが確認されています。

イドゥンという名前も両方に存在しますが、旧版と完成版では外見・性格・役割が異なると整理されています。

したがって、これは「未発売のNINTENDO64版がそのままGBAへ移った」ケースではありません。

プロジェクトの系譜はGBAへ続いた。しかし、中身は大幅にリセットされ、ごく一部のキャラクターだけが橋渡しになった。

同じシリーズ、同じ仮題、同じ主人公が残っていても、継承量は作品ごとにまったく違うことを示す例です。


GameCube版『Grabbed by the Ghoulies』――Rare買収でXboxへ。「変換ボタン」では済まない移行だった

Rareの『Grabbed by the Ghoulies』は2003年にXboxで発売されましたが、開発の出発点はGameCubeでした。

Rareが後年公開した開発Q&Aでは、制作開始は2000年10月、GameCube版からXbox版へ移したのは2002年9月とされています。つまりMicrosoftによるRare買収の時期まで、Nintendo向けゲームとして実際に開発が進んでいました。

ここで中止されたのは『Ghoulies』というゲームそのものではありません。Rare自身も、「ゲーム自体が中止寸前だった」という噂を否定しています。

止まったのはGameCube版として発売するルートです。

しかも機種変更は単純な移植作業ではありませんでした。Rareは「Nintendo製品として始まったオリジナル作品をXboxへ変える作業」であり、開発機にある“Xboxへ変換”ボタンを押すような簡単なものではなかったと説明しています。Xboxへ切り替えてから約1年以内で完成させることも、大きな課題だったとしています。

一方、開発初期のGameCube映像について、当時のリード環境アーティストSteven Hurst氏は「制作開始から1か月ほどの非常に初期のデモ」と振り返り、機種移行で作風自体を大きく変えたわけではないとも説明しています。

Rare買収によって発売ハードだけが消え、同じ企画を短期間で別ハードへ着地させた。『Kameo』『Perfect Dark Zero』とはまた違う、買収直後の機種移行を追えるケースです。


64DD版『どうぶつの森』――冒険RPGを削り、NINTENDO64カセットの「村」へ作り変えた

現在の『どうぶつの森』からは想像しにくいですが、企画の出発点は64DDでした。任天堂の「社長が訊く」で、江口勝也氏と野上恒氏が初期開発を詳しく振り返っています。

64DDの大容量セーブを使い、複数の人が時間をずらして同じ世界へ入り、前のプレイヤーが残した状況を次の人が引き継ぐ。そこにRPGのような広い世界とダンジョンを置き、非力なプレイヤーがどうぶつの力を借りながら冒険する――というのが初期像でした。

ところが野上氏は、開発途中で「64DDで出せなくなってしまった」と明言しています。そこで企画はNINTENDO64のカセットへ移されました。

単なる媒体変更ではありません。64DD前提の大容量バックアップが使えなくなったため、江口氏は内容を大幅に削る必要があったと説明しています。春夏秋冬を表す4つの島、深いダンジョン、広大な冒険フィールドは縮小され、最終的には「これでは冒険できない」と冒険そのものを外す判断にまで至りました。

その一方で、何もかも捨てたわけではありません。開発陣が何とか残そうとしたのが、別々のプレイヤーが同じフィールドで互いの行動へ影響を残す構造でした。64DDの時計機能を前提にしていた部分も、カセット側でどう実現するか再検討されています。

つまり現在の『どうぶつの森』は、最初から「村で気ままに暮らすゲーム」として一直線に生まれたわけではありません。

64DD向けの冒険・共有型企画が成立しなくなる → 容量制約に合わせて世界を縮める → 冒険を外す → それでも人と人が時間差でつながる仕組みを残す

発売ハードの都合で削った結果、むしろシリーズの核が浮かび上がったような、珍しい機種・媒体変更の例です。


『ポケモンスナップ』初期企画――普通の写真ゲームからポケモンへ、さらに64DDを諦めてN64カセットへ

1999年の『ポケモンスナップ』も、完成版へたどり着くまでに二度大きく姿を変えています。

岩田聡氏は「社長が訊く」で、開発初期の企画はそもそもポケモンのゲームではなく、普通に写真を撮るゲームだったと説明しています。何を撮ればプレイヤーの動機になるのかが定まらず、途中から被写体をポケモンへ置き換える判断が行われました。初期企画に関わった山本正宣氏も、ポケモン世界を採用したことで「何をすべきか」が明確になったと振り返っています。

ところが、変化はそれだけではありません。

『ポケモンスナップ』は64DDの大容量を使い、多数の写真を保存するゲームとして進められていました。しかし岩田氏によれば、こちらも64DDではなくなったため、写真データの保存方法からゲーム全体を考え直す必要が生じます。

そこで画像そのものを丸ごと保存するのではなく、「どのポケモンが、どこにいて、どちらを向き、どんな状態だったか」という情報へ変換し、小さなデータから写真を再現する方法を採用しました。

つまり『ポケモンスナップ』の開発史には、

無名の写真ゲーム → ポケモン作品化 → 64DD版の断念 → NINTENDO64カセット用に保存方式とゲーム構造を再設計

という複数の転換があります。

「中止作が別タイトルになった」と一言で片付けるより、何を撮るゲームなのかという企画の顔と、どこへ保存するゲームなのかという技術基盤の両方を作り直して完成した例として見る方が実態に近いケースです。


GameCube版『スーパーペーパーマリオ』――完成間近の企画をWiiへ移し、操作だけを新ハードへ合わせた

『スーパーペーパーマリオ』は2007年にWiiで発売されましたが、もともとはGameCube向けに発表・開発されていた作品です。

2006年のE3時点で、任天堂の手塚卓志氏はGameCube版について「非常に開発が進んでいる」と説明していました。しかしその後、GameCube版は発売されず、プロジェクトはWiiへ移ります。

完成後の任天堂公式インタビューで、チーフディレクターの川出亮太氏は「このゲームはもともとGameCubeタイトルだった」と明言しています。

GameCube版ではコントローラーの多くのボタンを使う設計でしたが、Wii版ではWiiリモコン1本へ操作を組み直し、ポインターやモーションセンサーを使うアクションも追加されました。

一方、2Dと3Dを切り替える「次元ワザ」を核にしたゲームそのものを一から作り直した、という説明ではありません。

したがってこれは、GameCubeで完成へ近づいていた同じプロジェクトを、世代交代に合わせてWiiへ移し、入力部分などを新ハード向けに調整して発売したケースとして扱うのが適切です。


DS版『ファンタジーライフ』――2009年に発表された2D作品を3DSへ移し、3Dで作り直した

『ファンタジーライフ』は2012年にニンテンドー3DSで発売されましたが、最初に公表された対応機種はニンテンドーDSでした。

レベルファイブは2009年の「LEVEL5 VISION 2009」でDS用の新作として発表し、当時の報道では2010年発売予定。ブラウニーブラウンが開発に参加し、ドット絵を使った2D作品として画面も公開されています。

その後、企画はニンテンドー3DSへ移りました。

ここは推測ではありません。任天堂の「社長が訊く」で日野晃博氏自身が、『ファンタジーライフ』をDSから3DSへ移すことにしたと説明しています。岩田聡氏も「DS用につくっていたものを3DSへ移した」という意味で確認しています。

理由として日野氏が挙げたのは、3DSの立体表現とネットワーク機能との相性でした。

結果として、DS時代の2D画面をそのまま高解像度化するのではなく、最終版は3Dグラフィックの作品へ大きく変化します。

したがってこれは、DS版だけが独立して中止され、無関係な3DS版が作られた例ではありません。公表済みだった同じ商品企画を新ハードへ移し、表現を作り直して完成させたケースです。


Wii向け『ピクミン』新作――2008年に開発確認、Wii Uへ移って『ピクミン3』として完成

『ピクミン3』も、最初からWii Uだけを前提に始まった作品ではありません。

2008年のE3開発者ラウンドテーブルで、宮本茂氏は新しい『ピクミン』について聞かれ、最後に「作っています」と開発中であることを明かしました。

その後もWii世代で開発は続きます。しかし2011年、Wii U発表後に方針が変わりました。

GameSpotのインタビューで宮本氏は、Wii向けに進めてきたものをそのまま完成させても時間がかかるため、Wii Uへ持っていく方向を説明。開発者ラウンドテーブルでも、長くWiiで作ってきた『ピクミン』をWii Uで作ると公言しています。

この移行は「Wii版の完成データを簡単に変換した」ものでもありません。宮本氏は後年、WiiとWii Uでは開発環境やチップ構成の差が大きく、Wii Uへ移すためゲームを作り直す必要があったと説明しています。

一方で、ゲームの根本まで別物になったわけではありません。宮本氏は、WiiからWii Uへ移しても基本的な『ピクミン』の遊び自体は大きく変えていないとも振り返っています。

2012年のE3で、Wii U用『ピクミン3』として正式に姿を見せ、2013年に発売されました。

この記事では、2008年の時点からすべてが正式名称『ピクミン3』だったとは扱いません。追えるのは、Wii向け新作として進んでいた『ピクミン』プロジェクトがWii Uへ移行し、最終的に『ピクミン3』として完成したという経路です。


中止企画が別タイトル・別IPに変わったゲーム

発売中止後の「その後」が最も劇的なのは、元の企画が名前や世界観、ジャンルまで変え、別作品として完成したケースです。

ただし、別作品化にも段階があります。中止作を別会社が引き継いだもの、同じ会社の中で開発ラインを作り直したもの、特定のシステムや技術だけを抜き出して新規IPへつないだもの。ここでは「何が同じで、何が捨てられたのか」をできるだけ具体的に追います。


『バイオハザード4』初期企画――シリーズから外れすぎて『デビル メイ クライ』(Devil May Cry)になった

『デビル メイ クライ』は、新規IPとしてゼロから始まった作品ではありません。

神谷英樹氏自身が、もともとは『バイオハザード4』として始まった企画だったと振り返っています。

ところが、作っていくうちにゲームの方向性が『バイオハザード』から大きく離れていきました。

恐怖やサバイバルを中心にしたシリーズとしてまとめるより、派手でスピーディーなアクションとして独立させた方がいい。

その結果、企画は『バイオハザード』から切り離され、『デビル メイ クライ』として世に出ます。

これは、

「バイオハザード4が中止になってDevil May Cryへ改題された」

と単純に言うより、

『バイオハザード4』として進めていた開発枝の一つが、別IPとして独立した

と見る方が正確です。

その後、発売された『バイオハザード4』は別の試行錯誤を経て完成しています。

結果として、一つの大作シリーズの開発途中から、まったく別の人気シリーズが生まれました。

『バイオハザード』を含め、カプコンがシリーズやゲームの形を大きく作り直してきた流れは、カプコンは本当にずっと強かった?全ソフトTierから見えた40年の「強さの変わり方」でも別角度から追っています。


『ファイナルファンタジー ヴェルサスXIII』(FINAL FANTASY Versus XIII)――長期開発の末、『ファイナルファンタジーXV』へ

『ファイナルファンタジー ヴェルサスXIII』は、2006年に発表された「ファブラ ノヴァ クリスタリス ファイナルファンタジーXIII」構想の一作でした。

PlayStation 3向けタイトルとして長く開発されていましたが、最終的にその名前のまま発売されることはありませんでした。

2013年、スクウェア・エニックスはこの企画を『ファイナルファンタジーXV』として開発・発売すると正式発表します。

この時点で同社は、世界観、物語、コンセプトをVersus XIIIから継承しながら、次世代機向け作品として規模を拡張すると説明していました。

少なくとも、

Versus XIIIとXVの間に公式なプロジェクト上の連続性がある

こと自体は疑いありません。

ただし注意も必要です。

2013年に「継承する」と説明された内容が、2016年発売の最終版にすべてそのまま残ったとは限りません。

長い開発期間の間に、スタッフ体制や物語、設定、ゲーム構造はさらに変化しています。

そのためこの記事では、

Versus XIIIがそのまま名前だけXVになった

とは扱いません。

同じ企画の流れを引き継ぎながら、大規模な再構築を経てナンバリング作品になった例です。


『Dinosaur Planet』――独自の冒険ゲームが『スターフォックスアドベンチャー』へ

RareがNINTENDO64向けに開発していた『Dinosaur Planet』も、大胆な変化を遂げた作品です。

もともとはスターフォックスとは関係のない独自のアクションアドベンチャーでした。

ところが開発途中で、任天堂側のスターフォックス企画との共通点が意識されるようになります。

関係者の説明では、両者を統合する判断が下され、さらにNINTENDO64からニンテンドーゲームキューブへ移行。

最終的に『スターフォックスアドベンチャー』として2002年に発売されました。

このケースでは、

タイトルが変わった
プラットフォームが変わった
独自IPだった企画に既存シリーズが統合された

という三つの変化が同時に起きています。

もちろん、『Dinosaur Planet』のすべてがそのまま残ったわけではありません。

しかし開発プロジェクトとしての連続性は明確で、世界やゲーム構造の大きな部分を引き継ぎながら別作品へ変化した代表例です。


Rareの開発コード名『Project Dream』――RPGを作っていたはずが『バンジョーとカズーイの大冒険』になった

Rareの開発コード名『Project Dream』は、開発中に「別物になっていった」例として非常に面白い企画です。

最初はSuper Nintendo向けの冒険ゲームとして制作されていました。

その後NINTENDO64へ移り、企画内容を何度も変更。

一時は2.5Dのプラットフォームゲームのような形にもなり、最終的には3Dアクションへ変化していきます。

そして完成したのが『バンジョーとカズーイの大冒険』でした。

ここで大切なのは、

Project Dreamという完成間近のRPGを、そのままバンジョーへ改題したわけではない

ことです。

RareのGregg Mayles氏が振り返っているのは、一つの開発ラインが何度も形を変え、最終的にバンジョーへたどり着いた過程です。

完成版へ残ったのは、個別のキャラクターやマップをそのまま使ったというより、

開発チームと企画の流れそのもの

でした。

「中止企画の素材が別作品に使われた」というより、「中止と作り直しを繰り返した結果、別ジャンルの新IPへ着地した」ケースです。


『メタルギア ソリッド ライジング』(METAL GEAR SOLID: RISING)――旧ストーリーは捨てても、「斬る」ゲームは残った

2009年に発表された『メタルギア ソリッド ライジング』は、雷電を主人公とするアクションゲームでした。

当初は『メタルギア ソリッド2』と『4』の間を描く物語として企画され、自由に物体を切断するシステムが大きな特徴として紹介されていました。

ところが開発は難航します。

小島プロダクション側は長期間制作したものの、チームが核となるゲームコンセプトへまとまりきれず、内部開発を停止。

その後PlatinumGamesが参加し、作品を大きく作り直しました。

ストーリーの時代設定も変更され、完成版『メタルギア ライジング リベンジェンス』は『メタルギア ソリッド4』より後の物語になります。

それでも、すべてが捨てられたわけではありません。

自由切断の「Blade Mode」や、敵を切ってエネルギーを奪う「斬奪」という中心アイデアは完成版へ残りました。

ここで残ったのは、

旧版のゲームそのものではなく、“何を面白さの核にするか”という部分

でした。

このタイプの作品は、「同じゲーム」か「完全な別物」かの二択では捉えにくい例です。


『Thrill Kill』――発売直前で止まった格闘ゲームの技術が『Wu-Tang』へ

『Thrill Kill』は、PlayStation向けに作られていた4人対戦格闘ゲームです。

かなり発売に近い状態まで進んでいましたが、Electronic Arts側が暴力的な内容を市場に適切ではないと判断し、発売を見送りました。

普通なら、そこで開発成果も終わりそうです。

しかし開発会社Paradox Developmentは、その技術基盤を次のゲームへ持っていきました。

それが『Wu-Tang: Shaolin Style』です。

後年のスタッフ証言では、両作は同じエンジンを使っており、技術的にはかなりの部分を共有していたと説明されています。

さらに、エンジン上の制約から、キャラクターごとのアニメーション数まで同じ条件に合わせる必要があったという具体的な話も残っています。

一方、キャラクターモデルやテクスチャ、テーマなどは新しく作られました。

そのため、

『Thrill Kill』をWu-Tangへ名前だけ変えて発売した

わけではありません。

中止になったゲームの技術的な骨格を再利用し、別ライセンスの作品として組み直したケースです。


旧『DOOM 4』――捨てたゲームの試作から「グローリーキル(Glory Kill)」が生まれた

『DOOM』(2016)は、シリーズ復活作として高く評価されました。

しかし、その前にはまったく違う方向性の『DOOM 4』が作られていました。

id SoftwareとBethesdaは、開発中だった旧版について「自分たちが出したいDOOMではない」と判断し、制作を事実上やり直します。

ここだけなら、

「旧DOOM 4は全部捨てた」

で終わりそうです。

ところが、Marty Stratton氏の回顧では、旧版のクリーチャーや銃を使ってアニメーションチームが作った社内デモが、新しいDOOMを考えるきっかけの一つになりました。

その実験から発展したのが、敵を近距離で豪快に仕留める「グローリーキル(Glory Kill)」です。

さらに、「敵から逃げるより前へ出て攻める」という前へ攻め続ける「プッシュフォワード・コンバット(push-forward combat)」の方向性にもつながったと説明されています。

旧版のゲーム自体は中止でも、

中止版を使った一つの社内実験が、完成版の象徴的システムを生んだ

ことになります。

ここで「旧DOOM 4の素材がそのまま製品版へ流用された」とまでは言えません。

残ったのは、試作を通して見つけた戦闘のアイデアです。


Atari 2600版『Star Castle』――移植を諦めた結果、『Yars' Revenge』が生まれた

この企画のルーツは1982年までさかのぼります。

AtariでHoward Scott Warshaw氏は、アーケードゲーム『Star Castle』をAtari 2600へ移植する仕事を任されました。

しかし、しばらく検討した結果、2600で満足できる移植を作るのは難しいと判断します。

そこで普通なら「移植中止」で終わるところを、Warshaw氏は別の道を選びました。

『Star Castle』のコアとなる仕組みを土台に、新しいゲームを作ることにしたのです。

その結果生まれたのが『Yars' Revenge』でした。

これは今回の100件の中でもかなり古い、

移植断念 → 中核メカニクスだけ残す → 新規IP化

の例です。

当時正式発表された大作の発売中止とは性格が違うため、この記事でも「後年確認された開発企画」として区別します。

それでも、「中止された仕事が別作品の設計へ変換された」という点では、非常に分かりやすい系譜です。


『Legacy of Kain: Dead Sun』――本編は消え、別チームのマルチプレイ企画が『Nosgoth』へ

『Legacy of Kain: Dead Sun』は、Climax Studiosが約3年にわたって開発していた作品です。

しかし本編は発売されませんでした。

一方、その周辺ではPsyonixがマルチプレイ企画を制作していました。

このマルチプレイ側は、Dead Sun中止後も生き残り、最終的に『Nosgoth』として独立します。

ただし、ここは言い方に注意が必要です。

スクウェア・エニックス側の開発者は、『Nosgoth』について、Dead Sunのキャラクターやマップをそのまま持ってきた作品ではなく、マルチプレイゲームとして成立させるため別のキャラクター、能力、マップを用意していたと説明しています。

そのため、

Dead Sunのマルチプレイモードを切り出して、そのまま発売した

とは言えません。

正確には、

Dead Sunと組み合わせる予定だった別開発のマルチプレイ企画が、本編消滅後に独立作品として生き残った

ケースです。

『Nosgoth』自体もその後サービス終了していますが、「親企画が消え、付随企画だけが世に出る」という珍しい経路をたどりました。


セガサターン版『Virtua Fighter RPG』――ハードも主人公もIPも変わり、『シェンムー』になった

『シェンムー』の出発点は、最初からドリームキャスト向けの新規IPではありませんでした。

鈴木裕氏のGDC講演によれば、1995年にセガサターンで試作した『The Old Man and the Peach Tree』を土台に、企画は『Virtua Fighter RPG: Akira's Story』へ発展します。

『Virtua Fighter』のアキラを主人公に、格闘システムや技術を使いながら長編RPGを作る計画でした。

しかし企画は巨大化し、1997年には次世代機ドリームキャストへ移行。1998年には『Virtua Fighter』の枠そのものを外し、『Shenmue』へ名前と設計を変えていきます。

ここで重要なのは、

完成寸前のセガサターン版をそのままドリームキャストへ移植したわけではない

ことです。

ハード、主人公、IP、設計思想を大きく変えながらも、長編シナリオやプロジェクトの根は連続している。発売中止・機種移行・別IP化が一度に起きたようなケースです。


『Diddy Kong Pilot』――MicrosoftによるRare買収後、『Banjo-Pilot』として作り直された

ゲームボーイアドバンス向け『Diddy Kong Pilot』は、Rareが任天堂側にいた時代に公開された飛行レースゲームです。

ところがRareがMicrosoft傘下へ移ると、任天堂の『Donkey Kong』キャラクターをそのまま使い続けることはできません。

Rareの携帯機チームは後年、`DK Pilot/Banjo Pilot`のプロジェクトを完成させるよう引き継いだと語っています。

ただし、キャラクターをBanjoへ差し替えただけではありません。

途中にはボクセル表現を使った別バージョンもあり、それを捨てて再びMode 7風の方式へ戻すなど、大きな作り直しがありました。傾き操作も最終版では外れています。

最終的に2005年、『Banjo-Pilot』として発売されました。

会社買収で使えるIPが変わっても、ゲーム企画そのものは別キャラクターの作品として生き延びた例です。


『Dune: Ornithopter Assault』――Duneのライセンスを外し、別世界の『Elland』として20年後に発売

ゲームボーイアドバンス向け『Dune: Ornithopter Assault』は、2001年ごろから開発され、2002年に中止となった作品です。

その約20年後、プロジェクトは再び表へ出ます。

ただし、復活版では『Dune』の名前や世界設定を使わない形へ変更する必要がありました。

そこでフランチャイズ固有の名称・設定を外し、別世界のゲームとして再構成したのが『Elland: The Crystal Wars』です。

Steamの販売ページ自身が、2001年に有名フランチャイズをもとに始まったGBA企画が2002年に中止され、20年後に元のライセンスなしで発売へ至った経緯を説明しています。

2022年、PC向けに正式発売されました。

これは、

ゲームの基礎は救われたが、元のIPだけは救えなかった

ケースです。

「権利がないから全部捨てる」以外にも、世界観を交換して中身を救出する道があることを示しています。


『Donkey Kong Coconut Crackers』――ドンキーコングを外し、『It's Mr. Pants』として発売

Rareの『Donkey Kong Coconut Crackers』も、Microsoftによる買収の影響を受けた作品です。

2001年にはゲームボーイアドバンス向けパズルゲームとして公開されていましたが、RareがMicrosoft傘下へ移ったことで、任天堂のDonkey Kong IPを使った形では続けられなくなります。

後年のRareの開発史では、この企画が『It's Mr. Pants』へつながったことが確認できます。

ただし、これも単純なキャラクター差し替えではありません。

古い版に存在した演出やマルチプレイ案など、完成版まで残らなかった要素もあります。

それでも、パズルゲームとしての開発系譜は途切れず、2004年に別タイトルとして発売されました。

同じ買収でも、Diddy Kong Pilotとは別のゲームが別の変身をしたことになります。


『Donkey Kong Racing』――『Sabreman Stampede』へ再構築されたが、その企画も発売されなかった

Rareのゲームキューブ向け『Donkey Kong Racing』は、2001年のE3で公開されたレースゲームです。

リードデザイナーのLee Musgrave氏によれば、違う動物へ乗り換えながら性能を変えるアイデアが中核にありました。

ところがRareがMicrosoftに買収され、Donkey Kongを使った企画としては続けられなくなります。

RareはXbox向けに企画を再構築しました。

ここで重要なのは、Musgrave氏がXbox版の試作はほぼ一から作ったと説明していることです。コードや素材をそのまま移したとは言えません。

企画はやがてRare自身の『Sabreman』IPを使う『Sabreman Stampede』へ変化。さらにトラック型レースから、動物を育てるオープンワールド寄りのゲームへ広がっていきました。

しかし、その『Sabreman Stampede』も開発がまとまらず、最終的に発売されませんでした。

発売中止 → 別IPへ再構築 → その再構築版も中止

「中止後のその後」を追った先に、もう一度中止が待っていた珍しいケースです。


2007年版『スプリンターセル コンヴィクション』(Splinter Cell: Conviction)――全面リブートしても、本当に「全部捨てた」わけではなかった

『Splinter Cell: Conviction』は2010年に発売されましたが、その約3年前に公開されていたゲームは、完成版とはかなり違うものでした。

2007年版では、サム・フィッシャーが人混みへ紛れ、周囲にある物を即興で利用しながら追跡をかわすような方向が強く打ち出されていました。

Ubisoft Montrealは、このために群衆やオブジェクトとの複雑な相互作用を含む新しい仕組みを作り込んでいました。

ところが開発を進めるうち、旧版はコンセプトとしては興味深くても、完全なゲーム体験として成立させにくいことが問題になります。従来の『Splinter Cell』から離れすぎているという懸念もあり、2008年に開発は大きく仕切り直されました。

ここだけ聞くと、それまで作ったものを全部捨てたように思えます。しかし開発者Maxime Beland氏は、旧版からできるだけ使えるものを残そうとしたと説明しています。

最終版へ持ち越されたことが確認できるのは、動的な環境を実現するための技術やツール、一部のアート素材、一部のレベル素材です。

つまり、ゲームデザインは大幅にやり直した。けれど、過去の開発成果が完全にゼロになったわけではない。「一から作り直した」という言葉の難しさを具体的に示す事例です。


Ubisoftの未発売『Driver』系企画――『Driver』が『ウォッチドッグス』(Watch Dogs)になったのではない

『Watch Dogs』の前身として、しばしば「中止された『Driver』がそのまま別IPになった」と説明されることがあります。しかし、Ubisoft幹部Laurent Detoc氏はこの言い方を明確に否定しています。

Ubisoftでは当時、『Driver』ブランドの流れにあるドライビングゲーム企画を進めていました。ところが会社側は「この方向のドライビングゲームではない」と判断し、企画を中止。チームは別の方向から新しいプロジェクトを立ち上げます。

その新企画が後の『ウォッチドッグス』(Watch Dogs)です。ただしゼロから完全に無関係だったわけでもありません。Detoc氏によれば、中止企画で進めていたドライビングエンジン開発の一部は『ウォッチドッグス』で再利用されたといいます。

「ゲーム全体が別作品になった」ではなく、「中止した企画から使える技術だけを持っていった」。この違いは発売中止ゲームを追跡するうえで重要です。


『FINAL FANTASY Agito XIII』――携帯電話企画を一度止め、PSPへ移して『FINAL FANTASY 零式』になった

『FINAL FANTASY 零式』は、最初からPSP向けに『零式』という名前で始まった作品ではありません。

2006年、スクウェア・エニックスは『FINAL FANTASY Agito XIII』を正式発表しました。このときの対応機種は携帯電話です。

田畑端氏と石元丈晴氏は後年のインタビューで、最初はiモード向け企画だったこと、一度プロジェクトを休止し、ハードを変更したことを振り返っています。

2008年にはPSP版『Agito XIII』が正式発表され、2011年にはタイトルも『FINAL FANTASY Agito XIII』→『FINAL FANTASY 零式』へ変更されました。

スクウェア・エニックスは、開発を重ねるうちに『FINAL FANTASY XIII』とは別方向へ大きく進化し、単なるXIII派生ではなく新しいシリーズの出発点にしたかったと説明しています。

つまり、携帯電話向けAgito XIII → いったん休止 → PSPへ移行・再構築 → 零式へ改題という流れです。

さらに田畑氏は2013年、スマートフォン向け『FINAL FANTASY AGITO』を作る際、昔の携帯電話版『Agito XIII』でやろうとしていたことを改めて盛り込んだと説明しています。

本流はPSPへ移って『零式』になり、携帯電話時代に考えていた一部のアイデアは別ルートでも拾い直された。かなり複雑な継承例です。


『Prince of Persia: Assassins』――『プリンス・オブ・ペルシャ』として始まった企画が『アサシン クリード』へ独立

現在ではUbisoftを代表するシリーズの一つになった『アサシン クリード』も、最初から独立した新規IPとして始まったわけではありません。

初代『アサシン クリード』のクリエイティブディレクターPatrice Désilets氏によれば、『Prince of Persia: The Sands of Time』を終えたあと、Ubisoftから与えられた仕事は次世代機向けの新しい『Prince of Persia』を考えることでした。

ところがDésilets氏は、「王子」を新しいアクションゲームの主人公として動かすことに難しさを感じ、歴史上の暗殺教団を調べながら「王子を守る暗殺者」という方向へ企画を広げていきました。

Désilets氏は後年、開発の最初の約2年間は『Prince of Persia: Assassins』と呼ばれていたと説明しています。

開発途中まで実際に『Prince of Persia』の作品として進められ、そこからシリーズの枠を離れて独立IPへ変化。最終的に2007年、『Assassin's Creed(アサシン クリード)』として発売されました。


『Rainbow Six Patriots』――企画は作り直し、一部の技術基盤だけが『レインボーシックス シージ』へ

2011年に発表された『Tom Clancy's Rainbow Six Patriots』は、最終的に発売されませんでした。Ubisoft側は後年、公開していたバージョンが会社の求める品質に達しておらず、開発をやり直す必要があったと説明しています。

その後に登場したのが『レインボーシックス シージ』(Tom Clancy's Rainbow Six Siege)です。ただし、「Patriotsが名前を変えてSiegeになった」と考えるのは正確ではありません。

『レインボーシックス シージ』のクリエイティブディレクターXavier Marquis氏によれば、新しいチームはPatriotsで作られていたエンジンの基礎、ナビゲーション、コントローラー周辺など一部の技術基盤を再利用できました。

一方、ゲームデザインや作品の中心は新しく構築されています。ここで残ったのは作品そのものというより、前の開発で整備した技術の土台です。

『Driver』系企画から『ウォッチドッグス』への流れと同様、「技術継承」と「作品継承」を分ける必要がよく分かります。


『Rayman 4』――Wiiの操作実験を続けた結果、『ラビッツ・パーティー』(Rayman Raving Rabbids)へ姿を変えた

『ラビッツ・パーティー』(Rayman Raving Rabbids)は、最初から大量のミニゲームを遊ぶ作品として企画されたわけではありません。

UbisoftのLoic Gounon氏は後年、開発の出発点について、もともと「Rayman 4」と呼ばれるRaymanプロジェクトがあったと説明しています。

2006年春の段階では、一人用のアクションアドベンチャーとして語られており、Rabbidsは敵キャラクターとして存在していました。

転機になったのがWiiです。開発チームは新しいコントローラーで何ができるのかを試し、その結果、ゲームは従来型のアクションアドベンチャーからWiiリモコンを使ったさまざまな遊びを中心とする形へ大きく変化していきました。

最終的に2006年、『Rayman Raving Rabbids』として海外で発売され、日本ではWii用『ラビッツ・パーティー』として発売されます。

より実態に近いのは、『Rayman 4』として進んでいた同じプロジェクトが、Wiiという新しい入力装置を試すうちにゲームの形そのものを変えていったという流れです。

そこで前面に出たRabbidsは、その後Raymanから独立して一つのシリーズへ成長しました。


『メトロイドプライム4』旧開発版――任天堂が「最初からやり直す」と公表し、6年後に完成

2019年1月、任天堂は開発中だった『メトロイドプライム4』について、当時の進捗がシリーズ続編として求める品質に届いていないとして、開発体制を変更し、最初から作り直すと公表しました。

新たにRetro Studiosが開発へ加わり、田邊賢輔プロデューサーのもとでプロジェクトを再始動します。

旧開発版のゲーム内容やコードがどこまで残ったかについて、任天堂は継承を明言していません。そのため、「中止版の素材が後の製品へ流用された」とは扱いません。

追えるのは、2017年に発表された『メトロイドプライム4』というプロジェクトが、一度開発版を捨てて最初からやり直し、最終的に『メトロイドプライム4 ビヨンド』として2025年12月4日に発売されたという流れです。

ゲーム全体が発売中止になった例ではなく、開発途中のバージョンを公式に破棄・再始動した現代的な境界事例です。


『仁王』――12年間作り続けたのではない。二度開発を止め、RPGからアクションへ作り直して完成した

2017年に発売された『仁王』は、2005年の正式発表から発売まで約12年を要した作品として知られています。

ただし、「12年間ずっと同じゲームを作り続けていた」と考えると実態から外れます。

発売時の開発陣インタビューで、シブサワ・コウ氏、鯉沼久史氏、早矢仕洋介氏らは、その期間に二度の大きな開発中断があったことを明かしています。

最初の『仁王』はPlayStation 3世代を見据えたRPGで、パーティーを率いて大規模な合戦へ入っていく構想でした。しかし戦場の速度とRPGのテンポがうまく噛み合わず、約2年の試行錯誤の末にいったん開発を止めます。

その後も別の方向で再開と中断を経験し、最終的にはTeam NINJAの強みを生かしたアクションRPGへ大きく作り直されました。

同じタイトルを12年間磨き続けたというより、何度も方向を捨てて再構築し、最後に現在知られる『仁王』へ到達したケースです。


『Twelve Tales: Conker 64』――「発売中止」ではなく大改造。子ども向け企画が『Conker's Bad Fur Day』へ

『Conker's Bad Fur Day』には、その前に大きく姿の違うNINTENDO64版がありました。『Conker's Quest』、のちの『Twelve Tales: Conker 64』です。

当初は、カラフルな世界を冒険するファミリー向けの3Dプラットフォームゲームとして発表されていました。しかし発売は何度も延び、長く表舞台から消えたため、「中止されたのではないか」という噂まで広がります。

ここは言葉を分ける必要があります。2000年4月、Rareは当時の噂に対して「中止されていない」と明言し、フルチームで開発を続けている一方、何度か大きな作り直しを行い、その時点の変更が最も大きいものだと説明していました。

元RareのシニアソフトウェアエンジニアChris Marlow氏も後年、約2年半『Twelve Tales』を作ったあとE3会場で他のカラフルな3Dゲームを見て、このままでは埋もれると感じた経緯を振り返っています。

Rareへ戻ったあと、Chris Seavor氏がデザインへ加わり、従来のかわいらしい方向から急旋回。武器やブラックユーモアを押し出す実験が進み、最終的に2001年の『Conker's Bad Fur Day』へたどり着きました。

つまり、これは「『Twelve Tales』を正式に発売中止し、別のゲームを一から始めた」と書くと正確ではありません。

より近いのは、同じConkerプロジェクトの旧開発版を大幅に捨て、タイトルも作風もゲーム内容も作り変えて完成させたという流れです。

この記事では、正式な発売中止作だけでなく「予定どおりの形では出なかった旧開発版」も区別して扱っています。『Twelve Tales』は、その境界を説明するのにちょうどいい事例です。


『Fluff's Epic Yarn』――新規IPとして承認・試作後、『毛糸のカービィ』へ生まれ変わった

Wii『毛糸のカービィ』も、最初からカービィ作品として始まったゲームではありません。

任天堂の「社長が訊く」で、Good-Feelの開発陣は、当初『Fluff's Epic Yarn』という完全新規タイトルを制作していたと明かしています。主人公はFluff。毛糸と布でできた世界や、毛糸ならではの仕掛けはこの段階ですでに企画の中心にありました。

企画は任天堂へ提案されて正式に承認され、約3か月をかけて試作も作られています。つまり、アイデアメモだけで消えた企画ではありません。

しかし、その後ゲームとしての方向性に行き詰まります。毛糸の仕掛け自体は面白いのに、アクションゲームとしての緊張感や難易度をどう作るかが定まらず、スタッフは長く迷走していました。ディレクターの瀬井健一氏は、当時は「いつ中止になってもおかしくない」ほど追い詰められていた趣旨を振り返っています。

そこで2009年夏、任天堂側から「カービィにしてはどうか」という提案が出ます。

この変更で旧企画がすべて消えたわけではありません。毛糸と布の世界、毛糸を使った仕掛け、そしてFluff自身もフラッフ王子として完成版へ残りました。HAL研究所側も、カービィへ変わる前の開発途中版を実際に見せてもらったと説明しています。

一方、既存IPを載せただけの単純なキャラクター差し替えでもありません。カービィとして成立させるためのデザイン調整やゲーム全体の再検討が行われ、完成版は『毛糸のカービィ』として2010年に発売されました。

このケースは正式発表済みタイトルの「発売中止」ではなく、社内で承認され試作まで進んだ新規IP版が開発途中で役目を終え、その世界と仕組みを既存IPへ受け渡した境界事例です。

元主人公まで別の役割で残ったため、「ゲームの土台だけが流用された」より一段具体的に継承を追える例でもあります。


『コロコロカービィ2』――カービィを外して『Roll-O-Rama』になったが、それも発売されなかった

2001年のSpace Worldで、任天堂はGameCubeとゲームボーイアドバンスを連動させる『コロコロカービィ2』(Kirby Tilt 'n' Tumble 2)を公開しました。

これは名前だけの企画ではありません。宮本茂氏がステージ上で実演し、会場では実際に遊べる試作版も展示されています。GBAに傾きセンサー付きカートリッジを挿してGameCubeへ接続し、GBAそのものを傾けてテレビ画面上のカービィを転がす仕組みでした。

当時は日本で2002年5月発売予定とまで案内されています。

しかし、翌2002年のE3で同じ仕組みは別の姿になっていました。タイトルは『Roll-O-Rama』。カービィは姿を消し、プレイヤーが転がすのは普通のボールへ変更されています。

GameSpotも当時、『Roll-O-Rama』はもともと『Kirby Tilt 'n' Tumble 2』として開発されていた作品と明記しています。GBAを傾きセンサー付きコントローラーとして使い、テレビ画面とGBA画面を行き来する基本的な仕組みはそのまま残っていました。

つまり一度目の変化では、ゲームを捨てたのではなく、カービィというIPを外して新規タイトルへ作り変えたことになります。

ところが『Roll-O-Rama』も最終的には発売されませんでした。

発売予定のカービィ作品 → キャラクターを外して別タイトルへ → その別タイトルも未発売という、企画が一度生き延びたあとで再び消えた二段階のケースです。


『Wind Waker 2』――『風のタクト』の素材で始まり、『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』へ生まれ変わった

『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』の前には、『風のタクト』の続編として進められていた企画がありました。

その開発名が『Wind Waker 2』です。

この名前と経緯は、2007年のGame Developers Conferenceで青沼英二氏自身が明かしています。青沼氏によれば、チームは『風のタクト』の素材を利用し、新しい遊びを作るプロジェクトを開始し、それを『Wind Waker 2』と呼んでいました。

ところが『風のタクト』のトゥーン表現は、特に北米で年齢の低い作品という印象を与えているのではないか、という懸念が強まります。

青沼氏は2003年末、宮本茂氏へ「リアルなゼルダを作りたい」と提案しました。

宮本氏は、まず『風のタクト』のエンジンを使って、リアルな環境で馬上から敵を攻撃する感触を試すよう助言します。チームは方向転換を受け入れ、数か月後にはE3 2004で公開されたリアル路線のゼルダへ進んでいました。

青沼氏はこの流れを、『Wind Waker 2』が最終的に『Twilight Princess』として「reborn(生まれ変わった)」と表現しています。

したがって「発売予定だった『Wind Waker 2』を一度正式中止し、別チームが『トワイライトプリンセス』を一から作った」と説明するのは違います。

より正確なのは、『風のタクト』続編として進めていた同じ開発ラインが、素材とチームを引き継ぎながら方向性を大転換し、『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』へ変化したという経路です。


DS『ミステリールーム』――主人公も機種も変え、『レイトンブラザーズ・ミステリールーム』として発売

2012年にiOSで発売された『レイトンブラザーズ・ミステリールーム』には、その前にニンテンドーDS向けとして発表されていた別の姿があります。

2009年の「LEVEL5 VISION 2009」で公開された『ミステリールーム』です。

当時はレベルファイブの「アタマニア」シリーズ第3弾。原作を持たない完全オリジナル作品として、アメリカの「ブルースター探偵社」に所属するポッチョとスライという2人の探偵が、最終調査室――ミステリールームに持ち込まれた未解決事件を資料だけで推理する内容でした。

対応機種はニンテンドーDS、発売予定は2010年。その後2010年のイベントでもDS作品として紹介され、2011年春予定まで延期されています。

ところが2011年10月、企画は大きく姿を変えて再登場しました。

LEVEL5 WORLD 2011で発表されたのは、iOS向け『レイトンブラザーズ・ミステリールーム』。主人公はポッチョとスライではなく、レイトン教授の息子アルフェンディ・レイトンと見習い分析官ルーシー・クレイラへ変更されています。

当時の試遊記事は、これを「これまでニンテンドーDS向けに発表されていた『ミステリールーム』を大胆に変更したゲーム」とはっきり説明しています。ファミ通も、前年まで発表されていた『ミステリールーム』を『レイトン』シリーズとして生まれ変わらせた作品だと報じました。

全部が別物になったわけでもありません。

事件現場へ直接出向くのではなく、ミステリールームへ集められた資料を調べ、観察と推理によって事件を解くという中心構造は残りました。タイトルに「ミステリールーム」という名前そのものも残っています。

そして2012年9月21日、レベルファイブ初のiOS対応作品として正式発売されました。

つまりこれは、DS用の新規IPとして作っていた推理ゲームが、機種をスマートフォンへ移し、主人公とシリーズの所属まで『レイトン教授』へ組み替えながら、ゲームの核を残して商品化されたケースです。


『イナズマイレブン アレスの天秤』――二度の改題と開発再始動を経て『英雄たちのヴィクトリーロード』へ

2025年11月に発売された『イナズマイレブン 英雄たちのヴィクトリーロード』は、発表から完成までの変化を追うと、単なる長期延期では片づけられない作品です。

出発点は『イナズマイレブン アレスの天秤』でした。レベルファイブは2016年からクロスメディア新作として展開を始め、ゲーム版も正式に企画。2018年にはNintendo Switch、PlayStation 4、iOS、Android向けとして発売時期の変更を公式発表しています。

ところがゲーム開発は大きく難航しました。

2019年9月、日野晃博氏は開発体制の変更とともに、タイトルを『イナズマイレブン アレスの天秤』から『イナズマイレブン 英雄たちのグレートロード』へ変更すると発表します。

この段階では、『アレスの天秤』のドラマを土台にしつつ、過去シリーズのキャラクターも加える方向が示されていました。

しかし、これでも完成には届きません。

2020年4月、日野氏は開発上の問題で制作が難航し、大幅な遅れが出たことを説明。別作品で整備したエンジンと開発システムを進化させ、あらためて開発を再開する方針を示しました。この時点では新主人公・笹波雲明が登場し、円堂守、松風天馬、稲森明日人ら複数世代の人物を絡める新しい構成が考えられていました。

そして2022年、企画はもう一度大きく変わります。

正式タイトルは『英雄たちのグレートロード』から『英雄たちのヴィクトリーロード』へ再変更。同時に日野氏は、メインストーリーを過去作と直接つながるパラレルワールドではなく、笹波雲明を主人公とする完全新規の舞台・キャラクターで作ることにしたと説明しました。

歴代キャラクターを集める構想は消えたわけではありません。こちらはメインストーリーから切り離し、「クロニクルモード」という別モードへ整理されています。

さらに2023年には、物語の時代を初代『イナズマイレブン』から25年後へ設定。試合システムも開発中に何度も見直され、2023年8月には日野氏自身が「試合システムを一新」したことを開発ブログで説明しています。

最終的に『イナズマイレブン 英雄たちのヴィクトリーロード』は、Nintendo Switch、PlayStation 5、PlayStation 4、Xbox Series X|S、Steamなどで2025年11月14日に発売されました。

ここで注意したいのは、2018年に作っていた『アレスの天秤』のゲーム内容が、そのまま名前だけを変えて発売されたわけではないことです。

確認できるのは、

『アレスの天秤』→『英雄たちのグレートロード』→『英雄たちのヴィクトリーロード』

と同じ長期開発プロジェクトが続く一方で、開発体制、エンジン、主人公、時代設定、物語構造、ゲームシステムまで何度も作り直されたという流れです。

一度中止を宣言して別企画を立ち上げた例ではありません。むしろ、発売できない状態の企画を何度も解体・再構築しながら、8年以上かけてようやく完成させた境界事例として見るのが近いでしょう。


『Lily Bergamo』――世界も主人公も消えたが、『LET IT DIE』へ一部アセットと非同期設計が残った

2013年に発表されたPlayStation 4向け『Lily Bergamo』は、グラスホッパー・マニファクチュアとガンホー・オンライン・エンターテイメントが進めていたアクションゲームです。

ところが翌2014年のE3で、その名前は消えました。

代わって発表されたのが『LET IT DIE』です。

ここだけを見ると、「Lily Bergamoを中止して、別の新作を作った」ようにも見えます。

しかし須田剛一氏は2014年のインタビューで、両者の開発上のつながりをかなり具体的に説明しています。

開発中に考えていた重要な仕組みの一つが、プレイヤーが死亡すると、そのプレイヤーデータが敵データになって他者のゲームへ現れるという非同期要素でした。

須田氏によれば、その仕組みを軸に企画を考え直すうち、ゲームは『Lily Bergamo』から『LET IT DIE』へ「進化」していき、2013年12月ごろには正式に『LET IT DIE』へ切り替わったといいます。

一方、残らなかったものも非常に多くあります。

女性主人公、当時公開されていたコンセプトアート、赤い扉、舞台となる世界について尋ねられた須田氏は、環境と世界を完全に切り替えたため、それらはなくなったと説明しています。物語も変更されました。

それでも「全部捨てた」わけではありません。

同じインタビューで須田氏は、『Lily Bergamo』のアセットやビジュアルの多くを『LET IT DIE』で再利用しているとも明言し、『LET IT DIE』を『Lily Bergamo』の進化形と表現しています。

ガンホー側も当時、『Lily Bergamo』として考えていた「super action game」を突き詰めた結果、『LET IT DIE』へ昇華したという説明をしています。

『LET IT DIE』は2016年12月3日に北米・欧州で配信開始し、日本では2017年2月2日に正式配信されました。

したがって、このケースを「『Lily Bergamo』が名前だけ変わって発売された」とするのは正確ではありません。

主人公、世界観、物語を大きく捨てながら、開発中に見つけた非同期システムと一部のアセット・ビジュアルを残し、別の作品へ作り変えたケースです。


『Overstrike』――4人協力の核を残し、武器と世界を作り直して『Fuse』へ

2011年のE3で発表された『Overstrike』は、Insomniac GamesがElectronic Artsと進めていたPlayStation 3/Xbox 360向けの新規IPでした。

公開映像では、個性的な4人のエージェントが特殊能力を組み合わせる、軽妙な雰囲気の協力アクションとして紹介されています。

ところが、その名前のゲームは発売されませんでした。

2012年、Insomniacはプロジェクトを『Fuse』として再発表します。

これはタイトルロゴだけを差し替えた変更ではありません。

InsomniacのTed Price氏によると、『Overstrike』段階では4人の支援能力を組み合わせ、ステルス的に協力する方向が強かったものの、実際に遊ぶと武器の手応えや衝撃が不足し、チームが求める「楽しさの中心」を見つけられていませんでした。

そこで開発チームは、異星物質「Fuse」と、それを応用した強力な武器をゲーム全体の核へ据え直します。

クリエイティブディレクターのBrian Allgeier氏も、開発を進めるなかで「Fuse」という物質の可能性を掘り下げ、それが物語とゲームの中心になったため、タイトルも『Fuse』の方が適切になったと説明しています。

一方、すべてが別物になったわけでもありません。

4人のチームで戦う協力ゲームという根本、主要キャラクターの系譜、ステルスの名残などは完成版にも残りました。Price氏自身、見た目の変化は大きくても、Insomniacの過去IPと比べれば『Fuse』はむしろ「変更が少ない側」だったと振り返っています。

完成した『Fuse』は2013年5月、PlayStation 3とXbox 360で発売されました。

したがってこれは、発表済みの『Overstrike』を中止して無関係な新作を作ったのではなく、同じ開発ラインで「何が面白いのか」を探し直し、遊びの中心・世界観・トーンを大きく再構築して『Fuse』へ変えたケースです。

正式な「発売中止」発表を挟んだ作品ではないため、この記事でも「発表された形では出なかった境界事例」として区別します。


2D版『Rayman 2』――横スクロール続編を中止して3Dへ転換、旧版の1ステージは完成版に残った

1999年に発売された『Rayman 2: The Great Escape』は、最初から3Dゲームとして始まったわけではありません。

初期の『Rayman 2』は、前作に近い2D横スクロール作品としてPlayStationやセガサターン向けに開発されていました。

当時の雑誌には画面写真も掲載され、1996年中の発売予定まで報じられています。前作のような2Dアクションを土台にしながら、手前と奥のレイヤーを行き来する仕掛けなど、新しい遊びも試されていました。

しかし、その2D版は完成しませんでした。

シリーズのプロデューサーを務めたPauline Jacquey氏の回顧では、開発チームが1996年のE3で『クラッシュ・バンディクー』を見て、3Dプラットフォームゲームの可能性を強く意識したことが方向転換のきっかけになったとされています。

近年の開発者回顧でも、もともとは再び2Dプラットフォームゲームとして進んでいた『Rayman 2』が、3Dゲームの台頭を受けて方向を変えたことが語られています。

こうして2D版は中止され、最終的な『Rayman 2』はフル3Dの作品として作り直されました。

ここだけなら「旧版を捨てて新しく作った」例です。

ところが、2D版は完全には消えていません。

PlayStation版の完成版『Rayman 2』には、中止された2D版から持ち込まれたプレイ可能な1ステージが隠しボーナスとして収録されています。

720個のYellow Lumを集めてゲームをクリアすると遊べるこのステージでは、旧版の2Dアクション、手前と奥を行き来する仕掛け、初期段階のロボット系敵キャラクターなどを実際に確認できます。

つまり2D版『Rayman 2』は、完成作へそのまま改題されたわけでも、旧プログラム全体が3D版へ移植されたわけでもありません。

2D続編としての開発ラインは中止し、ゲーム全体を3Dへ作り直した一方、その旧版の一部を完成商品の中へ“遊べる開発史”として残したケースです。

同じ『Rayman』でも、この記事ですでに扱っているSNES版初代『Rayman』や『Rayman 4』とは別の開発企画です。


作品は消えても、システム・物語・思想が残ったゲーム

ここからは、元のゲームと後の作品を一本の線で結びにくいケースです。ゲームそのものは復活せず、別タイトルとして完成したとも言えない。それでも、そこで生まれたシステム、キャラクター、設定、技術、あるいは開発チームの経験だけが別の作品へ残ることがあります。

今回の調査で特に面白かったのは、この“部品単位の継承”でした。作品名が消えても、開発の成果まで全部消えるとは限りません。


未発売の『星のカービィ』3企画――4人同時プレイやスーパー能力が『星のカービィ Wii』へ

『星のカービィ64』のあと、据置機向けのカービィ新作はなかなか発売されませんでした。

しかしHAL研究所が何も作っていなかったわけではありません。

任天堂の開発者対談では、その間に三つの企画を作っては完成に至らなかったことが明かされています。

最初の企画は、4人で同時に遊べるカービィ。

次は、3D空間を自由に動き回るカービィ。

三つ目は、アニメーションや飛び出す絵本のような見せ方を使った作品でした。

そして4度目の挑戦として完成したのが、Wiiの『星のカービィ Wii』です。

重要なのは、完成版を作るときに「過去3企画で作ったものの中から何を使うか」を実際に検討したと開発者が話している点です。

最初の企画にあった4人同時プレイは完成版で実現。

三つ目の企画段階から仕様にあった「スーパー能力」も『星のカービィ Wii』へ入りました。

11年近くの間に消えていった三つの企画は、完全な無駄ではありませんでした。

完成しなかった3本の試行錯誤が、4本目の完成作へ具体的な機能として積み重なった

ことが、メーカー自身の証言で確認できます。

今回の100件の中でも、この企画全体を象徴するようなケースです。


未発売版『Fallout 3』の開発コード名『Van Buren』――何年も後の『Fallout: New Vegas』へ散らばった

Black Isle Studiosが開発していた未発売版『Fallout 3』は、開発コード名『Van Buren』として知られています。作品は完成しないまま開発を終えました。

しかも「ほとんど完成していたゲーム」ではありません。

後年、Tim Cain氏やJosh Sawyer氏は、当時の状態から満足できる製品にするには、まだかなりの期間が必要だったと振り返っています。

ところが作品自体が消えても、そこで作られたアイデアの一部は残りました。

Chris Avellone氏は、後年『Fallout: New Vegas』やDLCへ引き継がれた要素を具体的に挙げています。

たとえばPowder Gangers。

Caesar's Legion。

Denver周辺の設定。

Hoover Dam。

Van Burenの「Hanged Man」から大きく変化して生まれたJoshua Graham。

Boulder Domeから『Fallout: New Vegas - Old World Blues』のBig MTへつながる発想。

ElijahやChristine、Stealth Boyを使い続けたNightkinの精神状態なども、Van Buren時代の案と関係しています。

ここで大切なのは、

『Fallout: New Vegas』が『Van Buren』の完成版ではない

ということです。

むしろ面白いのは逆です。

一つの未発売ゲームとしては消滅したのに、その構成要素が何年も後、別々の場所へ散らばって現れた。

作品単位ではなく、

派閥、人物、場所、設定、ゲーム内の問題意識

という小さな単位で生き残ったケースです。


Blizzardの開発コード名『Project Titan』――MMOは失敗したが、そのチームと技術が『オーバーウォッチ』へ

Blizzardの開発コード名『Project Titan』は、大規模MMOとして長年開発されていた未発表プロジェクトです。

のちにJeff Kaplan氏は、アート、エンジニアリング、ゲームデザイン、リーダーシップまで含め、さまざまな面でうまくいかなかったプロジェクトだったと振り返っています。

Titanそのものは中止されました。

しかし、そこから新しく編成されたチームが『オーバーウォッチ』を作ります。

これだけなら「スタッフが同じ」という話で終わります。

Blizzardの説明が興味深いのは、もっと具体的だからです。

オーバーウォッチの開発チームは、Titan後も自分たちをMMO開発チームのように捉えていた時期があり、長期的に世界を広げていくビジョンはチームの“DNA”に残っていたと説明されています。

さらに、技術面でもTitan用に作っていたエンジンやツールの一部を組み直し、オーバーウォッチへ使ったとBlizzard自身が明かしています。

Titanは、

ゲームとしては世に出なかった
一方で、
開発チーム、長期ビジョン、技術基盤の一部は次の作品へ残った

ことになります。

「未発売ゲームの遺産」を、作品の見た目だけで探してはいけない理由がよく分かる例です。


『BIOHAZARD 1.5』――「一から作り直した」ゲームにも、音楽はかなり残った

発売前の『BIOHAZARD 2』には、現在の完成版とは大きく異なるバージョンがありました。

後に『BIOHAZARD 1.5』と呼ばれるものです。

開発はかなり進んでいましたが、三上真司氏らは出来に満足できず、大幅な作り直しを決断します。

開発史ではしばしば「一から作り直した」と表現されます。

ここで面白いのが音楽です。

作曲を担当した上田雅美氏は、1.5用に作っていた曲について、完成版『BIOHAZARD 2』でも「ほぼ全部再利用できた」と振り返っています。

さらに、のちにHUNKの場面で使われた曲が、もともとは1.5の崩壊した研究所向けだったことまで語っています。

主人公Leonの基本的な設定も、形を変えながら残りました。

ここで分かるのは、

ゲームを大幅に作り直した
ことと、
前のバージョンから何も残らなかった
ことは同じではありません。

映像やステージ、ゲーム構造を大きく捨てても、音楽や人物設定の一部は生き残る。

このプロジェクトで「作品単位ではなく要素単位で継承を見る」必要性を強く感じたケースです。


『Warcraft Adventures: Lord of the Clans』――ゲームは中止、スロールと物語は別の形で残った

Blizzardは1990年代後半、ポイント&クリック型アドベンチャー『Warcraft Adventures: Lord of the Clans』を制作していました。

しかし1年以上の開発を経たあと、作品の出来が自社の基準に達していないとして中止します。

ゲームそのものは発売されませんでした。

それでも、そこで生まれたものは残りました。

Samwise Didier氏は後年、この企画からスロールというキャラクターが生まれ、「彼を『Warcraft III』に入れよう」となった経緯を振り返っています。

さらにChris Metzen氏の開発ノートは作家Christie Goldenへ渡り、小説『Lord of the Clans』へ再構成されました。

その結果、

中止ゲームの主人公と物語が、まず小説へ移り、その後シリーズ本編の重要人物へなった

ことになります。

これは「ゲームの内容を別ゲームへ流用した」と言うより、

キャラクターと物語だけが媒体を越えて生き延びた

例です。


『StarCraft: Ghost』――物語は非正史になったが、主人公ノヴァは生き残った

『StarCraft: Ghost』は、2002年に発表された家庭用ゲーム機向けのアクション作品です。

主人公はゴースト工作員Nova Terra。開発会社の変更を挟みながら制作は続きましたが、長期化するうちに旧世代機の市場が終わりへ向かいました。

BlizzardのMike Morhaime氏は、当時の競合作に対して十分な水準へ届かず、次世代機で一からやり直すにはさらに大きなリソースが必要だったため、PC作品へ人員を集中して『Ghost』を保留にした経緯を説明しています。

2013年時点ではBlizzardが「正式には中止していない」と説明していましたが、2014年にはMorhaime氏自身が「StarCraft: Ghostを中止したとき」と振り返っています。

そして、この作品には重要な線引きがあります。

Blizzardの公式Creative Development Q&Aは、『StarCraft: Ghost』は発売されなかったため、そこで描かれる予定だった物語は正史ではないと明言しています。

そのため、「『Ghost』のストーリーがそのまま『StarCraft II』へ受け継がれた」とは扱えません。

一方で、主人公ノヴァは消えませんでした。

『StarCraft II』に登場し、2016年にはノヴァ自身を主役にした全9ミッションの『Nova Covert Ops(ノヴァ・コバート・オプス)』が展開されています。

『Nova Covert Ops』は『Ghost』の完成版でも、リメイクでもありません。

発売中止作の物語は正史から外れた。しかし、そのために主人公として作られたノヴァというキャラクターは正式シリーズへ定着した。

中止ゲームの「何が残ったのか」を見るとき、キャラクターの継承と物語の継承を同じものとして扱わないための重要な例です。


未発売企画『Tomb Raider: Ascension』――ホラーゲームにはならなかったが、「サバイバル」は残った

2013年版『トゥームレイダー』へ至る開発途中には、未発売企画『Tomb Raider: Ascension』がありました。

公開された映像を見ると、完成版よりかなりホラー寄りです。

不気味な怪物や暗い雰囲気など、最終製品とは違う方向を試しています。

そのため、

「Ascensionがそのまま2013年版になった」

とは言えません。

一方で、スクウェア・エニックス/Crystal Dynamicsの周年企画では、Ascensionを試す中で、

「サバイバルという視点からLara Croftのオリジンストーリーを描く」

方向へチームがたどり着いたことが説明されています。

ここで残ったのは怪物やステージではありません。

企画の核となる問いです。

「若いLaraが極限状態で生き残る物語にする」という方向性が、その後のリブート版を形作りました。

中止企画から残るものは、目に見えるアセットとは限らない。

作品をどう作るかという設計思想だけが残ることもある

という例です。


Arkaneの未発売『Half-Life』企画『Ravenholm』――開発経験がスタジオの「学校」になった

Arkane StudiosがValveと制作していた『Ravenholm』は、『Half-Life 2』の世界を舞台にした未発売企画です。

Raphaël Colantonio氏によると、アルファ段階では最初から最後まで遊べる状態まで進んでいました。

しかし完成までにはさらに半年以上が必要で、当時のエピソード型ビジネスの時間・費用条件には合わず、中止になります。

ここまでなら、「かなり進んでいたのに消えたゲーム」です。

ところがColantonio氏は後年、このプロジェクトをArkaneにとっての「学校」だったと表現しました。

特にViktor Antonov氏との仕事を通じて、

アートをどう考えるか。
レベルをどう作るか。
建築をどうゲーム空間へ落とし込むか。

そうしたものを学んだことが、後のArkaneにとって決定的だったと振り返っています。

『Ravenholm』のマップがそのまま『Dishonored』に使われたわけではありません。

それでも、

一つの中止プロジェクトで得た経験が、後のスタジオそのものを形作った

という点で、非常に重要な例です。


NES版『シムシティ』(SimCity)――強い証拠はあるが、あえて「確認済み」としない

任天堂とMaxisは、Super NES版だけでなくNES版の『シムシティ』も開発していました。

1991年のCESでは実際に展示されています。

しかしNES版は発売されませんでした。

後年、試作カートリッジが発見され、Video Game History Foundationが詳しく調査しました。

すると、Super NES版の独自要素と思われていたものの多くが、NES版にもすでに存在していたことが分かります。

画面の流れ。

UIの構造。

Dr. Wrightの案内。

銀行からの融資。

季節変化やプレゼントなど、Nintendo版独自の仕組み。

このことから、NES版で設計したものがSuper NES版へつながった可能性はかなり高いと考えられます。

ただしVGHF自身も、開発順序について「100%確認できた」とはしていません。

関係者の記憶、試作コード、当時資料を組み合わせた強い推定です。

そこでこの記事でも、

継承の可能性が高い
とはしますが、
開発者が直接「NES版から流用した」と明言した事実
としては扱いません。

面白い話ほど証拠を一段強く見せたくなります。

このNES版『シムシティ』は、あえてその線を越えないための重要な事例です。


『Cabbage』――64DDの育成ゲームは消えたが、設計の経験が『nintendogs』へ残った

Nintendo 64DD向け『Cabbage』は、宮本茂氏、糸井重里氏、石原恒和氏らが関わっていた育成ゲーム企画です。

電源を切っている間も時間が進む仕組みや、携帯機との連動などが語られていましたが、結局発売には至りませんでした。

2006年、宮本氏は、糸井氏と石原氏が別の仕事で忙しくなったことに触れたうえで、『Cabbage』を作っていたときの会話や設計技法が『nintendogs』など後の仕事へつながっていると説明しています。

ここは『どうぶつの森』との関係を盛りすぎてはいけません。

似た要素はありますが、『どうぶつの森』の江口勝也氏は『Cabbage』について詳しく知らなかったと答えています。

したがって確認できるのは、

『Cabbage』そのものが別作品になったのではなく、そこで考えた設計技法が『nintendogs』へ残った

というところまでです。


『Raven Blade』――ゲームの素材ではなく、人材が『メトロイドプライム』へ残った

Retro Studiosはゲームキューブ初期にRPG『Raven Blade』を制作していました。

しかし任天堂とRetroは、『メトロイドプライム』へ人員と資源を集中する判断を下し、『Raven Blade』を中止します。

元Retro StudiosのJack Mathews氏は、このあとをかなり具体的に語っています。

中止企画から『メトロイドプライム』へ大量のアセットを使い回したわけではない。

一方で、『Raven Blade』など別チームにいた人材が合流し、非常に強力なエンジニアリングチームになったというのです。

つまり残ったのは、マップやキャラクターではありません。

そこで働いていた人と、その技術力です。

「中止ゲームの何が残ったか」を調べるとき、素材だけを探していては見落とすタイプの継承です。


『CAPCOM FIGHTING ALL STARS』――ゲームは消えたが、イングリッドだけは20年以上生き残った

カプコンは2000年代初頭、『CAPCOM FIGHTING ALL STARS』という3D対戦格闘ゲームを制作していました。

ディレクターの田邊豊寿氏によれば、約1年半開発し、イベント展示やテストも行ったものの評価が振るわず、作り直しも検討した末、複数の事情から中止されています。

ゲーム本体は復活していません。

しかし、新キャラクターの一人だったイングリッドは残りました。

後の『カプコン ファイティング ジャム』で正式に登場し、『ストリートファイターZERO3 ダブルアッパー』などにも出演。さらに2026年には『ストリートファイター6』へ参戦しています。

ただし、各作品でイングリッドの設定は同一ではありません。

確認できるのは、

中止作で生まれたキャラクターのアイデンティティが、別ゲームへ移された

という点です。

ゲーム一本が消えても、キャラクター一人だけが何十年も残ることがあります。


『Sam & Max: Freelance Police』――中止とファンの反応が、Telltale Games誕生のきっかけになった

LucasArtsの『Sam & Max: Freelance Police』は、2004年の発売を目指していたアドベンチャーゲームでした。

しかしLucasArtsは、市場環境と経済面を理由に開発中止を発表します。

その後が重要です。

Telltale Gamesの設立時資料では、『Freelance Police』の主要メンバーが新会社へ参加し、Kevin Bruner氏らは、中止後に起きたファンの大きな反応を見て「自分たちはTelltaleを始めなければならない」と感じた趣旨を語っています。

後にTelltaleは『Sam & Max』のライセンスを取得して新シリーズを作ります。

ただし、それを

『Freelance Police』が『Sam & Max: Save the World』になった

と書くのは誤りです。

Telltale側は、旧作のストーリーやキャラクターをそのまま再利用したわけではないと説明しています。

ここで残ったのは、チームと会社を作る動機でした。


『Unity』――ゲームキューブ企画は消えたが、技術と発想が『Neon』『Space Giraffe』へ

Jeff Minter氏のLlamasoftがLionheadと進めていたニンテンドーゲームキューブ向け『Unity』は、映像とゲームを融合する野心的な企画でした。

Minter氏によれば、約1年半取り組んだものの、小規模なチームには企画が巨大になりすぎ、納得できる形で完成させる見通しが立たなくなります。

ゲームは中止されました。

しかし、そこで作っていた光・映像表現やプログラム、ゲームデザインの考え方まで消えたわけではありません。

Minter氏自身が、Unityで考えたアイデアは小さなゲームへ残せると話しており、後年の開発史では、そのプログラミングや発想がXbox 360のビジュアライザー『Neon』や『Space Giraffe』へつながったことが説明されています。

製品は完成しなくても、研究開発だけは次の仕事へ持っていける。

『Unity』は、そのタイプをかなり明確に追える例です。


Free Radical版『Star Wars: Battlefront III』――完成度は争いがあるが、一部の仕事はRebellionへ渡った

Free Radical Designが開発していた『Star Wars: Battlefront III』は、未発売ゲームの中でも情報が混線しやすい作品です。

「99%完成していた」という話が有名ですが、これは確定事実として扱えません。

Free Radical側は非常に進んでいたと証言する一方、LucasArts側の関係者は完成度評価に強く反論しており、中止理由についても両者の説明は一致していません。

ただし、「その後」について一つ強く確認できることがあります。

Free RadicalのGraeme Norgate氏は、同社が作った仕事の一部がRebellionへ渡ることになったと証言しています。

Rebellionは後に『Star Wars Battlefront: Elite Squadron』を発売しました。

とはいえ、

Battlefront IIIがそのままElite Squadronになった

とは言えません。Rebellion側には並行していた携帯機企画の経緯もあり、関係はもっと複雑です。

ここでは、一部の開発成果が別チームへ渡ったところまでを確定線とします。


『Fable Legends』――本編は消えたが、元スタッフと別の関連企画は新会社で継続した

Microsoftは2016年3月、『Fable Legends』の開発終了とLionhead Studios閉鎖の協議開始を正式発表しました。

『Fable Legends』自体は発売されていません。

一方、Lionheadでは別に『Fable Fortune』というカードゲーム企画も進んでいました。

開発者によれば、もともとは『Fable Legends』のコンパニオンアプリとして提案され、その後スタンドアロン作品へ発展したものです。

Lionhead閉鎖後、元スタッフはFlaming Fowl Studiosを設立。Microsoftから『Fable』のライセンスを受け、『Fable Fortune』の開発を新会社で続け、後に発売しました。

ここも線引きが必要です。

『Fable Legends』が『Fable Fortune』へ変わったわけではありません。

本編は消えましたが、同じスタジオで進んでいた関連企画とスタッフは、新会社へ移って開発を継続しました。

「作品の後継作」ではなく、プロジェクト周辺の人と仕事が別会社で継続したケースです。


Ensemble Studiosの未発売『Halo』MMO――ゲームは消えたが、人材と開発知見は『Halo Wars』へ

『Halo』にも、発売されなかったMMO企画がありました。Ensemble Studiosで進められていたもので、後年の証言ではコードネーム「Titan」と呼ばれています。ただし、Blizzardが開発していた『Project Titan』とは別の企画です。

Ensembleの技術責任者だったDave Pottinger氏によると、MMOは一度社内で承認され、40人近いチームまで組まれていました。ところがMicrosoft側の組織再編で意思決定者が変わり、企画は中止されます。

ここで重要なのは、「Halo MMOが『Halo Wars』になった」わけではないことです。Pottinger氏が明言しているのは、MMOのために集めた人材の多くを『Halo Wars』側へ再配置し、そこで得た開発上の知見も活用できたという点です。

つまり残ったのは、マップやキャラクターではなく人と経験でした。中止作の「その後」を追うとき、完成物だけ見ていると見落としやすいタイプの継承です。


NINTENDO64期の『カービィのエアライド』――企画中断が、初代『大乱闘スマッシュブラザーズ』を優先するきっかけになった

ときには、一つの企画が止まったこと自体が、まったく別のゲームを優先して作る理由になります。

桜井政博氏は1999年の開発者インタビューで、初代『大乱闘スマッシュブラザーズ』が選ばれた経緯を説明しています。

当時、桜井氏と岩田聡氏は複数の新企画を検討し、そのうちアクションアドベンチャーと対戦格闘ゲームの2本は、実際に遊べる試作まで作っていました。最初に商品化する予定だったのは格闘ゲームではなく、アクションアドベンチャー側だったといいます。

ところが、その時期に桜井氏が別途進めていたNINTENDO64期の『カービィのエアライド』企画が中断されました。

そこで「何かを早く発売しなければならない」という事情が生まれ、より短期間で完成させられそうだった対戦格闘ゲームの試作を優先。その試作が後の『大乱闘スマッシュブラザーズ』でした。

『カービィのエアライド』が『スマブラ』になったわけではありません。確認できるのは、エアライド企画の中断が開発スケジュールを変え、別に用意されていた格闘ゲーム試作の商品化判断につながったという因果関係です。


コナミ未発売ハード向けRPG――消えた企画から『幻想水滸伝』へ残ったもの

『幻想水滸伝』の前には、コナミが自社で計画していた未発売ゲーム機向けのRPGがありました。シリーズ生みの親である村山吉隆氏が、後年のインタビューでその経緯を語っています。

当時の企画は、二つの国の戦争と、その両側に分かれた幼なじみを描くRPGでした。しかし肝心のハード計画が中止され、RPGもほかの開発企画とともに消えることになります。

村山氏はその直後、PlayStation向けRPGの制作を任されます。最初は旧RPGの前日譚にする考えもあったものの、旧企画は別のハード設計や育成要素を前提としていたため、最終的には作り直しました。

それでも何も残らなかったわけではありません。旧RPGで主人公の親友につけていた「テッド」という名前は初代『幻想水滸伝』で再利用され、二国間の戦争と幼なじみが敵味方に分かれる構図は、後の『幻想水滸伝II』へ生かされたと村山氏自身が説明しています。

ゲーム本体は消えた。それでも、名前と物語の種は別の名作へ残りました。


『Stage Debut』――発売されなかったGameCubeの顔作成企画が、WiiのMiiへ残したもの

発売されなかったゲームから残るものは、コードやキャラクターだけではありません。任天堂の『Stage Debut』は、その代表例です。

『Stage Debut』は、プレイヤー自身に似せたキャラクターを作り、画面の中で動かすことを目指したGameCube向け企画でした。『Wii Sports』の「社長が訊く」で、開発に関わった島村孝幸氏は、社内では「マネビト」と呼ばれ、展示会では『Stage Debut』の名前で紹介されていたこと、そして結局発売されなかったことを明かしています。

問題は、キャラクターを細かく作れても「作ったあと何をするのか」がゲームとしてまとまらなかったことでした。

しかし、この試行錯誤はそこで終わりません。

岩田聡氏は別の「社長が訊く」で、宮本茂氏が『Mario Artist: Talent Studio』から『Stage Debut』へ何度も「自分をゲームの中へ入れる」発想を追い続けていたからこそ、のちに別チームが作っていたニンテンドーDS用の顔作成プロトタイプを見たとき、「これは宮本さんが求めていたものだ」と気づけたと振り返っています。

その流れが、WiiのMiiへつながりました。

ただし、『Stage Debut』のプログラムやモデルがそのままMii Channelへ移された、と書くのは行き過ぎです。

確認できるのは、未発売企画で何度も試して失敗した「自分に似たキャラクターを作る」という設計思想が、別の技術・別のチームと結びつき、Wiiでようやく商品になったということです。

発売中止ゲームの「遺産」が、完成データではなく長年消えなかった発想として残る。この記事の「その後」を広げてくれる事例です。


PSP『うしろ』――ゲームは18年未発売のまま、世界観は小説・漫画へ先に生き残った

レベルファイブの『うしろ』は、「発売中止ゲーム」と一言で片づけると実態から外れる作品です。

最初に発表されたのは2008年。プレイステーション・ポータブル向けの心霊ホラーRPGとして公開されました。

しかしゲームは発売されないまま年月が過ぎます。それでも正式な「発売中止」にはならず、週刊ファミ通の発売スケジュールに長期間残り続けました。

2018年、レベルファイブの日野晃博氏は、編集部から予定表から外すか尋ねられた際にNintendo Switch用へ変更する流れになったと説明しています。

ただし、この時点でSwitch版を実際に開発していたわけではありません。日野氏は「まだ作っていない」という趣旨まで明言し、『うしろ』を自ら「ghost project」のような存在と表現しました。

一方、ゲームが止まっている間にも『うしろ』の世界そのものは先へ進んでいます。

2014年には角川ホラー文庫から小説『うしろ ふきげんな死神。』が発売。ファミ通はこれを、2008年に発表されたゲーム『うしろ』を原案とし、ゲームの世界観を踏襲する作品だと紹介しています。小説はその後も続刊しました。

さらに2015年にはWebNewtypeでコミカライズが始まり、2016年には単行本化。KADOKAWA公式でもレベルファイブが「原案・監修」と明記されています。別系統の漫画連載も行われました。

そして2026年7月。発表から18年が経っても、ゲームはまだ発売されていません。

ファミ通のインタビューで日野氏は、以前PSPからSwitchへ変更した経緯を改めて話し、今度は「Nintendo Switch 2用に変えようかな」と冗談交じりに発言。編集部も発売予定タイトルとして残し続ける流れで会話を終えています。

したがって現時点で、PSP版がSwitch版、さらにSwitch 2版へ実際に開発移行したと断定することはできません。

確認できるのは、

ゲームは18年間未発売のままなのに、そこで作られた世界観は小説と漫画へ先に展開され、IPだけがゲームより先に世へ出た

という不思議な「その後」です。


『魔界ウォーズ』――未発売作の主人公アサギが13年脇役を続け、ついに同名ゲームの主人公になった

発売されなかったゲームの主人公が、その「発売されなかった」という事実ごとキャラクター設定になってしまった。そんな珍しい例が日本一ソフトウェアの『魔界ウォーズ』とアサギです。

『魔界ウォーズ(仮称)』は、2004年にソニーが公開したPSPの発売予定タイトル一覧に、日本一ソフトウェアのシミュレーションRPGとして掲載されています。

さらに2005年には、PlayStation 3向け開発タイトル一覧にも『MAKAI WARS』の名前が載りました。

しかし、この時代の『魔界ウォーズ』は発売されませんでした。

代わりに残ったのが、主人公になる予定だったアサギです。

2018年版『魔界ウォーズ』の公式サイトは、アサギが2004年の日本一ソフトウェアの暑中見舞いで「次回作の主人公」として紹介されたこと、その後『ファントム・キングダム』『魔界戦記ディスガイア2』『ソウルクレイドル』『プリニー』シリーズなどへ出演し続けたことを、自ら「アサギ不遇の歴史」として年表化しています。

しかも出演するたび、「自分のゲームが出ない」「主人公になれない」という状況そのものがネタとして積み重なっていきました。

未発売ゲームの主人公だったはずの人物が、別作品へゲスト出演を続けるうちに、“永遠の次回作主人公”という独自のキャラクターへ変わっていったわけです。

そして2017年、日本一ソフトウェアはスマートフォン向け『魔界ウォーズ』の制作を発表。クローバーラボの『ゆるドラシル』と『魔界戦記ディスガイア』シリーズを組み合わせた新しいシミュレーションRPGとして、2018年2月15日に配信されました。

2019年、新川宗平氏は「長年形にできなかった『魔界ウォーズ』とアサギ」を何とか形にしたかったと振り返り、アサギを主人公にしたゲームを実際に世へ出せたことへの喜びを語っています。

ただし、ここは慎重に分ける必要があります。

2004~2005年に予定されていたPSP/PS3版のプログラム、シナリオ、ゲームシステムが2018年版へそのまま引き継がれたという根拠は確認できません。

直接つながっていると確実に言えるのは、タイトル『魔界ウォーズ』と、主人公になるはずだったアサギ、そして「いつかアサギを本当に主人公にする」という長年の文脈です。

つまりこれは、未発売ゲームそのものの復刻ではなく、中止・停滞によって生まれたキャラクターの13年間の歴史まで取り込み、新しい『魔界ウォーズ』として完成させたケースです。

なお2018年版はその後サービスを終了しています。日本一ソフトウェアの現行ゲーム一覧でも、2018年2月15日配信の『魔界ウォーズ』は「サービス終了」と記録されています。


『FFXV 未来への夜明け』中止3エピソード――ゲームでは出なかった物語を公式小説へ

発売中止の対象は、一本のゲーム全体とは限りません。完成したゲームの追加エピソードだけが消え、その物語が別の媒体へ移る場合もあります。

『FINAL FANTASY XV』では、本編発売後の追加展開として「FFXV 未来への夜明け」が企画されました。

予定されていたのは、アーデン、アラネア、ルナフレーナ、ノクティスをそれぞれ描く4つのエピソードです。

しかし2018年11月、スクウェア・エニックスはコンテンツ縮小に伴い、

  • Episode 外伝 アラネア「終わりの始まり」
  • Episode II ルナフレーナ「自由という選択」
  • Episode III ノクティス「最後の剣」

3本について「制作を中止」したと公式に発表しました。『エピソード アーデン』だけは開発が続けられ、2019年に配信されています。

普通なら、残り3本で描く予定だった内容はそのまま失われても不思議ではありません。

ところが開発チームは、ゲームとして出せなくなった物語を小説へ移しました。

『エピソード アーデン』開発スタッフのインタビューによれば、中止時点でアラネア編のシナリオはFIX済み、ルナフレーナ編もシナリオがほぼできており、ノクティス編も結末の大きな方向は決まっていたといいます。

さらに、開発側でまとめていたそれらのプロットを出版部経由で小説家の映島巡氏へ渡し、開発スタッフとやり取りしながら小説用に書き上げたことまで説明されています。

こうして2019年4月25日に発売されたのが、小説『FINAL FANTASY XV -The Dawn Of The Future-』です。

スクウェア・エニックス公式の商品紹介でも、アーデン、アラネア、ルナフレーナ、ノクティスの4人を軸に「『FINAL FANTASY XV』の新たな歴史」を描く作品として案内されています。

ただし、小説を「中止DLC3本を文章に起こしただけの完全移植」と考えるのは正確ではありません。ゲーム用のプロットやシナリオを土台にしながら、小説という媒体に合う形へ改めて執筆されています。

それでも、ここは継承経路がかなり明確です。

制作中止になったゲーム用エピソードのシナリオ・プロットが失われず、開発チーム監修の公式小説へ直接渡され、予定していた物語の「その後」を読める形で残った

この記事では3本を別々に水増しせず、「未来への夜明け」の中止3エピソードを一つの事例として扱います。


『Girl With a Stick(I:5)』――「面白くない」で中止、その失敗を『ラチェット&クランク』へ

『Spyro the Dragon』シリーズのあと、Insomniac Gamesはすぐに『ラチェット&クランク』を作り始めたわけではありません。

その間に、社内コード名「I:5」、通称『Girl With a Stick』と呼ばれる新規企画を進めていました。

Insomniacが後年、自社Podcast「Full Moon Show」で振り返った内容によると、何年も『Spyro』の続編を作ってきたチームは、新しいハードで新規IPに挑戦し、プラットフォームゲーム以外の作品を作ろうとしていました。

企画は「Tomb Raider meets Zelda」と表現されるような三人称アドベンチャーで、神秘的な力や複雑な格闘システムを取り入れた、当時のInsomniacとはかなり違う方向を目指していました。

しかし、最終的にこのゲームは中止されます。

理由をTed Price氏は極めて単純に振り返っています。

「面白くなかった」からです。

ここで興味深いのは、『Girl With a Stick』のキャラクターや世界を『ラチェット&クランク』へ流用した、という話ではないことです。

Price氏は後年、『Girl With a Stick』を中止し、そこで得た知識を使って『ラチェット&クランク』を作ったと説明しています。

つまり残ったのは、ゲーム内の目に見える部品ではありません。

新しいIPを作る難しさ、何を遊びの中心にすべきか、自分たちが何を得意としているのか――そうした開発経験そのものです。

完成しなかった一本を作ったからこそ、次に何を作るべきかが見えた。

発売中止ゲームから「素材」ではなく、失敗で得た知識だけが次の代表作へ持ち越されたことを、開発会社自身の回顧から追える例です。


今も明確な継承先を確認できないゲーム

ここまでの例だけを見ると、「発売中止になっても、結局は何かがどこかへ残る」と考えたくなります。しかし、そう決めつけることもできません。

100件の中には、現在まで明確な後継先や流用先を確認できない作品もあります。このグループを残すのは、似ている作品を無理につなげないためです。根拠が見つからないこと自体も、追跡の結果として扱います。


『ロックマンDASH 3』――開発中止後、公式な再開は確認できない

『ロックマンDASH 3 PROJECT』は、Nintendo 3DS向けに進められていた作品です。

特徴的だったのは、ファン参加型の「Devroom」を使い、キャラクターやアイデア募集を行いながら開発していたことでした。

さらに、完成版より先に『Prototype Version』をニンテンドーeショップで配信する計画もありました。

しかし2011年、カプコンは開発中止を正式発表します。

公式FAQでは、プロジェクトが社内の開発継続基準を満たさなかったことが説明されました。

一方で、何が決定打だったのかという細かな理由までは公表されていません。

Keiji Inafune氏の退社が原因ではない、とカプコンは明確に否定しています。

その後についても、当時のFAQでは再開予定はないとされました。

さらにDevroomで募集したユーザー投稿アイデアについては、今後のプロジェクトで使用しないと説明されています。

ただし、この最後の説明を広げすぎてはいけません。

ファンから投稿されたアイデアを使わない
ことと、
社内で作ったすべての素材・技術・経験が一切どこにも使われなかった
ことは別です。

現時点で言えるのは、

『ロックマンDASH 3』としての再開や、明確な後継先は確認できていない

というところまでです。


『Scalebound』――神谷英樹氏は今も復活を望むが、「復活決定」ではない

PlatinumGamesがマイクロソフトと開発していた『Scalebound』は、巨大なドラゴンと共闘するアクションRPGとして注目されていました。

2014年に発表され、実際のゲームプレイ映像も公開されましたが、2017年に開発中止となります。

後年、神谷英樹氏は当時を振り返り、オンライン要素の多いゲームを作る経験やUnreal Engineのノウハウが十分でなく、チーム側が困難を乗り越えきれなかったことを話しています。

この作品は、中止後も「復活するのでは」という話題が何度も出ています。

しかも2026年9月のインタビューでも、神谷氏は『Scalebound』を最後まで作りたいという気持ちをかなり強く語っています。

しかし、ここは重要な線引きがあります。

神谷氏自身も、現在のCLOVERSがすぐにそれを実行できる立場ではないことを説明しています。

現状は、

作りたいという意思はある。
しかし、
復活プロジェクトが正式に動いているとは確認できない。

「開発者が復活を希望」と「復活決定」は別です。

2026年9月12日時点では、『Scalebound』はまだ「今後どうなるか分からないゲーム」として残ります。


『Prey 2』――後に同名シリーズが復活しても、Bethesdaは「要素を使っていない」と明言

『Prey 2』は、Human Head Studiosが開発していた作品です。

2011年に発表され、異星の都市を舞台に賞金稼ぎとして活動するゲームプレイが紹介されていました。

しかし開発は停滞し、最終的にBethesdaは2014年に中止を明らかにします。

理由として同社が挙げたのは、求める品質へ到達しておらず、完成形へ向かう明確な道筋も見えなかったことでした。

その数年後、Arkane Studiosから新しい『Prey』が発売されます。

名前だけを見ると、

「中止されたPrey 2の企画が作り直されたのでは」

と考えたくなります。

しかしBethesdaのPete Hines氏は、ここをはっきり否定しています。

2017年版『Prey』には、旧『Prey 2』の要素は一つも入っていないという説明です。

もちろん同じ『Prey』というIP名は使われています。

それでも、

IPが同じことと、開発成果を継承していることは別

です。

今回の調査で、「同じシリーズだから後継作だろう」と推測してはいけないことを最も分かりやすく示した例です。


『Sonic X-treme』――後に3Dソニックが出ても、直接の系譜は確認できない

『Sonic X-treme』は、セガサターン向けに開発されていた3Dソニックです。

1990年代半ばに大きく紹介され、映像も公開されましたが、最終的に発売されませんでした。

開発は非常に混乱していました。

複数のエンジンやチームが並行し、スケジュールも厳しく、主要スタッフの健康問題まで重なっています。

そのため、単純に「○○が原因で中止」と一言でまとめるのは難しい作品です。

さらに有名なのが、NiGHTSのエンジンを使おうとした際、中裕司氏が反発して使用できなくなったという話です。

このエピソードは長く語られてきましたが、後年、中氏本人はその説明を否定しています。

中止理由そのものにも証言の食い違いがあります。

その後、ドリームキャストでは『ソニックアドベンチャー』が発売され、ソニックは本格的な3Dへ移行しました。

しかし、今回確認した資料の範囲では、

『Sonic X-treme』が『ソニックアドベンチャー』へ直接つながった

と断定できる証拠は確認できませんでした。

シリーズの次の3D作品が存在することと、中止作の開発成果がそこへ受け継がれたことは別です。

有名な未発売ゲームほど「きっと次作の原型になったはず」と考えたくなります。

『Sonic X-treme』は、その誘惑にブレーキをかけるケースです。

当時のセガサターン市場や実際に発売された国内ソフト全体については、セガサターン全ソフトTier表|国内1,057タイトルをS〜Eで評価でまとめています。


『モンスターメーカー ホーリーダガー』――雑誌で画面まで公開されたサターン新作、その後は今も追い切れない

『モンスターメーカー ホーリーダガー』は、NECインターチャネルがセガサターン向けに進めていた未発売作品です。

名前だけが発売予定表に残った企画ではありません。1998年の『セガサターンマガジン』Vol.25では164~167頁、『ドリームキャストマガジン』Vol.1では152~155頁にわたる誌面が残されています。さらに『GREAT SATURN Z』でも1998年9月号と10月号の双方で掲載が確認でき、当時かなり具体的に紹介されていた作品だったことが分かります。

保存されている当時資料では、作品はシミュレーションRPGとして紹介されています。また後年のシリーズ資料では、PCエンジン『モンスターメーカー 闇の竜騎士』とその未発売後編『神々の方舟』をそのままサターンへ移したものではなく、別ストーリーの新作として企画されていたと整理されています。

しかし、発売延期を経て『ホーリーダガー』は結局発売されませんでした。今回確認できた範囲では、なぜ最終的に開発中止となったのかを決定的に説明する一次資料までは確認できていません。

ここは、PCエンジン版『神々の方舟』と混同しないよう注意が必要です。『神々の方舟』については開発がかなり進んでいたことを示す関係者証言がありますが、それを根拠に『ホーリーダガー』も「ほぼ完成していた」とは言えません。雑誌にゲーム画面が出ていたことと、完成度を具体的な数字で断定できることは別です。

シリーズ自体はその後も途絶えたわけではなく、2002年12月13日にはゲームボーイアドバンスで『モンスターメーカー4 フラッシュカード』『モンスターメーカー4 キラーダイス』が発売されています。任天堂の当時の発売予定資料でも、サクセスのダンジョンRPGとして2作を確認できます。

ただし、今回調べた資料からは、『ホーリーダガー』のシナリオ、システム、キャラクター、プログラムや素材が『モンスターメーカー4』など後の作品へ直接受け継がれたと確認できる公式説明や開発者証言は見つかりませんでした。

同じシリーズの新作が後から出たことと、発売中止作の中身が継承されたことは同じではありません。

雑誌には具体的な画面が残っている。それでも、その開発成果が中止後にどこへ行ったのかは現在も追い切れない。『ホーリーダガー』は、発売中止ゲームを追うこの記事で、あえて「明確な継承先は確認できない」と残しておく意味のある日本の事例です。


3DS『海王(KAIO: King of Pirates)』――漫画・アニメまで構想した大型IPが、ゲームごと消えた

発売中止ゲームを追っていると、ゲームだけが消えて別媒体に世界観が残る作品もあります。『海王(KAIO: King of Pirates)』は、その逆を考えさせるケースです。

『海王』は、カプコン退社後の稲船敬二氏が手がけた新規IPとして2011年に発表されたニンテンドー3DS向けアクションアドベンチャーです。

最初からゲーム一本で終わる計画ではありませんでした。

2011年12月、マーベラスAQLは集英社の「Vジャンプ」と「最強ジャンプ」で漫画連載が決定したと公式発表。「海王」の魅力と世界観を広げ、同社の代表作品へ育てる方針まで示しています。

さらにアニメ展開も計画され、大型メディアミックスIPとして育てる構想が進められていました。

ただし、ここで「ゲームは消えたが漫画やアニメとして生き残った」とは扱いません。

2011年の漫画発表は「連載決定」であり、詳細は後日告知するとされていました。そして2013年、稲船氏自身も海外インタビューで、マーベラス側に漫画とアニメを作る計画があると説明しています。

今回確認できた公式資料・当時資料の範囲では、その後に漫画本編の実掲載やアニメ本編の完成まで到達したことを裏づける強い資料を確認できませんでした。

ゲーム側も発売には届きません。

2015年3月、マーベラスは『海王』の開発継続を断念したと正式発表しました。

理由として挙げられたのは、市場環境の急激な変化に加え、当初計画していたメディアミックス展開の編成が困難になったことです。仕掛品残高も開発中止損として特別損失へ計上されています。

つまり『海王』では、ゲーム開発だけが単独で失敗したのではありません。

ゲームを核に漫画・アニメまで広げる予定だったIP構想そのものが、完成形へ届く前に止まったことが、発売元の説明から見えてきます。

2026年9月時点で、この記事の基準で『海王』の企画やキャラクターが別作品へ明確に継承されたと確認できる後継先も見つけられていません。

「発売中止になっても何かは残る」と決めつけないために、こうした大きく展開する予定だったのに、追跡できる継承先が残らなかった例も重要です。


100件を追って見えてきたこと

ここまで100件を追ってきました。

ただし、最初から「中止後まで追える作品」を優先して選んでいるため、この100件の比率を発売中止ゲーム全体の統計として扱うことはできません。あくまで、現在まで確認できた調査セット内の傾向です。

タグで数えると、直接復活が21件、別ハード・会社への移行が27件、改題・再構築が44件、システムや設計の継承が40件、人材・開発思想の継承が35件。複数タグを持つ作品があるため、合計は100を超えます。

数字以上に印象的だったのは、「発売中止後に残るもの」が想像以上に多種類だったことでした。


「そのまま復活」より、作り変えられて残る経路の方が多い

100件のうち、元の作品そのもの、または未完成の開発物が後年公式・開発元公認で戻ったと分類できる例は21件あります。

『スターフォックス2』『Save Mary』『時計じかけのアクワリオ』『Shantae Advance』のように、数十年越しで直接戻るゲームも確かにありました。

今回加わったSNES版『Rayman』とPSP『Saints Row: Undercover』は、完成品として復活した例とは少し違います。前者は未発売SNESプロトタイプが2026年のUbisoft公式商品へ収録され、後者はVolition自身が未完成ISOを保存資料として一般公開しました。

Wii『天空の機士ロデア』は、その逆で完成済みでした。2011年には開発を終えていた旧Wii版が単独では発売されないまま眠り、2015年のWii U版初回特典として元のWiiディスクそのものが商品化されています。

「完成させて発売する」だけでなく、未完成の開発物を権利元・開発元の関与する形で後世に戻すという復活もあります。

一方、改題・再構築に当たる例は44件、システムやゲームデザインの継承は40件あります。

『デビル メイ クライ』のように別IPになる。

『Diddy Kong Pilot』のように使えるキャラクターが変わって別タイトルになる。

『Dune: Ornithopter Assault』のように元のライセンスだけを外してゲームを救う。

『Wind Waker 2』のように、同じチームと『風のタクト』の素材から出発しながら、作品の見た目と方向性を大きく転換して『トワイライトプリンセス』へ生まれ変わる。

DS『ミステリールーム』では、推理ゲームとしての中心構造と「ミステリールーム」という名前を残しながら、主人公を総入れ替えし、『レイトン教授』シリーズへ組み込んでiOS作品として完成させました。

『Lily Bergamo』は、さらに「何を残して何を捨てたか」がはっきりしています。女性主人公や世界、物語は失われた一方、プレイヤーの死を他者の敵データへ変える非同期設計と、一部のアセット・ビジュアルは『LET IT DIE』へ受け継がれました。

2D版『Rayman 2』は、ゲーム全体を3Dへ作り直しながら、旧版の1ステージだけを完成版PlayStation版へプレイ可能なボーナスとして残しました。旧版の痕跡を資料ではなく、完成商品の中で実際に遊べる形へ残した珍しい例です。

『Overstrike』も、公開済みの見た目を守ることより、実際に遊んだときの面白さを優先して『Fuse』へ組み直した例です。4人協力という根は残しつつ、ステルス寄りの支援能力から高威力武器と「Fuse」物質を中心に据えるゲームへ方向を変えました。

『イナズマイレブン アレスの天秤』はさらに極端です。『英雄たちのグレートロード』、そして『英雄たちのヴィクトリーロード』へ二度改題し、開発を再始動。メインストーリーも『アレス』のパラレルワールド路線から新主人公・新舞台へ作り直され、歴代キャラクター構想は別モードへ分離されました。

DS版『ファンタジーライフ』やWii向け『ピクミン』新作のように、企画そのものを次世代機へ移し、技術や表現を作り直して完成させる。

『Donkey Kong Racing』のように変身した先まで中止になる。

発売中止後の「生存」は、単純な復活よりもむしろ変形として現れることが多いと分かります。


「一から作り直した」と「何も残っていない」は同じではない

ゲーム開発史では「全部捨てた」「一から作り直した」「リブートした」という表現がよく出てきます。

しかし、それを「何も残っていない」と読むのは危険です。

『BIOHAZARD 1.5』では音楽の多くを再利用できたという証言があります。

旧『DOOM 4』では、旧版を使った実験からグローリーキルの発想が生まれました。

『メタルギア ソリッド ライジング』も大きく作り直しながら、「自由に斬る」という中核は残っています。

初代PlayStation版『ICO』、NINTENDO64版『Eternal Darkness』、GameCube/Xbox期の『Perfect Dark Zero』も、機種変更で実装の多くを作り直しながら企画の核を残した例です。

一方、『Stage Debut』や『Fluff's Epic Yarn』では、発売されなかった企画の発想がMiiや『毛糸のカービィ』へ別の形で残りました。『コロコロカービィ2』はカービィを外して『Roll-O-Rama』へ変わったものの、その変身先まで未発売に終わっています。

2007年版『スプリンターセル コンヴィクション』(Splinter Cell: Conviction)も大幅なリブートを受けましたが、Ubisoft Montrealは旧版で作った技術やツール、一部のアート・レベル資産を最終版へ持ち越したと説明しています。

逆に『Donkey Kong Racing』では、Xbox版をほぼ一から組み直したとリードデザイナー自身が話しています。

つまり、

プロジェクトが同じでもコードは残らないことがあるし、ゲーム全体を捨てても一つの発想だけは残ることがある。

「継承した/していない」をタイトル単位で一括判定できない理由です。


同じ名前・同じシリーズでも、継承とは限らない

反対方向の例も増えました。

『Prey 2』と2017年版『Prey』は、Bethesda自身が旧作の要素を使っていないと説明しています。

『海王』では、ゲームだけでなく漫画・アニメまで含むメディアミックス展開が計画されていました。しかし2015年の開発中止時には、発売元自身がメディアミックス編成の困難を理由の一つに挙げています。今回確認できる範囲では、そこから明確に受け継がれた後継作品も確認できません。

『スターフォックス2』の後に『スターフォックス64』が出ていますが、任天堂は64版を一から作ったと説明しました。

『Too Human』は同じタイトルで復活しても、中身は大きく変わっています。

そして『Fable Legends』のあとに元Lionheadスタッフが『Fable Fortune』を完成させても、LegendsがFortuneへ変化したわけではありません。Fortuneはもともと別のコンパニオン企画で、Microsoftからライセンスを得て新会社で開発が続けられました。

したがって、

シリーズ名、会社、スタッフ、世界観がつながっていることと、中止作の中身が受け継がれたことは別問題

です。


残るのは「ゲームの部品」だけではない

今回100件まで広げると、形のない継承がさらに目立つようになりました。

『Ravenholm』はArkaneにとって「学校」だったと振り返られています。

Insomniacの『Girl With a Stick』では、目に見える素材ではなく「失敗から得た知識」が残りました。Ted Price氏は、面白さを見いだせず中止したその経験を使って『ラチェット&クランク』を作ったと振り返っています。

『Project Titan』からは『オーバーウォッチ』のチームや技術的な土台が生まれました。

『Raven Blade』では、元開発者が「大量のアセットを使い回したわけではない」としながら、中止後に人材が『メトロイドプライム』へ合流し、強いエンジニアリングチームになったと証言しています。

『Sam & Max: Freelance Police』では、中止とファンの反応そのものがTelltale Games設立のきっかけになりました。

『Fable Legends』では、スタジオ閉鎖後に元スタッフが新会社を作り、別の関連企画をMicrosoftからライセンスを得て継続しています。

人、経験、会社、開発方法まで含めると、発売されなかったゲームの影響は完成品だけを見ても分からない。

さらにNINTENDO64期の『カービィのエアライド』では、企画中断そのものが開発スケジュールを変え、別に試作していた格闘ゲーム――後の『大乱闘スマッシュブラザーズ』――を優先する判断につながっています。中止作の部品が残らなくても、「何を次に作るか」という意思決定に影響を残すことまでありました。

これが今回の追跡でかなりはっきりしました。


「一部分だけ生き残る」ケースも少なくない

プロジェクト全体が助からなくても、一部分だけが生き残る場合があります。

ドリームキャスト版『Half-Life』では、本編移植は発売されなかった一方、その版向けに作られていた『Blue Shift』だけがPCへ移りました。

『Legacy of Kain: Dead Sun』では、本編と並行していた別チームのマルチプレイ企画が『Nosgoth』として独立しました。

『CAPCOM FIGHTING ALL STARS』では、ゲーム本体は消えてもイングリッドだけが別作品で生き続けています。

PSP『うしろ』では、ゲーム本体が18年間未発売のまま、そこで作られた世界観を踏襲する小説と漫画が先に商品化されました。ゲームからゲームへ継承するだけでなく、未発売IPの物語世界だけが別媒体へ先に逃げ出すこともあります。

『魔界ウォーズ』では、さらに「未発売だったこと」そのものが遺産になりました。主人公になるはずだったアサギは十年以上ほかの作品へ出演し続け、“永遠の次回作主人公”という立場を確立。その歴史ごと2018年の同名ゲームへ持ち込まれています。

『FINAL FANTASY XV』の「未来への夜明け」では、もっと直接的に、制作中止になった3本のDLC用シナリオ・プロットが公式小説へ渡されました。ゲームとして遊べる形は失われても、開発途中まで作られていた物語は別媒体で完結させられています。

Free Radical版『Star Wars: Battlefront III』も、完成度や中止理由には争いがある一方、一部の仕事がRebellionへ渡ったという開発者証言があります。

発売中止ゲームを「生きた/死んだ」の二択で見ると、この中間領域を全部落としてしまいます。


数十年後の公式復活は、もう一つの珍例ではなく複数のパターンになった

最初に見た『Akka Arrh』や『スターフォックス2』だけでなく、調査範囲を広げると、数十年後の復活にはいくつもの形がありました。

『Save Mary』は約40年後にAtari公式カートリッジを得ました。

『時計じかけのアクワリオ』は、ギネス世界記録の定義でプロジェクト開始から最終発売まで28年81日。

『Nightmare Busters』は権利者の許諾を得た実機用カートリッジとして戻り、『Kien』は20年以上後にゲームボーイアドバンス用商品として発売されています。

『Shantae Advance』では、保存されていた当時のコードと元スタッフから開発そのものを再開しました。

そこへSNES版『Rayman』と『Saints Row: Undercover』を加えると、未完成プロトタイプそのものを公式商品や開発元公認の保存公開へ戻す経路まで確認できます。

『天空の機士ロデア』では、完成済み旧版を後発商品の特典として救出する形まで加わりました。「復活」と一言で呼んでも、完成版の通常発売、保存ROMの再開発、未完成プロトタイプの公開、特典ディスクでの原型復刻と、その出口はかなり違います。

さらに2026年には、任天堂が当時未発売だったVirtual Boy用『ZERO RACERS』『ドラゴンホッパー』を「バーチャルボーイ Nintendo Classics」で初めて公式配信しています。DICEの未発売16ビット作品『Hardcore』は『Ultracore』として、ゲームボーイカラー『Infinity』も旧スタッフを含む体制で完成へ到達しました。

同じ「昔の未発売ゲームが出た」でも、

公式アーカイブ、旧ハード用新造カートリッジ、元コードからの開発再開、現行機向け復旧

と経路はまったく違います。

そのため、単純な「何年眠っていたか」だけで順位付けするより、どうやって公式へ戻ったのかを見る方が、このテーマでは面白いと感じます。


発売中止ゲームは、本当に「無駄」だったのか

100件を追ってみると、「発売中止ゲームは無駄ではない」と一言でまとめるのも違うと分かります。『ロックマンDASH 3』のように現在まで明確な継承先を確認できない作品もあれば、『Prey 2』のように後から同じIPが使われても、中止作との内容上の継承を発売元が否定している例もあります。

一方で、完成品そのものが約22年後に戻った『スターフォックス2』、別会社へ渡ってシリーズの出発点になった『Red Dead Revolver』、別IPへ独立した『デビル メイ クライ』、設定や人物が何年も後の作品へ散らばった『Van Buren』、未完成企画の試行錯誤を積み重ねて完成した『星のカービィ Wii』、チームや技術が『オーバーウォッチ』へ残った『Project Titan』のような例もあります。

発売中止になると、店頭に並ぶはずだった「製品」は消えます。しかし、そこで生まれたアイデア、技術、人物、物語、開発経験まで同時に消えるとは限りません。数年後、十数年後、時には数十年後に、まったく別の形で戻ってくることがあります。

だからこそ面白いのは、「幻のゲームだった」で終わらせることではありません。その後に何が本当に残ったのか。逆に、何も確認できないのか。そこまで追うことで、発売中止という一点だけでは見えなかったゲームの歴史が浮かび上がります。


今後も、追跡できる作品だけを追加します

この記事は今回、100件まで到達しました。ただし、100件を区切りに調査を終えるわけではありません。

今後追加するのも、発売中止・未発売の事実を十分確認できることその後の動きを追えること、そして継承を主張するなら根拠を示せることを基本条件にします。本数を増やすためだけに弱い事例を足すことはしません。

出典不明の噂や、「似ているから原型だろう」という推測は採用しません。新しい開発者証言や公式資料が出た場合は、既存の判定も見直します。未発売プロトタイプが後年発見されていても、非公式ROMのダウンロード先は扱いません。

発売されなかったゲームは、その瞬間に歴史から消えるとは限りません。これからも、確認できるものだけを一つずつ追記していきます。


主な参考資料

100件の主な根拠資料を開く

本文の中止・復活・継承判定で中心に使った公式資料、開発者証言、保存調査です。時点確認が必要な項目は追加資料も併記しています。

  1. 未発売『星のカービィ』3企画任天堂「社長が訊く『星のカービィ Wii』」
  2. スターフォックス2任天堂「ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン 開発者インタビュー」
  3. メトロイド ドレッド旧企画任天堂「メトロイド ドレッド レポート Vol.1」
  4. NINTENDO64版MOTHER 3任天堂/岩田聡氏回顧
  5. Project TitanBlizzard「Director's Take」
  6. METAL GEAR SOLID: RISINGPlatinumGames公式ブログ
  7. Red Dead RevolverGame Developer/Ray Nakazato氏インタビュー
  8. FINAL FANTASY Versus XIIIスクウェア・エニックス 2013年公式発表
  9. Tomb Raider: AscensionGameSpot/25周年開発資料紹介
  10. Van BurenChris Avellone氏インタビュー
  11. Dinosaur PlanetNintendo Dream 2002年開発者インタビュー英訳
  12. バイオハザード4初期企画→Devil May CryPlatinumGames「Kamiya Chronicles」
  13. Warcraft AdventuresGame Informer/Blizzard開発者回顧
  14. True Crime: Hong Kong→Sleeping DogsEngadget/United Front Games開発者インタビュー
  15. StarCraft: GhostGameSpot/Mike Morhaime氏インタビュー
  16. ロックマンDASH 3カプコン公式 中止FAQ
  17. ScaleboundPlatinumGames公式 中止コメント
  18. NINTENDO64版バイオハザード0小田晃嗣氏インタビュー保存資料
  19. Thrill KillGameSpot 当時報道
  20. 旧『DOOM 4』GamesBeat/Marty Stratton氏インタビュー
  21. Project DreamGregg Mayles氏インタビュー保存資料
  22. 『カメオ:エレメンツ オブ パワー』旧機種版Rare開発者インタビュー
  23. Too Human旧版Game Developer/Denis Dyack氏インタビュー
  24. RavenholmPC Gamer/Raphaël Colantonio氏回顧
  25. Prey 2GameSpot/Pete Hines氏インタビュー
  26. ドリームキャスト版Half-LifeGame Developer/Randy Pitchford氏インタビュー
  27. BIOHAZARD 1.5『BIOHAZARD 2』開発資料・インタビュー保存
  28. Legacy of Kain: Dead SunSiliconera/スクウェア・エニックス開発者インタビュー
  29. Sonic X-tremeSega-16/Mike Wallis氏インタビュー
  30. 北米NES版MOTHER任天堂『EarthBound Beginnings』公式ページ
  31. NES版『シムシティ』Video Game History Foundation 調査
  32. Akka ArrhAtari公式『Akka Arrh』
  33. Atari 2600版Star Castle企画→Yars' RevengeAtari公式開発史
  34. Free Radical版Star Wars: Battlefront IIIGameSpot/Free Radical開発者証言
  35. Save MaryAtari公式「Save Mary Limited Edition」
  36. UnityGame Developer/Jeff Minter氏インタビュー
  37. Diddy Kong Pilot→Banjo-PilotNintendo World Report/Rare開発チームインタビュー
  38. Donkey Kong Coconut Crackers→It's Mr. PantsRare回顧映像紹介・Nintendo Everything
  39. 時計じかけのアクワリオININ Games日本公式
  40. Shantae Advance: Risky RevolutionWayForward公式
  41. KienIncube8 Games/Fabio Belsanti氏開発回顧
  42. Dune: Ornithopter Assault→EllandSteam「Elland: The Crystal Wars」公式販売ページ
  43. Sam & Max: Freelance PoliceGameSpot/元開発チームによるTelltale設立報道
  44. CAPCOM FIGHTING ALL STARSCapcom Shadaloo C.R.I./田邊豊寿氏インタビュー
  45. Raven BladeShinesparkers/Jack Mathews氏インタビュー
  46. Nightmare BustersNintendo Life/Super Fighter Teamインタビュー
  47. 絶体絶命都市4 -Summer Memories-グランゼーラ公式「絶体絶命都市4Plus」発表
  48. 人喰いの大鷲トリコ PS3版GameSpot/吉田修平氏インタビュー
  49. 64DD向け裏ゼルダ→Master Quest任天堂「社長が訊く『ゼルダの伝説 大地の汽笛』」
  50. CabbageIGN/宮本茂氏 Nintendo Dreamインタビュー報道
  51. Virtua Fighter RPG/セガサターン版ShenmueGame Developer/鈴木裕氏GDC回顧
  52. Donkey Kong Racing→Sabreman StampedeNintendo Life/Lee Musgrave氏インタビュー
  53. Fable LegendsXbox Wire/Microsoft Studios公式発表
  54. 北米NES版MOTHER(Nintendo Switch Online配信確認)任天堂「Nintendo Entertainment System - Nintendo Switch Online」
  55. Shantae Advance: Risky Revolution(2025年発売確認)WayForward公式「Available Now」
  56. Kien(2024年公式発売情報)Incube8 Games公式ゲームページ
  57. イングリッド(2026年『ストリートファイター6』参戦)カプコン公式プレスリリース
  58. Scalebound(2026年9月時点の神谷英樹氏発言)VGC/CLOVERSインタビュー
  59. Ensemble Studiosの未発売『Halo』MMOShacknews/Dave Pottinger氏インタビュー
  60. Ubisoftの未発売『Driver』系企画→ウォッチドッグスMCV/DEVELOP/Laurent Detoc氏
  61. コナミ未発売ハード向けRPG→幻想水滸伝Game Developer/村山吉隆氏インタビュー
  62. カスタムロボGX2→激闘!カスタムロボAUTOMATON/見城こうじ氏の説明
  63. 初代PlayStation版『鬼武者』GameSpot/PS2移行当時報道
  64. Rainbow Six Patriots→レインボーシックス シージjeuxvideo/Xavier Marquis氏インタビュー
  65. 『メトロイドプライム4』旧開発版Gematsu/任天堂開発再始動発表
  66. Hardcore→UltracoreStrictly Limited Games公式
  67. ゲームボーイカラー『Infinity』Incube8 Games公式
  68. ドリームキャスト版『ToeJam & Earl III』Time Extension/Greg Johnson氏インタビュー
  69. ZERO RACERS/ドラゴンホッパー任天堂公式
  70. 『仁王』旧開発版ファミ通/開発陣インタビュー
  71. NINTENDO64期『カービィのエアライド』と初代スマブラの企画選択Shmuplations/桜井政博氏1999年インタビュー英訳
  72. Prince of Persia: Assassins→Assassin's CreedGame Developer/Patrice Désilets氏インタビュー
  73. 2007年版スプリンターセル コンヴィクションGame Developer/Ubisoft Montrealポストモーテム
  74. Rayman 4→ラビッツ・パーティーNintendo UK/Ubisoft Loic Gounon氏インタビュー
  75. FINAL FANTASY Agito XIII→FINAL FANTASY 零式ファミ通/田畑端氏・石元丈晴氏インタビュー
  76. 『モンスターメーカー ホーリーダガー』当時誌面『セガサターンマガジン』1998年Vol.25/『ドリームキャストマガジン』1998年Vol.1誌面保存
  77. 『モンスターメーカー ホーリーダガー』複数誌掲載確認『GREAT SATURN Z』1998年9月号 収録内容
  78. 『モンスターメーカー4 フラッシュカード/キラーダイス』任天堂 2002年10~12月発売ライセンシーソフト
  79. 『Twelve Tales: Conker 64』大幅改修中のRare公式説明GameSpot/Rare公式FAQ引用・2000年
  80. 『Twelve Tales』→『Conker's Bad Fur Day』Nintendo Life/Chris Marlow氏・Rare公式動画の説明
  81. NINTENDO64版『Eternal Darkness』→GameCube版Shacknews/Denis Dyack氏インタビュー
  82. 『Eternal Darkness』NINTENDO64版とGameCube版の作り直しNintendo Online Magazineインタビュー英訳保存/Denis Dyack氏
  83. 『Eternal Darkness』NINTENDO64→GameCube移行の開発者回顧Time Extension/元Silicon Knightsスタッフ回顧
  84. GameCube→Xbox→Xbox 360『Perfect Dark Zero』Gamekyo/RareシニアデザイナーDuncan Botwood氏インタビュー
  85. 『Perfect Dark Zero』Xbox版からXbox 360版への継承Time Extension/Rare開発者回顧
  86. 未発売GameCube企画『Stage Debut(マネビト)』任天堂「社長が訊く Wii Sports」
  87. 『Stage Debut』の試行錯誤からMiiへ任天堂「社長が訊く」特別編/岩田聡氏
  88. 初代PlayStation版『ICO』→PlayStation 2版上田文人氏2005年インタビュー英訳保存/PS版からPS2への移行と作り直し
  89. 初代PlayStation版『ICO』のゲーム設計ファミ通/上田文人氏・外山圭一郎氏トークセッション
  90. Fire Emblem 64/『暗黒の巫女』→『封印の剣』Serenes Forest/『メイキング オブ ファイアーエムブレム』収録開発者インタビュー整理
  91. Fire Emblem 64の企画再始動と継承要素Nintendo Everything/25周年書籍の内容・コンセプト資料整理
  92. GameCube版『Grabbed by the Ghoulies』→Xbox版Rare公式Scribes Q&A保存/開発開始・機種変更・移行作業
  93. GameCube初期版『Grabbed by the Ghoulies』Rare Gamer/Steven Hurst氏インタビュー
  94. 64DD版『どうぶつの森』の出発点任天堂「社長が訊く ゲームセミナー2008」/64DD・大容量セーブを前提にした初期企画
  95. 64DD版『どうぶつの森』/64DD版『ポケモンスナップ』の再設計任天堂「社長が訊く」/64DD断念後のNINTENDO64カセット化
  96. 『ポケモンスナップ』の非ポケモン初期企画Nintendo「Iwata Asks」/岩田聡氏・山本正宣氏の開発回顧
  97. 『Fluff's Epic Yarn』の企画承認・試作Nintendo「Iwata Asks」/新規IPとしての出発点
  98. 『Fluff's Epic Yarn』→『毛糸のカービィ』Nintendo「Iwata Asks」/2009年夏のカービィ化と開発危機
  99. 『コロコロカービィ2』発表GameSpot/Space World 2001発表報道
  100. 『コロコロカービィ2』試遊版GameSpot/Space World 2001試遊記事
  101. 『コロコロカービィ2』→『Roll-O-Rama』GameSpot/Roll-O-Rama試遊記事
  102. GameCube版『スーパーペーパーマリオ』の開発進行Nintendo World Report/手塚卓志氏E3 2006インタビュー
  103. GameCube→Wii版『スーパーペーパーマリオ』Nintendo UK/川出亮太氏・田邊賢輔氏インタビュー
  104. SNES版『Rayman』の発見GameSpot/Michel Ancel氏によるROM再発見
  105. SNES版『Rayman』初期ビルドの2017年公開GameSpot/Omar Cornut氏による初期プロトタイプのダンプ
  106. SNES版『Rayman』の2026年公式収録Ubisoft/Rayman: 30th Anniversary Edition
  107. Saints Row: Undercoverの再発見・中止経緯GameSpot/Volitionによる2016年公開時の説明
  108. Saints Row: Undercover開発者公式配信Volition/Volition Plays: Saints Row Undercover
  109. Saints Row: Undercoverプロトタイプの公開GameSpot/Volitionによるプレイ可能ISO公開
  110. DS版『ファンタジーライフ』→ニンテンドー3DS版任天堂「社長が訊く」/日野晃博氏
  111. 2009年発表時のDS版『ファンタジーライフ』WIRED/LEVEL5 VISION 2009当時報道
  112. 『Wind Waker 2』→『トワイライトプリンセス』Nintendo World Report/青沼英二氏GDC 2007講演全文
  113. 『Wind Waker 2』方向転換のGDC当時報道GameSpot/青沼英二氏GDC 2007講演報道
  114. Wii向け『ピクミン』新作の開発確認GameSpot/E3 2008任天堂開発者ラウンドテーブル
  115. Wii向け『ピクミン』→Wii U移行GameSpot/宮本茂氏E3 2011インタビュー
  116. Wii Uでの『ピクミン』開発公表GameSpot/E3 2011開発者ラウンドテーブル
  117. PSP『うしろ』の2008年発表と小説への世界観継承ファミ通/小説『うしろ ふきげんな死神。』発売記事
  118. 『うしろ』のSwitch変更と2018年時点の未開発Gematsu/日野晃博氏『週刊ファミ通』インタビュー要旨
  119. 『うしろ』2026年時点の現状ファミ通/日野晃博氏2026年7月インタビュー
  120. コミック版『うしろ ふきげんな死神。』KADOKAWA公式/レベルファイブ原案・監修表記
  121. DS『ミステリールーム』2009年発表4Gamer/LEVEL5 VISION 2009レポート
  122. DS『ミステリールーム』2010年開発版GAME Watch/LEVEL5 VISION 2010レポート
  123. DS『ミステリールーム』→『レイトンブラザーズ・ミステリールーム』インサイド/LEVEL5 WORLD 2011試遊記事
  124. 『レイトンブラザーズ・ミステリールーム』正式発売レベルファイブ公式/2012年9月21日発売発表
  125. PSP『魔界ウォーズ(仮称)』Sony Interactive Entertainment/2004年PSP発売予定タイトル一覧
  126. PS3『MAKAI WARS』Sony Interactive Entertainment/2005年PS3開発タイトル一覧
  127. アサギ不遇の歴史と2018年版『魔界ウォーズ』『魔界ウォーズ』公式サイト
  128. 2018年版『魔界ウォーズ』とアサギを形にした経緯ファミ通/新川宗平氏・開発者インタビュー
  129. 『イナズマイレブン アレスの天秤』初期クロスメディア企画レベルファイブ公式/2016年展開開始告知
  130. ゲーム版『アレスの天秤』2018年発売延期レベルファイブ公式/Nintendo Switch・PS4・iOS・Android版
  131. 『アレスの天秤』→『英雄たちのグレートロード』GAME Watch/2019年タイトル変更・開発方針
  132. 『英雄たちのグレートロード』開発再開4Gamer/日野晃博氏2020年開発手記
  133. 『グレートロード』→『ヴィクトリーロード』と物語再構築レベルファイブ開発ブログ/2022年7月21日
  134. 『英雄たちのヴィクトリーロード』正式発売レベルファイブ公式製品情報
  135. 『FFXV 未来への夜明け』中止3エピソードスクウェア・エニックス『FINAL FANTASY XV』公式DLCページ
  136. 『FFXV 未来への夜明け』制作中止発表スクウェア・エニックス『FINAL FANTASY XV』2周年公式サイト
  137. 中止DLCのシナリオ・プロットから小説への継承電撃PlayStation/『エピソード アーデン』開発スタッフインタビュー
  138. 小説『FINAL FANTASY XV -The Dawn Of The Future-』スクウェア・エニックス公式書籍情報
  139. Wii『天空の機士ロデア』完成後の未発売状態Siliconera/中裕司氏2011年インタビュー
  140. Wii版『ロデア』初回特典化NIS America公式プレスリリース
  141. Wii版とWii U版の違いNintendo UK/中裕司氏・長谷川仁氏開発者インタビュー
  142. Wii版『天空の機士ロデア』2015年試遊・中裕司氏コメントファミ通/Wii版・Wii U版比較イベント
  143. 『海王』漫画連載決定マーベラスAQL公式/2011年12月17日ニュースリリース
  144. 『海王』漫画・アニメ計画と2013年時点の開発状況Siliconera/稲船敬二氏インタビュー
  145. 『海王』開発中止とメディアミックス編成難マーベラス公式/2015年3月期 Fact Sheet
  146. 『海王』開発中止・開発中止損ファミ通/マーベラス発表全文引用
  147. 『Lily Bergamo』→『LET IT DIE』の開発継承Siliconera/須田剛一氏インタビュー
  148. 『Lily Bergamo』の「昇華」と『LET IT DIE』Siliconera/ファミ通・森下一喜氏インタビュー紹介
  149. 『LET IT DIE』2016年配信開始ガンホー/『LET IT DIE』公式サイト
  150. 『Overstrike』→『Fuse』の再構築Engadget/Ted Price氏インタビュー
  151. 『Overstrike』から『Fuse』への改題理由GameSpot/Brian Allgeier氏インタビュー
  152. 『Fuse』2013年発売GameSpot/改題・発売時期発表
  153. 『Girl With a Stick(I:5)』の中止Engadget/Insomniac「Full Moon Show」回顧
  154. 『Girl With a Stick』から『ラチェット&クランク』へ残った知見Engadget/Ted Price氏による開発史回顧
  155. 2D版『Rayman 2』から3D版への転換GamesRadar+/Rayman 2開発者回顧
  156. 中止された2D版『Rayman 2』の当時資料・開発経緯RayWiki/当時誌・GameFan開発者インタビュー出典整理
  157. 完成版PlayStation版に残った2DプロトタイプステージRayWiki/Rayman 2 PlayStation版
  158. NINTENDO64版『MOTHER 3』の中止とGBA再始動ほぼ日/糸井重里氏2019年インタビュー
  159. 初期『MOTHER 3』から残った物語・構造ほぼ日『MOTHER 3』の気持ち。Part 4
  160. GBA版『MOTHER 3』再開後の作り直しほぼ日『MOTHER 3』の気持ち。Part 5
  161. StarCraft: Ghostの非正史扱いBlizzard/StarCraft II Creative Development Q&A
  162. Nova Covert OpsBlizzard/Nova Covert Ops Launching Soon

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