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中古ゲームはなぜ自由に売れる?1999年「販売差止め・廃棄」判決から2002年最高裁まで

目次
  1. 中古ゲーム販売は違法だった?2002年最高裁判決と「権利の消尽」
  2. 中古ゲーム販売に本当に「差止め+廃棄」判決が出た
  3. なぜメーカーは中古ゲーム販売を止めようとしたのか
  4. 1998年、ゲーム業界の対立が本格的に法廷へ入る
  5. 最大の争点は「ゲームは映画なのか?」
  6. 映画に認められていた「頒布権」とは何か
  7. 1999年、東京と大阪で判断が真っ二つに割れた
  8. 大阪地裁はなぜメーカー側を勝たせたのか
  9. 2001年、高裁では二つとも中古販売店側へ
  10. 2002年4月25日、最高裁で2件同日に決着
  11. 決め手になった「権利の消尽」とは何か
  12. 中古販売店側にも「中古が新品を支える」という反論があった
  13. ゲームには本当に「中古販売禁止」と書かれていた
  14. 同じ時期、PlayStation流通では公正取引委員会の別事件もあった
  15. 最高裁判決で「中古ゲームなら何でも合法」になったわけではない
  16. では、ダウンロード版ゲームも中古で売れるのか
  17. もし最高裁でもメーカー側が勝っていたら?
  18. 2002年の裁判を、2026年に振り返る意味
  19. まとめ|中古ゲームを売れる「当たり前」は最高裁まで争われた
  20. 主な確認資料

中古ゲーム販売は違法だった?2002年最高裁判決と「権利の消尽」

1999年の中古ゲーム販売差止め・廃棄判決と2002年最高裁判決をイメージした中古ゲーム売り場

ゲームを買う。遊び終わったら中古店へ売る。別の誰かが、そのソフトを中古で買う。

今では特別なことではない。

ところが1990年代末、この当たり前の流れそのものが、著作権を侵害するのかどうかを巡って裁判になっていた。

しかも単なる業界内の議論では終わらない。

1999年10月7日、大阪地方裁判所はゲームメーカー側の請求を認め、訴訟対象となった中古ゲームソフトの販売差止めに加え、販売店が保有する中古品の廃棄まで命じている。

対象には『バイオハザード2』『鉄拳3』『グランツーリスモ』など、現在なら中古ゲーム売り場で見かけても何の不思議もない作品が含まれていた。

一方、同じ1999年の東京地裁では中古販売店側が勝っている。

東京では中古販売を止められない。大阪では止められる。

正反対の判断が並んだまま争いは高裁へ進み、最終的には2002年4月25日、最高裁判所第一小法廷が決着を付けた。

そこで最高裁が示した答えは、意外に複雑だ。

ゲームソフトは著作権法上の「映画の著作物」に当たる。だから著作権者には「頒布権」がある。しかし、その正規品が最初に適法に販売された時点で、その一枚の再譲渡を止める権利は「消尽」する。

つまり最高裁は「ゲームには頒布権がない」と判断したわけではない。

頒布権はある。それでも、中古店による正規品の再販売まで何度も止め続けることはできない――という結論だった。

なぜ家庭用ゲームが「映画」なのか。映画にだけ認められた頒布権とは何だったのか。そして、一度売った商品への権利がなぜ消えるのか。

現在の中古ゲーム市場につながる裁判を、1998年の提訴から追っていく。

中古ゲーム販売に本当に「差止め+廃棄」判決が出た

最初に確認しておきたいのは、1999年の大阪地裁判決が「中古ゲームは好ましくない」と意見を述べただけのものではないことだ。

大阪地裁で争われたのは、ゲームメーカー6社と中古ゲーム販売業者側の事件だった。

メーカー側は、対象となったゲームソフトについて、著作権法上の「映画の著作物」に認められる頒布権を侵害しているとして、中古販売の差止めなどを求めた。

大阪地裁はこの主張を認めた。

判決の結論は、中古品を頒布してはならないというだけではない。販売店が持っている対象中古品について、廃棄することまで命じている。

ただし、この点は大きく誤解しない方がいい。

この判決によって、日本全国のすべての中古ゲーム店に閉店命令が出たわけではない。裁判の直接の効力が及ぶのは当事者であり、差止め・廃棄命令の対象も訴訟で問題となったゲームソフトだった。

それでも、メーカーの許可を得ずに正規中古ソフトを販売する行為そのものが著作権侵害になる、という法解釈が最終的に確定すれば、中古ゲームビジネス全体へ大きな影響が及ぶ可能性はあった。

対象になったのは『バイオハザード2』『鉄拳3』など6作品

大阪訴訟で問題となったのは、1997~1998年ごろの有力タイトル6作品だった。

当時の権利者作品機種発売年
株式会社カプコンバイオハザード2PlayStation1998年
コナミ株式会社ツインビーRPGPlayStation1998年
株式会社スクウェアパラサイト・イヴPlayStation1998年
株式会社ナムコ鉄拳3PlayStation1998年
株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメントグランツーリスモPlayStation1997年
株式会社セガ・エンタープライゼスワールドカップ'98 フランス ~Road to Win~セガサターン1998年

会社名は現在の名称ではなく、裁判当時のものだ。

スクウェア・エニックスになる前の「スクウェア」、ソニー・インタラクティブエンタテインメントになる前の「ソニー・コンピュータエンタテインメント」など、1990年代末のゲーム業界そのものが見えてくる顔ぶれでもある。

なぜメーカーは中古ゲーム販売を止めようとしたのか

今の感覚だけで見ると、「一度買ったゲームを売るくらい自由では?」と思うかもしれない。

しかしメーカー側にも、裁判まで進んだ理由があった。

1990年代後半には家庭用ゲーム市場が巨大化する一方、中古市場も大きくなっていた。新品発売からそれほど時間を置かず、中古品が店頭へ戻るゲームもある。

中古品が何度売買されても、その取引代金がゲームメーカーへ直接入るわけではない。

メーカー側は、多額の開発費を投じたゲームについて、中古品が新品と競合し続ければ投下資本を回収する機会が損なわれる、と主張した。

対象6作品の平均製作費は約9億5,000万円と認定された

裁判ではゲーム開発費も具体的な数字で争われている。

大阪高裁は、証拠に基づき、訴訟対象となった6作品について、宣伝広告費を除いた平均製作費を約9億5,000万円程度と認定した。

ここで注意したいのは、1990年代末のゲームすべてが平均9億5,000万円で作られていた、という意味ではないことだ。

あくまで、この裁判で問題となった有力6作品について示された数字である。

当時のゲーム価格や、開発規模とソフト価格がどう変化してきたのかは、ゲームソフトの値段を約40年追った記事でも詳しく整理している。

中古市場も無視できない規模だった

大阪高裁判決では、1997年の市場について、新品ゲームソフトがおよそ1億本・約5,377億円、中古ゲームソフトがおよそ4,000万本・約1,395億円という証拠上の数字も示されている。

当時報道では「中古市場約2,000億円」といった数字も見られるが、推計主体や集計方法が同じとは限らない。

この記事では、中立的な確定統計のように扱うのではなく、裁判所が証拠関係から認定した数字を基準に見る。

中古市場が新品市場と比べて無視できない規模まで成長していたことは間違いない。

1998年、ゲーム業界の対立が本格的に法廷へ入る

中古ゲーム裁判は、「東京対大阪」という二つの事件だけを並べれば終わるほど単純ではない。

1998年には複数の訴訟が動いている。

時期出来事その後
1998年6月ゲームメーカー5社が中古販売業者ドゥーを東京地裁へ提訴中古販売問題が本格的に法廷へ
1998年7月メーカー6社がアクト/ライズ側を大阪地裁へ提訴最高裁・平成13年(受)第952号へつながる
1998年10月株式会社上昇がエニックスを相手に東京地裁へ確認訴訟最高裁・平成13年(受)第898号へつながる
1998年から2002年の中古ゲーム裁判を東京ルートと大阪ルートに分けて最高裁判決まで整理した図解
1998年から2002年までの中古ゲーム訴訟の流れ。ドゥー訴訟は別の先行事件で、最高裁第898号へ続く東京ルートは上昇対エニックス事件、第952号へ続く大阪ルートはアクト・ライズ側との事件。

東京で中古販売店側から起こされた事件と、大阪でメーカー側から起こされた事件では、訴訟の形そのものも違った。

東京の上昇対エニックス事件では、中古販売店側が「メーカーには中古販売を著作権に基づいて差し止める権利がない」ことの確認を求める。

大阪では反対に、メーカー側が販売店に対して中古販売の差止め等を直接求めた。

最大の争点は「ゲームは映画なのか?」

中古ゲーム販売の裁判なのに、なぜ突然「映画」が出てくるのか。

理由は著作権法にある。

著作権法でいう「映画の著作物」は、映画館で上映する実写映画だけを意味しない。

法律上は、映画のような視覚的または視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、さらに物に固定されている著作物も対象になり得る。

ゲームソフトでは、テレビ画面にCGなどによる連続映像が表示される。音楽や効果音もある。プレイヤーの操作によって表示内容は変化するものの、その変化もプログラムによって準備された範囲の中で生じる。

大阪地裁、そして最終的には最高裁も、本件で問題となったゲームソフトについて「映画の著作物」に当たると判断した。

だから、この裁判についてよくある、

「最高裁がゲームは映画ではないと判断したので、中古販売が認められた」

という説明は正しくない。

最高裁はむしろ逆に、ゲームの映画著作物性を認めている。

映画に認められていた「頒布権」とは何か

ゲームが映画の著作物だとすると、次の問題が出てくる。

著作権法26条では、映画の著作物について、その複製物を「頒布」する権利を著作者が専有すると定めている。

かなり簡略化して言えば、映画のコピーを誰に譲渡したり貸したりするのかを、権利者がコントロールする権利だ。

ただし「販売権」とだけ言い換えると正確ではない。頒布には譲渡だけでなく貸与も含まれ、映画の配給制度と深い関係を持つ。

一本の映画フィルムを各地へ回していた時代

現在の動画配信だけを知っていると分かりにくいが、著作権法が作られた時代の劇場映画では、映画プリントそのものを配給会社がコントロールする仕組みが重要だった。

映画会社や配給会社から映画館へプリントを渡す。上映が終われば返却・移動させ、次の映画館へ回す。

一つの複製物が各地で繰り返し上映され、多数の観客から収益を生む。

こうした映画特有の流通構造を背景に、映画には強い頒布権が置かれていた。

家庭用ゲームの流通はかなり違う。

一本のゲームディスクを全国の家庭へ順番に回すわけではない。大量生産したパッケージを、それぞれの消費者へ一本ずつ売る。

映像表現としては映画に近い。しかし商品の流れは劇場映画と違う。

このズレが、裁判の中心にあった。

1999年、東京と大阪で判断が真っ二つに割れた

裁判が一気に面白くなるのが1999年だ。

東京地裁は中古販売店側を支持

1999年5月27日、東京地裁は株式会社上昇とエニックスの事件について判決を出した。

問題となったのはPlayStation用『スターオーシャン セカンドストーリー』と『バスト ア ムーブ』。

東京地裁は、この事件のゲームソフトについて著作権法上の「映画の著作物」に該当しないという判断を示し、中古販売店側を支持した。

この段階の理屈は分かりやすい。

映画でなければ、映画に特有の頒布権を使って中古販売を止めることもできない、という流れだ。

大阪地裁はメーカー側を支持

ところが、その約4か月後の1999年10月7日、大阪地裁は逆の結論を出した。

対象6作品について、

ゲームソフトは映画の著作物に当たる。

メーカーには頒布権がある。

そして、その頒布権は最初に販売された後も消尽しない。

そのため中古販売は頒布権侵害になる――という判断だった。

この結論から、販売差止めと保有中古品の廃棄命令まで出た。

ほぼ同じ時期、同じ「中古ゲーム販売」を巡り、東京と大阪で正反対の判決が並んだことになる。

大阪地裁はなぜメーカー側を勝たせたのか

大阪地裁判決を、「中古を認めたくなかったからメーカー側を勝たせた」と理解するのも違う。

判決は、ゲーム開発に大きな費用や時間がかかることや、中古流通によって投下資本の回収機会が影響を受けるというメーカー側の事情も検討している。

一方で、一般消費者向け商品について頒布権が永遠に残れば、商品の自由な流通に強い制限をかけることになるという問題も認識していた。

それでも大阪地裁は、当時の著作権法を解釈すると、映画の著作物と認定したゲームについてだけ頒布権の消尽を認める根拠は乏しいとして、メーカー側の主張を採用した。

言い換えれば、この時点では政策の好き嫌いよりも、条文をどう読むかが大きな壁になっていた。

2001年、高裁では二つとも中古販売店側へ

地裁で割れた二つのルートは、2001年に高裁へ進む。

結論だけ見ると、東京高裁も大阪高裁も中古販売店側を支持した。

しかし、そこへ至る理屈は同じではなかった。

東京高裁は「映画」と認めながら頒布権の射程を絞った

2001年3月27日の東京高裁は、東京地裁とは違い、問題となったゲームソフトを「映画の著作物」と認めた。

それでも中古販売店側の勝訴は変わらない。

劇場で上映するために配給される映画プリントと、大量生産され一般家庭へ販売されるゲームソフトでは流通の実態が異なるとして、家庭用ゲームの再譲渡を映画配給と同じように頒布権で規制することには慎重な解釈を採った。

大阪高裁は「頒布権はあるが消尽する」へ

その2日後、2001年3月29日の大阪高裁は、大阪地裁判決を覆した。

こちらの考え方は、翌年の最高裁にかなり近い。

ゲームは映画の著作物。

頒布権もある。

しかし正規品が最初に適法に譲渡された時点で、その後の譲渡を止める権利は消尽する。

地裁では対立していた二つのルートが、高裁ではどちらも中古販売店側勝訴となった。

2002年4月25日、最高裁で2件同日に決着

2002年4月25日、最高裁判所第一小法廷は中古ゲーム販売を巡る関連2事件について同日に判断を示した。

事件事件番号前審最高裁
東京ルート平成13年(受)第898号東京高裁メーカー側上告棄却
大阪ルート平成13年(受)第952号大阪高裁メーカー側上告棄却

最高裁が示した理屈は、三段階に分けると分かりやすい。

1.本件ゲームソフトは「映画の著作物」である

2.映画の著作物なので、著作権者には頒布権がある

3.しかし一般消費者へ正規販売された複製物については、最初の適法な譲渡によって、その後の譲渡を規制する権利が消尽する

だから、中古店がその正規品を次の消費者へ売っても、著作権者は頒布権を理由に止められない。

この結論によって、1999年大阪地裁の「販売差止め+廃棄」という判断は最終的に維持されなかった。

決め手になった「権利の消尽」とは何か

「消尽」という言葉は難しそうだが、商品を一枚だけ追えば理解しやすい。

新品ゲームが購入者から中古店を経て次の購入者へ再販売される流れと、頒布権の消尽を示した図解

メーカーが問題にしたのは、最後の「中古ゲーム店→Bさん」の部分だ。

映画の著作物には頒布権があるのだから、ここでもメーカーの許可が必要ではないか、という考え方だった。

最高裁は、最初の「メーカー→Aさん」という正規販売で、その一枚について著作権者は対価を得る機会を持っていると考えた。

そこから先の譲渡まで毎回、著作権者の許可が必要だとすると、商品を買った人は自由に売れなくなる。

中古車、本、家具などと同じように、「買った物を後から別の人へ渡せる」という商品流通の前提そのものが崩れてしまう。

最高裁は、著作権保護も社会公共の利益との調和の中で考える必要があるとして、商品の自由な流通を重視した。

「二重に利得」という言葉だけ切り取らない

最高裁判決では、著作権者が最初の譲渡によって対価を得る機会が確保されている以上、その後の譲渡ごとに再び利益を得られるようにする必要性はない、という趣旨も示されている。

ここだけを切り取って「最高裁がメーカーの二重取りを批判した」と書くと、判決の意味が変わってしまう。

これはメーカーの姿勢を道徳的に非難した文章ではない。

一つの商品について、著作権による流通支配をどこまで認める必要があるのかを説明する法理の一部である。

中古販売店側にも「中古が新品を支える」という反論があった

メーカー側が「中古品は新品販売を圧迫する」と主張する一方、中古販売店側は別の見方を示していた。

ゲームを中古店へ売った消費者が、その代金を次の新品ゲーム購入へ回す場合もある。

東京高裁も、中古ゲームの売却代金が新品購入資金の一部となる例があることを認定し、中古品が一つ売れるたびに新品が一つ売れなくなる、と単純には言えないと見ている。

中古市場は新品市場の競争相手なのか。それとも、新しいゲームを買い続けるための資金循環でもあるのか。

この問題は裁判当時から、単純な答えが出ていなかった。

ゲームには本当に「中古販売禁止」と書かれていた

1990年代末から2000年代初頭のゲームを持っていた人なら、「中古販売禁止」や「NO RESALE」といった表記を見た記憶があるかもしれない。

実際に、任天堂が現在公開している旧ソフトの取扱説明書PDFにも、

「当社は、本品の中古販売を一切許可しておりません」

という趣旨の記載を確認できるものがある。

当時、メーカー側が中古販売を認めない立場を商品自体にも示していた痕跡だ。

ただし、商品に「中古販売禁止」と書けば、それだけで中古売買を法律上止められるわけではない。

大阪高裁も、そうした表示があることを認めながら、それによって著作権法上の消尽が排除されるわけではないと判断した。

所有者が正規に買った一枚について、パッケージ上の表示だけで永久に再譲渡を禁止できるわけではなかった。

同じ時期、PlayStation流通では公正取引委員会の別事件もあった

中古ゲーム裁判と混同されやすいが、同時期にはソニー・コンピュータエンタテインメントの流通を巡る別の争いも進んでいた。

こちらは著作権ではなく、独占禁止法の問題だ。

公正取引委員会は2001年、PlayStation用ゲームソフトの流通について、小売価格や販売先に対する制限などを問題とする審決を出している。

さらに公取委は、ゲームソフトについて、書籍や音楽CDなどに認められる独占禁止法上の「再販売価格維持制度」の対象にはならないという考え方も示している。

著作権法の中古ゲーム裁判とは別事件だが、1990年代末から2000年代初頭は、家庭用ゲームソフトの価格・流通・中古販売を巡る従来の仕組みそのものが問い直されていた時期だった。

最高裁判決で「中古ゲームなら何でも合法」になったわけではない

2002年判決を現在へ当てはめるとき、最も注意したい部分だ。

最高裁が扱ったのは、メーカー等から適法に販売された正規の物理ゲームソフトそのものを、後から中古品として再譲渡する行為である。

だから、次のような行為まで2002年判決で認められたわけではない。

  • 海賊版ゲームの販売
  • ゲームディスクをコピーして販売する行為
  • 違法に複製したROMの配布・販売
  • ゲームのレンタル
  • オンラインアカウントの売買
  • プロダクトキーの転売
  • ダウンロード版ゲームの複製・譲渡

特に「譲渡」と「複製」はまったく同じではない。

一枚のディスクをそのまま次の人へ渡す中古販売と、デジタルデータを別の端末へコピーして残す行為では、著作権法上の問題が変わる。

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では、ダウンロード版ゲームも中古で売れるのか

ここで2002年の裁判が、2026年のゲーム市場につながってくる。

最高裁が扱ったのは、CD-ROMなど物理的なゲームソフトの「その一枚」だった。

ところが現在は、パッケージ版だけではない。

ダウンロード版、サブスクリプション、アカウントへ結び付いたライセンス、オンライン専用ゲームなど、ゲームを利用する仕組み自体が変わっている。

ダウンロード版を別の人へ譲ろうとすれば、単純に一枚の物を手渡す場合とは違い、新しい複製が生まれる可能性がある。さらにアカウントやプラットフォームの利用規約も関係する。

そのため、

「2002年の最高裁判決があるから、ダウンロード版ゲームにも同じような中古売買の権利がある」

とは言えない。

海外ではソフトウェアのデジタル譲渡と権利消尽を巡る判例も存在するが、日本の2002年最高裁判決とは別の問題である。

ダウンロード版を買った後、販売終了やストア閉鎖、本体故障が起きたときに何が残るのかについては、DL版ゲームは販売終了後も遊べるのかを整理した記事で詳しくまとめている。

もし最高裁でもメーカー側が勝っていたら?

これはどうしても想像したくなる部分だ。

ただし、ここから先は事実と反実仮想を分けなければならない。

確実に言えるのは、最高裁が「正規品が最初に売られた後も頒布権は消尽しない」というメーカー側の解釈を採用していれば、著作権者が許可していない中古ゲーム販売を差し止める法的根拠が現在よりはるかに強くなっていた、ということだ。

一方で、

  • 全国の中古ゲーム店がすべて閉店した
  • 中古ソフト価格が必ず高騰した
  • 新品ゲームが必ず多く売れた
  • ゲーム業界全体が成長または縮小した

といった結果までは分からない。

法律や流通の仕組み、メーカーと販売店の契約が別の形へ変化した可能性もある。

言えるのは、現在のようにメーカーごとの許諾を意識せず、正規のパッケージ版を中古店や個人間で再販売できる市場とは、かなり違った姿になっていた可能性が高い、というところまでだ。

2002年の裁判を、2026年に振り返る意味

この裁判で中古ゲーム市場が生まれたわけではない。

中古ファミコンショップやゲーム専門店は、それ以前から存在していた。

最高裁が作ったのは中古市場そのものではなく、すでに存在していた正規ゲームソフトの中古流通に対して、著作権者の頒布権がどこまで及ぶのかという法的な線引きだった。

2002年当時は、「買った一枚のゲームディスクを後から別の人へ売れるか」が問題だった。

2026年のゲーム市場では、その前提自体が揺れている。

パッケージを買うのか。データをダウンロードするのか。アカウントへ利用権が付与されるのか。定額サービスの期間中だけ遊べるのか。

ゲームが「物」として売られていた時代には、一度売った物を誰が次に所有するのかが争点になった。

ゲームが「サービス」や「ライセンス」へ近づくほど、同じ問いをそのまま使うことは難しくなる。

その意味で、中古ゲーム裁判は過去の珍しい業界トラブルではない。

「ゲームを買うとは、そのゲームの何を手に入れることなのか」

という現在の問題へつながっている。

まとめ|中古ゲームを売れる「当たり前」は最高裁まで争われた

1990年代末、ゲームメーカーと中古販売店は、メーカーの許可なく正規ゲームソフトを再販売できるのかを巡って全面的に争った。

1999年には大阪地裁がメーカー側を支持し、対象ソフトについて中古販売の差止めと在庫廃棄まで命じた。

同じ年の東京地裁では中古販売店側が勝っており、司法判断は真っ二つに割れていた。

そして2002年4月25日、最高裁はこの争いを次のように整理した。

  • 本件ゲームソフトは「映画の著作物」である
  • 著作権者には頒布権がある
  • しかし正規品が最初に適法販売された時点で、その物の再譲渡を規制する権利は消尽する
  • したがって、その正規中古品の再販売に頒布権の効力は及ばない

「ゲームは映画ではなかったから中古販売できる」のではない。

映画であり、頒布権もある。それでも、一度正規に売った一枚を永久に支配することはできない。

そこが、この裁判の一番面白いところだ。

現在、中古ゲーム店へソフトを持っていき、買い取ってもらうことに特別な違和感を持つ人は少ない。

しかしその「普通」は、かつて東京と大阪で正反対の判決が出て、最高裁まで争われた末に形づくられたものだった。

主な確認資料

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